第20話 何も言わずに、いなくなりました
決断は、
衝動ではなかった。
静かな夜、
別棟の部屋で、
私は一つずつ確認していた。
◇
荷物は、
多くない。
元々、
必要最低限しか持たない主義だ。
本。
日記。
替えの衣服。
王宮から与えられたものは、
すべて置いていく。
(これは、
私のものじゃない)
◇
窓を開ける。
夜の空気は、
冷たく、澄んでいる。
警備の配置も、
把握していた。
善意の警備は、
穴が多い。
守るつもりの配置は、
「逃げる」発想を持たない。
(ありがとう、善意)
◇
私は、
机の上に一通の書簡を残した。
宛名はない。
読むべき人は、
分かっている。
私は、
誰かを導くつもりはありません。
誰かの象徴になることも、
拒否します。
私がいなくても、
世界は動きます。
だから、
探さないでください。
署名は、
しなかった。
(名前は、
もう十分使われた)
◇
別棟を出る時、
足音は一つもしなかった。
夜は、
すべてを受け入れる。
私は、
一度も振り返らず、
敷地を抜けた。
◇
翌朝。
王宮は、
静かな混乱に包まれた。
「……いない?」
「別棟は?」
「警備は?」
「書簡が――」
声は、
低く、抑えられている。
騒ぎにならないよう、
細心の注意が払われていた。
彼女が“いなくなった”こと自体を、
意味にしてはいけない。
それが、
共通認識だった。
だが。
◇
礼拝堂では、
別の解釈が生まれていた。
「……ついに、
完全な沈黙へ」
「姿を消すことで、
象徴を超えた」
「我々は、
試されている」
誰も、
彼女を探そうとはしない。
それが、
“敬意”だと信じているからだ。
◇
王宮と宗教。
両方が、
同時に“動けなくなる”。
彼女が、
いないから。
◇
その頃。
私は、
王都から離れた
名もない街道を歩いていた。
人のいない道。
標識もない。
(……静かだ)
夜明け前の空は、
少しだけ明るい。
私は、
小さく息を吐いた。
「……やっと」
言葉は、
それだけ。
達成感も、
高揚もない。
ただ――
軽い。
◇
その日の夜。
王都では、
正式な発表はなされなかった。
失踪ではない。
追放でもない。
「沈黙」。
それだけが、
共有された。
◇
街道の先で、
私は振り返らずに歩き続ける。
行き先は、
決めていない。
決めないことが、
今の私の選択だ。
極秘日記に、
最後の一行を書き足す。
『本日の学び』
『消えると、
ようやく
自分の足音が聞こえる』
私は、
日記を閉じた。
世界は、
きっと混乱する。
でも――
それは、
私の問題じゃない。
私は、
ただ静かに、
生きる。
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