一節
ワシん家は、山の麓の、村からちょっとだけ離れたとこにあるんだが、表の畑で野菜はよう採れるし、裏のヤブでは山菜やら茸やら獣やらがよう獲れるし、すぐそばの川はものすごう綺麗で、魚もおる。ワシのお父は死んでいやんが、お爺とお母がおるし、なんも不自由はない。悪いことなんぞ何ひとつない。
今日もお爺とヤブに茸やらを狩りに行った。お爺はもう年で腰は曲がっとるが、険しい山をすういすいと泳ぐみたいに進んで行く。
「おういロク、お爺は行くぞ。はよ来んか、のろまが。」
ワシはロクいうて、この夏で七つになる。村の子どもらは学校に行きよる年やが、ワシは学校には行けんらしい。この腰のせいやと思う。
なんでかは知らんが、ワシの腰はお爺よりも曲がっとる。顔もちょっと歪んどる。ワシが立って歩く頃にはもう腰が曲がっとったらしい。お母がそういうとった。それで歩くのも遅いし、すぐにこける。
お爺はいつもみたいに「のろまが。」いいながら、ワシに合わせて止まりながら歩きよる。お爺はいつもみたいに、ワシを面倒くさそうに振り返っては、ため息やら舌打ちをしよるが、なんも悪い気はせん。こんなワシに合わせてくれよるお爺は優しい。ワシはお爺のことを慕っとる。歩くたびに、背中の籠がぐわんぐわんと揺れる。お爺に追いつこうと大股でぐわんぐわんと歩く。
もうじき、いつもの竹ヤブに着く頃か。
いつもの竹ヤブ。ここは山の中腹ぐらいのとこらしい。お爺が世話しとるから、竹は綺麗に伸びてて、並び方が美しい。竹の子の時期はもう済んだが、お爺の竹の子は、身が白くて軟らかくて、高くで売れる。ワシも竹の子は手伝うから、よう売れたと聞いたら嬉しい。この時はお爺とお母も機嫌が良い。そやから、ワシは春が大好きや。
春も好きやが、夏が終わって涼しいなってくる今みたいな季節も好きや。ヤブ蚊を払いながら、お爺の唄を真似して唄って茸を狩った。
かこぉん
向こうの方で、かこぉんと竹が鳴った。竹ヤブに来るたび、いつもかこぉんと竹が鳴る。鳥の仕業か、獣の仕業か、風の仕業やろうと、今までは気にもせんかったが、なんでか今日はほんまのことを知りとうなった。百歩ほど奥の方で、腰を屈めているお爺に訊いた。
「お爺やぁ、竹がかこぉんと鳴るんは、鳥かあ?獣かあ?」
急に強い風が吹いて、ささささささあ。と竹の葉が騒ぎ出した。お爺は耳が遠いから、その音でワシの声は聞こえんかったらしい。返事がほしかったから、背負ってる籠を降ろしてお爺のところまで歩いた。ここは地面が平らで足場が良いから、こけずに歩ける。ぐわんぐわんとみぎひだりに揺れながら、やっとこさお爺のところまで来た。
「お爺や。竹が鳴るんは何でや。」
お爺はいつもみたいに、ワシの方を見やんと面倒臭そうにいうた。
「タケナラシちゅう妖怪や。鳴ったとこには近寄るなや。とって喰われるぞ。」
「妖怪の仕業やったんか。」ワシは独り言をいうて、籠を取りに戻った。
かぁん
向こうの方で、かぁんと竹が鳴った。タケナラシが鳴らしよったな。と声を出さんというて、見たことのない妖怪の姿を思い描いた。背が低くて、竹と同じ肌の色で、髪の毛は赤でオカッパ。竹の子の皮でできた服を着とる。両手には短い竹を持っとって、美味そうな人間が来よったら、舌をべろんと出しながら竹を鳴らしよる。とって喰われるて思うたら恐ろしいが、近くに妖怪がおると思うたら、心臓がどんどんというて、知らん間にワシの顔は笑っとった。
さっき降ろした籠を背負って、茸を探してるとお爺に見せかけながら、ワシは笑いながらタケナラシのことばかり考えとった。竹が鳴るたびに、ワシの心臓はどんどんというた。
結局、それから茸はひとっつも採れんで、うちに帰ってどやされた。けども竹の音が耳にひっついとって、お爺とお母の声はあんまり聞こえんかった。床についてからも、耳の中であの不思議な音が鳴ってる気がして眠れんかった。
次の朝早く、ワシは独りで竹ヤブに出かけた。タケナラシのことが気になって気になって、辛抱できんかった。




