三節
昨夜のことは夢やったんか。いいや、夢ではない。寝巻きには土や竹の葉がついとる。竹の匂いもする。確かにタケナラシに会ったんや。あの笑った顔が、ぶわっと思い浮かんだ。にたにたと笑いながら朝飯を済ませた。
今日は一日中、畑の手伝いをした。
西の空が、赤く染まり始める。秋の日はつるべ落としというて、すぐに日が暮れるらしい。ワシは鍬を納屋に片付けたら、竹ヤブ目指して大急ぎでぐわんぐわん歩いた。
またおった。
待ってくれとったんか、タケナラシはワシの顔をみるなり、かこぉん。と手を鳴らした。
ワシと同じくらい腰が曲がってるのにタケナラシは身軽で、早く走ることもできた。でもタケナラシはワシの歩く早さに合わせてくれた。お爺が急かすのと違って、タケナラシは優しく見守ってくれてるみたいやった。
二人で竹を鳴らしたり、落ち葉で面を作ったり、かくれんぼをしたりして遊んだ。タケナラシはしゃべらんが、からだの動きを見たら何が言いたいんかようわかった。
もう日が暮れた。
「また明日な」というて、タケナラシに手を振った。タケナラシは、竹の枝でかしゃかしゃかしゃと竹をこすって、けたけたけたと笑った。さっきワシが教えてやったことが気に入ったみたいや。ワシも真似してけたけた笑った。
暗い帰り道、ワシは考えとった。
誰かと遊ぶちゅうことがこんなに楽しいもんか。今までは独りで遊んだことしかなかったが、こんなええことがあるんか。毎日でも竹ヤブに来たいなあと思うて帰った。
帰ったらどやされるか思うたが、今日は何でか何も言われんかった。そんで晩飯は今まで食うたことがないくらいうまかった。いつもと変わらん晩飯やったのに。
次の日も、また次の日も、そのまた次の日も、ワシはタケナラシと遊んだ。
やっぱりタケナラシはしゃべらんが、そんなことはどうでもええ。やっぱりワシの腰は曲がっとるが、そんなことはどうでもええ。そんなことは気にもならんぐらい、ワシらはワシらだけの遊びをした。
タケナラシは優しかった。ワシがこけたときはいつも手を貸してくれた。あんまり痛いときは大きな手で抱いて、さすってくれた。その後は決まってけたけたけたと笑った。その後ワシは決まってけたけたと真似して笑った。痛みなんかどっかに行った。
タケナラシと一緒に居ると、ワシは嬉しかった。誰と居るよりも嬉しかった。ワシは誰かに抱かれた憶えがない。負われたこともないと思う。死んだお父はよう抱いてくれてたようやが、あんまり小さかった時のことやから憶えとらん。せやから、優しくされることなんて生まれて初めてのことやった。
夜になったら「はよ明日になれ。」というて、雨が降ったら「はよ晴れになれ。」というた。
タケナラシが居らん毎日は考えられんかった。
幸せゆうのは、こういうことなんやろうな。




