第4話 就任式という名の罠に、気づいた時には遅かった
「――就任式、ですか?」
私は、封書を持ったまま、
自室のソファに深く沈み込んでいた。
「はい。簡素ではありますが、
王宮としては正式なものになります」
淡々と説明しているのは、
王宮から派遣された使者だ。
表情は柔和。
言葉遣いも丁寧。
だが内容は、完全に逃げ道を塞ぎに来ている。
(やっぱり来た)
王宮特別顧問補佐。
聞こえはいいが、
実態は「象徴枠」だ。
しかも就任式付き。
「……辞退、という選択肢は」
一応、聞いてみる。
礼儀として。
形式として。
使者は、少しだけ困ったように微笑んだ。
「もちろん、ご辞退も可能です」
(来た、“もちろん可能です”)
「ただ――」
(来た、“ただ”)
「現在、学園内外での噂が広まっておりまして……
この場で辞退されますと、
その……」
「その?」
「“覚悟が揺らいだ”と、
解釈される可能性がございます」
(最悪)
辞退はできる。
ただし評価は落ちる。
評価が落ちるということは、
別の形での“指導”が入る。
この国のシステムは、
本当に親切だ。
「……分かりました」
私は、極力感情を乗せずに答えた。
「出席だけ、ですね?」
「はい。あくまで形式です」
(形式、ね)
私はこの言葉を、
人生で一度も信用したことがない。
◇
就任式当日。
王宮の小ホールは、
「簡素」という言葉とは程遠い様相を呈していた。
「……聞いてた話と違う」
天井からは装飾布。
壁際には貴族。
正面には、なぜか玉座。
(玉座、いる?)
私は、用意された位置に立ちながら、
全力で気配を薄くすることに集中していた。
だが。
「本日はお集まりいただき――」
司会役の貴族が声を張った瞬間、
視線が一斉にこちらへ向く。
(逃げ場、消失)
「このたび、
王宮特別顧問補佐として――」
(補佐って、こんなに注目される?)
私は、表情筋を完全に停止させ、
“無”を装った。
内心では、
全力でツッコミを入れている。
(これ、どう見ても正式デビューだよね)
壇上に上がるよう促され、
一歩前に出る。
拍手。
(拍手いらない)
「……アリシア・フォン・ルーヴェン様」
名前を呼ばれただけで、
場の空気が一段引き締まる。
(お願いだから、静かにして)
「若くして、
王太子妃の座を辞し――」
(やめて)
「聖女候補を支え――」
(やめてやめて)
「責任を背負わず、
しかし逃げることもせず――」
(完全に誤解の積み重ね)
私は、微動だにしない表情のまま、
心の中で悲鳴を上げていた。
(これ、私の知らない私だ)
だが。
「……以上の功績を鑑み」
(功績?)
司会者が、
満足そうに言葉を締めくくる。
「王宮特別顧問補佐への就任を、
ここに正式に宣言いたします」
拍手喝采。
(罠だ)
私は確信した。
この就任式は、
単なる始まりに過ぎない。
そして、
ここからが本当の戦いだ。
――平穏を取り戻すための。
拍手が鳴り止んだ瞬間だった。
「では早速ですが――」
(やめて)
嫌な予感が、
嫌な予感のまま現実になった。
「本日、この後の会議にて、
若年貴族向け指針について、
一言ご意見を――」
(形式とは)
私は、心の中で真顔になった。
壇上の司会者は、
完全に善意の顔をしている。
逃げ道はない。
今ここで拒否すれば、
「やはり覚悟が足りない」という評価が付く。
(最悪)
私は一瞬だけ考え――
考えてしまった時点で、
もう負けているのだが――
「……恐れ入りますが」
私は、ゆっくりと口を開いた。
「本日は、
体調が優れず……」
(古典的)
「ほう」
会場が、
一斉に静まり返る。
「昨夜から、
少し眩暈がしておりまして」
(お願い、信じて)
数秒の沈黙。
そして。
「……それは大変だ!」
誰かが、
過剰な声量で叫んだ。
(信じた)
「無理をさせてはいけません!」
「責任感の強い方ほど、倒れるまで頑張ってしまう!」
「今は休養が最優先です!」
(違う方向で盛り上がってる)
私は、
一気に“無理をして倒れかけの象徴”に
格上げされた。
「会議は延期だ」
「医師を呼べ」
「いや、静養こそが――」
(お願いだから静かに帰らせて)
私は、
その隙を逃さなかった。
「……お気遣い、ありがとうございます」
最大限丁寧に、
しかし最短距離で。
「本日は、
先に失礼させていただきます」
誰かが止める前に、
一礼。
踵を返し、
全速力で退場した。
◇
王宮の廊下は、
やたらと長い。
私は、
貴族令嬢らしからぬ速さで歩きながら、
内心で叫んでいた。
(逃げろ!
今ならまだ逃げ切れる!)
背後からは、
追いかけてくる気配はない。
(成功……?)
そう思った瞬間。
「アリシア様!」
(失敗)
振り返ると、
若い文官が息を切らして立っていた。
「こちら、
“ご意見提出用の簡易書式”です!」
(書式?)
「後日で構いませんので、
お気づきの点を……」
(後日とは)
私は、
全力で冷静を装った。
「……分かりました」
断れない。
だが、今は受け取るしかない。
紙束を受け取った瞬間、
嫌な予感が確信に変わる。
(これ、増えるやつだ)
「それから――」
(まだある)
「今後の予定についてですが」
(まだあるの!?)
「学園での象徴的立場を考慮し、
月に一度ほど、
学生向けの非公式相談会を――」
(無理)
私は、
無言で首を横に振った。
「……体調を見て、ですね?」
文官は、
“理解ある大人”の顔でそう言った。
(理解してない)
私は、
その場をやり過ごし、
ようやく王宮の外へ出た。
◇
馬車の中。
私は、
深く、深く、息を吐いた。
「……だめだ」
完全に、
囲われている。
私は、
膝の上の書式を見下ろしながら、
一つだけ、はっきりと理解した。
このままでは。
“平穏にサボる”という私の人生設計が、
完全に破壊される。
その夜。
例の極秘日記を開く。
『本日の学び』
『体調不良は免罪符ではない』
『善意は、最も厄介な拘束具』
ペンを置き、
私は決意した。
「……作戦を、立てよう」
逃げるだけでは、
足りない。
ここからは――
逃げ続けるための、戦略が必要だ。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




