第21話(最終話・エピローグ) 象徴なき世界で
彼女がいなくなった世界は、
意外なほど静かだった。
◇
最初に揺れたのは、
宗教と呼ばれていた集まりだった。
「……沈黙とは、
何だったのだろうか」
誰かが、
ぽつりと口にする。
それまで当然のように
信じられていたものが、
突然、宙に浮いた。
彼女は語らない。
彼女はいない。
それだけで、
問いだけが残った。
やがて、
答えを出せない人々は
少しずつ集会から離れていく。
沈黙は、
導きではなく――
ただの空白に戻った。
◇
王宮でも、
同じだった。
「ルーヴェン方式」は
書類の中で生き残り、
現場からは静かに消えていった。
責任を明確にする制度は、
便利だったが、
誰もが続けたがらなかった。
結局、
世界は元の形に近づいていく。
彼女がいなくても。
いや――
いないからこそ。
◇
学園では、
誰も彼女の名を口にしなくなった。
それは忘却ではない。
配慮だった。
「あの人は、
そっとしておこう」
その一言で、
すべてが終わった。
◇
地方の街では、
小さな変化だけが残った。
誰かが決め、
誰かが責任を持つ。
完璧ではない。
失敗も多い。
だが、
「何も決まらない」よりは
少しだけ前に進んでいる。
彼女の名前は、
もう使われていない。
◇
その頃。
彼女は、
どこかの街で
紅茶を淹れていた。
宿の一室。
名もない場所。
誰も、
彼女を知らない。
誰も、
期待しない。
窓の外では、
人々が行き交っている。
仕事の話。
今日の天気。
明日の予定。
世界は、
当たり前の速度で
動いていた。
◇
彼女は、
極秘日記を開く。
最後のページ。
『最終日』
『象徴は、
いなくなっても
世界は続く』
少し考えてから、
一行だけ書き足す。
『それでいい』
ペンを置き、
紅茶を口に含む。
少し苦い。
でも、
嫌いじゃない。
彼女は、
窓の外を見て
小さく息を吐いた。
「……今日は、
静かだ」
誰にも聞かせない
独り言。
それで、
十分だった。
彼女はもう、
誰かの期待を
背負っていない。
ただ――
生きている。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
この物語は、
「何もしない主人公」を書いてみたい、
というところから始まりました。
悪役令嬢ものでは、
賢く立ち回る、
ざまぁをする、
世界を変える――
そうした主人公がとても魅力的に描かれています。
でも一方で、
「期待されること」
「正解を求められること」
「善意の中心に置かれること」に
疲れてしまう人もいるのではないか、
と思ったのです。
この主人公は、
誰かを救いません。
正しさも示しません。
最後まで、
世界の代表になることを拒み続けます。
それでも世界は動き、
間違え、
そして続いていきます。
彼女がいなくても、
世界は壊れませんでした。
それが、この物語の答えです。
「期待しないこと」は、
冷たさでも、
無責任でもありません。
ただ、
自分の人生を自分のものとして
引き受けるための距離の取り方です。
この物語が、
読んでくださったあなたにとって
「何かを頑張らなくてもいい理由」
あるいは
「一度、立ち止まってもいい理由」
になっていたら、
とても嬉しく思います。
最後までお付き合いいただき、
本当にありがとうございました。
またどこかで、
静かな物語でお会いできたら幸いです。




