四節
春や。タケノコを掘る時期になった。
ワシはタケノコを掘りとうなかった。タケナラシはどう思うんやろうか。そんなこと考えて手がなかなか動かん。せやけども、ワシらもメシを食わんな死んでまう。おんなじ命や。いややけどもワシはタケノコを掘る。
「すまんなタケナラシ。すまんなタケノコや。おおきにな。」
そう言うて、喉の下がすぅんとしんどくなるのを辛抱して掘った。掘るたびに手や足が「動きとうない」と言うているようで、どうにかタケノコだけを掘らんで済まんやろうかと思いながら掘った。
どすどすどすどすん
むこうでおかしな音がした。ううんとお爺の声が聞こえる。
ワシは急いでお爺の声がする方へ急いだ。
お爺が苦しそうな顔をして、足を抱えて唸ってる。きつい坂から転げ落ちたみたいや。
足に掘りが刺さってて、どんどん血が流れてて、お爺の顔が青いような白いような色になってきた。
助けを呼んだが誰も居やんようで返事がない。お爺を抱えてヤブを下りようと思うが、ワシの力ではどうにもできん。お爺の顔がもっと白くなってきて、どうしたらええのかわからんようになって、ワシは、ワシはもう泣きそうで、何にもできんまま「お爺、お爺」と呼んでいた。
かあん
タケナラシの音がした。
「タケナラシ、助けてくれ。お爺が大変や。タケナラシ、助けてくれへんか。」
ワシがそう言うとタケナラシが目の前に現れて、かこぉんと手を打った。そんでけたけたけたと笑った。
びしっ。とワシの背中の骨に稲光が走った。力が湧いてくるみたいやった。
またタケナラシが手を打ったら、もっと力が湧いた。タケナラシは、何回も何回も手を打っては白い口を見せてけたけたけたと笑った。そんでそのまま小さくなって消えてしもた。
お爺を持ち上げられる気がしたからやってみた。ひょいと軽く持ち上がった。ワシはお爺を負うたまま走ってヤブを下りた。びっくりするぐらいすいすいと速く走れた。そのお陰でお爺は助かった。村の医者がようやったなあとワシを褒めてくれた。ワシは嬉しくてしょうがなかった。
もっと嬉しかったのが、腰が真っ直ぐになったことやった。顔も歪んどったのが整った顔になって、お母もたいそう喜んどった。仕事もおとなみたいにできるようになった。学校にも行かしてもらえるようになった。村の子らも遊んでくれるようになった。ロクやん、ロクやんというて慕ってくれた。ワシは村の皆が好いてくれるワシになった。動けんようになったお爺の分も働いた。子どもらを集めて遊んだ。ワシは村の誰もが好いてくれるワシになった。タケノコの時期が終わって竹ヤブにも行かんようになった。あれから姿を見せんようになったタケナラシのことも、もう呼ばんようになった。それでもワシはしあわせやった。
また秋が来た。タケナラシと初めて会った秋。
また茸を採りに竹ヤブに来た。竹をしゃかしゃか鳴らしたり、手を打ったりして久し振りにタケナラシを呼んだ。せやけどなんの返事もなかった。
「もうワシのことは忘れてしもうたんじゃろう。」
そう思って、すいすいと竹の間をくぐりながら茸を採っていった。
何べんもヤブん中を見回してみるが、おるのはだいたい虫ぐらいで、妖怪の姿はどこにもない。あの「かあん」ちゅう綺麗な竹の音もせん。
茸を採っては顔をあげ、竹の間を縫って向こうの方をぐるりと見渡す。そんな悠長にしとるもんやから、籠の中の茸はなかなか増えん。また茸を採っては顔をあげ、竹の間を縫って向こうの方をぐるりと見渡す。
そうこうしているうちに籠が一杯になった。
「薄暗うなってきたし、もう帰るか。もう帰ろう。」
竹ヤブの隅まで響くぐらい大きい声で独り言を言うた。声はするすると奥の方へ消えていった。今まで騒がしかった虫の音が消えて、しいんとヤブが静まった。ワシは目をつむってみた。
その時、奥の方で竹の音がしたような気がした。「かあん」というあの音やったんかどうなんかはようわからんが、何となくそんな気がした。ワシはもういっぺん「もう帰ろ。」と、小さい声で言うてみた。音が聴こえるような気もせん。
「気のせいやったかなあ。せやけど気のせいやないかも知れんなあ。」
また大きい声で言いながら奥へ進んで行った。
ほんの少し歩いて、すぐ目の前。
一本の曲がった竹を見つけた。
すぐにわかった。
「タケナラシ。」
呼んでもひとつも動かん。喉の下がすぅんとしんどくなった。




