第9話 条件を一つだけ出すことにしました
私は、
街の広場を見下ろす宿の窓辺に立っていた。
相変わらず、
人は集まり、
話し合いは続いている。
だが、
前日よりも空気が硬い。
(……限界が近い)
対立は、
もはや意見の違いではない。
「誰が決めるか」
「誰が責任を取るか」
その一点に、
全てが収束している。
そして――
誰も、前に出ない。
◇
「……アリシア様」
夕方、
再び護衛が声をかけてきた。
「領主が、
どうしても一度だけ
お話を、と」
(“一度だけ”ほど信用できない言葉はない)
私は、
少しだけ考えた。
出るか。
出ないか。
ここで拒否すれば、
状況はさらに硬直する。
だが、
出れば――
私が“軸”になる。
(……なら)
私は、
条件を付けることにした。
「五分。
そして、
私は結論を出しません」
護衛が、
驚いたように目を見開く。
「それで、
よろしいのですか?」
「それが条件です」
◇
領主館。
応接室に集まったのは、
領主、教育担当者、
そして数名の若者代表。
全員が、
どこか期待した目を向けてくる。
(最初に、釘を刺す)
「先に言っておきます」
私は、
着席もせずに口を開いた。
「私は、
この問題を解決しに来たわけではありません」
空気が、
一瞬止まる。
「助言もしません。
仲裁もしません。
決定もしません」
(ここ、大事)
「今日ここにいるのは、
“条件を一つ提示するため”だけです」
「……条件、ですか?」
領主が、
戸惑いながら聞き返す。
「はい」
私は、
淡々と続けた。
「今後の話し合いにおいて、
“決定した内容に対する責任者を、
必ず明文化してください”」
誰かが、
息を呑んだ。
「内容が正しいかどうかは、
問いません」
「成功するかどうかも、
問いません」
「ただ――」
私は、
一人一人の顔を見渡した。
「誰が決めたのか。
誰が引き受けるのか。
それだけは、
曖昧にしないでください」
沈黙。
だが、
それは昨日までの沈黙とは違う。
(……効いてる)
◇
「……それは」
若者の一人が、
震える声で言った。
「誰かが、
矢面に立て、ということですか?」
「いいえ」
私は、
すぐに否定した。
「“誰か”ではありません。
“誰か一人”でもありません」
視線が集まる。
「複数でもいい。
期間限定でもいい。
条件付きでもいい」
「ただ、
“全員で何となく”
決めるのだけは、
やめてください」
領主が、
ゆっくりと口を開いた。
「……それは、
責任が重すぎるのでは」
「重いです」
私は、
即答した。
「だから、
誰もやりたがらない」
それ以上は、
言わなかった。
五分。
条件は提示した。
理由も説明した。
それ以上は、
関わらない。
◇
その夜。
私は、
またしても静かに宿で過ごしていた。
外では、
話し合いが再開されている。
だが、
雰囲気は少しだけ変わった。
誰かが、
前に出るかもしれない。
出ないかもしれない。
どちらでもいい。
(……これ以上は、
私の問題じゃない)
私は、
極秘日記を開いた。
『本日の学び』
『条件は、答えより強い』
『責任を可視化すると、人は黙れなくなる』
ペンを置き、
小さく息を吐く。
「……これで、
本当に離れられるかな」
答えは、
まだ分からない。
だが。
少なくとも――
私は、
誰かの代わりに
決断する役は、
引き受けなかった。
それだけで、
今日は十分だ。
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