表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
期待されない悪役令嬢は、全部放り出して静かに生きたい ~善意と期待が一番迷惑だと、私はもう知っている~  作者: 篠宮しずく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/21

第5話 評価されないために、無能を装うことにしました

翌朝。


私は、珍しく早起きをしていた。


理由は単純だ。

昨夜、あの極秘日記を閉じた瞬間に、

一つの結論に至ったからである。


――逃げるだけでは、囲い込みは止まらない。


王宮も、学園も、

「善意」という名のロープで、

じわじわと距離を詰めてくる。


ならば。


(評価されなければいい)


私は、ベッドの上で仰向けになり、

天井を見つめながら考えた。


評価されるから、

役割を与えられる。


有能そうだから、

仕事が回ってくる。


高潔そうだから、

象徴にされる。


つまり――

全部、誤魔化せばいい。


「……よし」


私は静かに起き上がった。


今日から私は、

“何も分かっていない悪役令嬢”になる。



学園。


教室に入った瞬間、

またしてもあの視線が集まる。


(まだ期待してるなあ……)


だが今日は、

昨日までとは違う。


私は、あえて少しだけ動きを鈍らせ、

わざと一拍遅れて席に着いた。


「……あれ?」


誰かが小さく呟く。


私は聞こえないふりをした。


授業が始まり、

教師が質問を投げる。


「では、この件について、

 誰か意見はありますか?」


一瞬、

視線がこちらに集中する。


(来た)


いつもなら、

無難に正解を述べていた場面。


だが今日は違う。


「……すみません」


私は、少し困ったように首を傾げた。


「よく、分かりません」


教室が、

静まり返った。


(効いてる)


教師が、一瞬だけ言葉に詰まる。


「そ、そうですか……では、他の方」


視線が、ゆっくりと私から外れていく。


(いい流れ)


次の質問。


また視線。


「……その、資料を見ても、

 まだ整理できていなくて」


(完璧)


私は内心で、

小さく拍手した。


“分からない”と言うだけで、

こんなにも空気が変わるとは。


(みんな、私に何を期待してたんだろう)


休み時間。


いつもなら、

誰かしらが相談を持ちかけてくる。


だが今日は――


「……声、かけづらいわね」


「少し、疲れていらっしゃるのかしら」


(よし)


私は、

机に突っ伏し、

軽く溜息をついた。


これでいい。

これくらいが、ちょうどいい。



昼休み。


中庭のベンチで、

私はパンを齧っていた。


そこへ。


「……アリシア様?」


聞き覚えのある声。


(あ)


振り返ると、

例の若い文官が立っていた。


「昨日お渡しした書式について、

 ご不明点はありませんか?」


(来たか……)


私は、

ここで逃げない。


むしろ――

演じる。


「……不明点、だらけです」


文官が、目を瞬かせる。


「そ、そうですか?」


「そもそも、この項目の意味が……」


私は、

わざとゆっくり、

本当に分からない風に紙を指差した。


「……これは、

 どういう意図で?」


文官は、

一瞬だけ固まった。


(効いてる)


有能そうな相手には、

仕事を振る。


だが、

“説明が必要な相手”には、

人は慎重になる。


「ええと……それは……」


文官が説明を始める。


私は、

素直に頷き、

時々首を傾げ、

理解が追いつかない顔を作った。


内心では、

全力で思っている。


(ごめんね。でも、これは私の生存戦略なの)


説明が終わる頃には、

文官の表情に、

ほんのわずかな疲労が見えた。


「……では、

 また後日で構いません」


(よし)


「はい。

 ゆっくり考えます」


私は、

最大限“無害”な笑顔を浮かべた。


文官は、

一礼して去っていく。


(……これは)


私は、

一つの確信を得た。


“無能そう”は、最強の防御だ。


この日から。


私の“戦略的サボり”は、

本格的に始まった。


その日の午後。


私は、

「無能そう」を意識したまま、

学園内を歩いていた。


歩幅はやや小さめ。

表情は少しぼんやり。


(うん、今の私は“疲れている令嬢”)


廊下の向こうから、

数人の生徒が歩いてくる。


私を見るなり、

一人が小声で言った。


「……やっぱり、無理をしてるのよ」


(違う)


「昨日の就任式の後だもの……」


(元気です)


「気丈に振る舞ってるだけ……」


(振る舞ってない)


私は、

聞こえないふりをして通り過ぎた。


だが。


(あれ?

 評価、下がってない?)


むしろ、

“労わる方向”に評価がシフトしている気がする。


(まあ、まだ許容範囲)


私は自分に言い聞かせ、

次の“無能ムーブ”を試すことにした。



放課後。


学園の掲示板前で、

数人の下級生が集まっていた。


「相談会……」


「アリシア様が担当、って書いてある……」


(消したはず)


私は、

静かに掲示板を確認する。


そこには確かに、

『非公式相談会(担当:王宮特別顧問補佐 アリシア・フォン・ルーヴェン)』

と書かれていた。


(誰が決めた)


しかも、

“非公式”の文字が、

やたらと小さい。


(嫌な予感)


下級生の一人が、

不安そうに言った。


「……でも、アリシア様、

 お疲れみたいだし……」


(そうそう、遠慮して)


「無理に相談しなくても……」


(いい流れ)


「……でも」


別の生徒が、

真剣な顔で言った。


「だからこそ、

 “本音で話していい”んじゃない?」


(え)


「完璧じゃないから、

 弱い私たちの気持ちも……」


(待って)


「分からないことを

 “分からない”って言える人だから……」


(やめて)


私は、

掲示板の前で、

完全に固まっていた。


(無能=共感力、になってる)


まさか。


“分からない”と答えることで、

相談しやすい人認定されるとは。


(想定外)



翌日。


相談会初回。


私は、

極力目立たない部屋を選んだ。


机は小さく。

椅子も最低限。


「……誰も来ませんように」


小さく祈ったが、

祈りは届かなかった。


「失礼します……」


一人目。


「……あの、

 将来の進路について……」


(二人目)


「人間関係で……」


(三人目)


「期待されすぎて、

 逃げたいんです……」


(刺さる)


私は、

机の下で、

拳を握りしめた。


(これ、私の問題)


無能を装った結果、

“弱音を吐いていい空間”が

出来上がってしまっている。


しかも。


私は、

変なことは言っていない。


「……無理に、答えを出さなくても」


「……逃げても、生きてはいけます」


ただ、

“安全な真実”を述べているだけだ。


なのに。


「……救われました」


「初めて、

 分かってもらえた気がします」


(ああ……)


これは。


“無能”ではなく、

“聞いてくれる人”として

評価されている。


(まずい)


相談会が終わる頃には、

部屋の外に、

次の順番待ちの列ができていた。


(終わった)


私は、

自分の甘さを痛感した。


“無能そう”は防御になる。

だが。


“優しそう”は、

 仕事を呼び込む。


その夜。


私は、

極秘日記を開いた。


『本日の学び』

『無能と優しさは別物』

『共感は仕事になる』


ペンを置き、

私は頭を抱えた。


「……次は、

 “冷たい人”を演じる必要があるかも」


平穏への道は、

どうしてこう、

一筋縄ではいかないのだろう。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ