第7話 逃げ場を求めて、地方に行ったはずでした
結論から言うと。
この場所にいる限り、私は放っておかれない。
それが、
ここ数日の観察結果だった。
◇
「……地方視察、ですか?」
王宮から届いた次の封書を読んで、
私は思わず聞き返した。
「はい。
名目としては“若年層教育の実情把握”ですが」
使者は、例によって柔和な笑みを浮かべている。
(また名目)
「短期間で結構です。
学園を離れ、
地方の小領をいくつか回っていただくだけで」
(……ん?)
私は、
ここで初めて、
封書を読み返した。
期間:一か月。
同行者:最小限。
会議出席:免除。
(……あれ?)
これは。
「……断っても?」
一応、聞く。
「もちろん可能です」
(来た)
「ただ」
(来た来た)
「殿下としては、
“今の状況を落ち着かせるためにも、
距離を取るのは良い判断だ”と」
(……それは、私の意見と一致している)
私は、
しばらく考えた。
この話。
・象徴から距離を取れる
・学園から離れられる
・相談会も物理的に不可能
・しかも“王宮命令”扱い
(最高では?)
「……お受けします」
即答だった。
使者が、
ほっとしたように微笑む。
「では、準備を」
「最低限で」
被せ気味に言った。
「荷物も、人も」
「……承知しました」
(やった)
◇
数日後。
学園内では、
ちょっとした騒ぎになっていた。
「アリシア様、地方へ……?」
「それって、
事実上の左遷じゃ……」
「いや、
あの方の場合、
自ら距離を取っただけでは……」
(好きに解釈してくれ)
私は、
いつも通りの無表情で、
淡々と準備を進めていた。
ミレイユ嬢だけが、
少し心配そうに声をかけてくる。
「……大丈夫ですか?」
「ええ」
即答。
「むしろ、助かります」
本音だ。
彼女は、
少し驚いた顔をした後、
小さく笑った。
「……アリシア様らしいですね」
(それ、褒めてないよね)
◇
出発当日。
馬車は一台。
護衛は二人。
侍女は、いつものリナのみ。
(完璧)
私は、
馬車に乗り込みながら、
久しぶりに思った。
(やっと、
世界が静かになる)
王宮も、
学園も、
噂も、
期待も。
全部、
物理的に遠ざければいい。
――そのはずだった。
「……あれ?」
馬車が、
予定と違う方向へ進み始めた。
「この道、
地方領への街道でしたっけ?」
御者が、
少し気まずそうに答える。
「……ええと。
最初の訪問先が、
“問題を抱えている領地”でして」
(問題)
「教育制度がうまく機能しておらず、
若年層の不満が――」
(あ)
私は、
嫌な予感しかしなかった。
(これ、
“放っておいていい場所”じゃない)
馬車は、
ゆっくりと進んでいく。
私は、
窓の外を見ながら、
小さく呟いた。
「……静かに過ごす予定だったんだけどなあ」
どうやら。
距離を取る=
平穏、とは限らないらしい。
領地に到着したのは、
日が傾き始めた頃だった。
名前を聞いても、
正直、ピンとこない。
小さな街。
派手さはないが、
人は多い。
「……思ったより、普通ですね」
馬車を降りながら、
私は率直な感想を口にした。
「はい」
護衛の一人が頷く。
「表向きは、特に問題はありません」
(“表向き”)
この言葉が出る時点で、
大抵はろくでもない。
◇
案内されたのは、
領主館の応接室だった。
出迎えたのは、
疲れ切った様子の中年男性。
「ようこそお越しくださいました、
アリシア様」
深々と頭を下げる。
(あ、もう期待してる)
私は、
内心でそっと距離を取った。
「本日は視察とのことですが……」
領主は、
どこか縋るような目をしている。
(重い)
「簡単に、
現状をご説明いたしますと――」
始まったのは、
長く、回りくどい説明だった。
・学園の不満
・若者の無気力
・教育者の不足
・保護者の不信
(全部ある)
「……そこで」
領主は、
少し身を乗り出した。
「アリシア様のお力を――」
「お断りします」
即答だった。
室内が、
ぴたりと静まる。
「……え?」
「私は、
視察に来ただけです」
声は、
落ち着いている。
感情も、
善意も、
一切乗せない。
「解決策を提示する立場ではありません」
「ですが……」
「それに」
私は、
言葉を選ばずに続けた。
「この問題、
私一人が介入しても、
何も変わりません」
それは、
事実だった。
場当たり的な改革は、
余計に歪みを生む。
(経験談)
領主は、
明らかに動揺していた。
「……では、
何のために――」
「見るためです」
私は、
それだけ答えた。
◇
その夜。
用意された部屋で、
私は一人、
窓の外を眺めていた。
街の灯りは、
穏やかだ。
人々は、
普通に暮らしている。
(それでも、
内部は詰まってる)
この構造。
学園でも、
王宮でも、
ここでも同じだ。
期待をかけ、
役割を押し付け、
疲弊させる。
(……私は、
それを変えたいわけじゃない)
ただ、
関わりたくないだけだ。
だが。
翌朝。
「……失礼します」
控えめな声で、
扉が叩かれた。
入ってきたのは、
十代半ばほどの少年だった。
服は質素。
表情は硬い。
「……誰?」
「学園の代表です」
(代表)
嫌な単語が、
また一つ増えた。
「領主様が、
“話だけでも”と……」
(また“だけでも”)
私は、
深く息を吸った。
「……五分だけです」
それ以上は、
絶対に関わらない。
少年は、
少し驚いたように目を見開き、
それから、
ぽつぽつと話し始めた。
内容は、
想像通りだった。
・将来が見えない
・学んでも意味がない
・誰も責任を取らない
(重い)
私は、
途中で遮らなかった。
だが、
助言もしない。
ただ、
一つだけ言った。
「それを、
私に言っても、
何も変わりません」
少年が、
言葉を詰まらせる。
「……でも」
「変えたいなら、
あなたたちが言うべきです」
それだけ。
五分きっかりで、
話を終えた。
少年は、
深く頭を下げ、
部屋を出ていった。
◇
数時間後。
護衛が、
少し慌てた様子で戻ってくる。
「……アリシア様」
「何ですか」
「……学園の生徒たちが、
集会を始めました」
(は?)
「代表の少年が、
“自分たちで話すしかない”と……」
私は、
無言で天井を仰いだ。
(またか)
私は、
何もしていない。
助言も、
改革案も、
善意も。
ただ、
突き放しただけだ。
それなのに。
「……領主が、
対応に追われています」
護衛は、
困惑した顔で続ける。
「アリシア様のおかげだと……」
「違います」
即座に否定した。
「私は、
何もしていません」
それは、
事実だ。
だが。
どうやらこの世界では、
“何もしない”という行為そのものが、
意味を持ってしまうらしい。
私は、
小さく呟いた。
「……逃げ場を作るつもりが、
また火種を置いてきたか」
平穏への道は、
今日も、
遠い。
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