第16話 王宮は、静かに焦り始めました
異変を最初に察知したのは、
王宮だった。
それも、
かなり遅れて。
◇
「……沈黙の道、ですか」
宰相は、
机の上に並べられた報告書を眺めながら、
わずかに眉を寄せた。
「思想集団としては、
まだ小規模ですが――」
補佐官が、
慎重に言葉を選ぶ。
「広がり方が、
非常に速いです」
王太子は、
黙って資料に目を落としていた。
そこには、
地方での集会、
学園内での勉強会、
非公式な読書会の報告が並んでいる。
共通点は一つ。
どれも、
アリシア・フォン・ルーヴェンの
“沈黙”を核にしている。
「……彼女は、
何か言っているのか?」
王太子が、
低く尋ねた。
「いえ」
補佐官は、
即答した。
「一切、語っていません。
否定も、肯定も」
「……それが、
一番厄介だな」
王太子は、
小さく息を吐いた。
◇
宰相が、
静かに言った。
「思想は、
禁止すると殉教者を生みます」
「利用すれば、
制御不能になります」
「放置すれば――」
「勝手に育つ、か」
王太子が、
言葉を継いだ。
宰相は、
否定しなかった。
「現状、
彼女は何もしていない」
「だからこそ、
“純度が高い”」
(最悪の評価)
「……アリシアは、
これを望んでいない」
王太子の声には、
はっきりとした苛立ちがあった。
「分かっております」
宰相は、
穏やかに頷く。
「ですが殿下。
“望まない象徴”ほど、
強いものはありません」
◇
「対応策は?」
王太子が、
問いを投げる。
宰相は、
一枚の紙を差し出した。
「三案あります」
一、
公式に否定声明を出させる
→ 本人が語る=思想が確定する
二、
王宮が思想を吸収する
→ 宗教対立の火種になる
三、
彼女を表舞台から消す
王太子は、
三番目を見つめたまま、
しばらく動かなかった。
「……それは」
「“保護”という名目になります」
宰相は、
淡々と告げる。
「国外視察。
長期静養。
あるいは、
存在を薄める配置」
「彼女の意思は?」
王太子が、
絞り出すように聞いた。
宰相は、
ほんの一瞬だけ、
目を伏せた。
「――確認する前に、
事は動いています」
◇
その頃、私は――
「……紅茶、冷めたな」
自室で、
静かにカップを見下ろしていた。
ここ数日、
奇妙な来客は増えたが、
直接的な圧力はない。
それが、
一番不気味だった。
(……そろそろ、
来る)
この感覚は、
外れたことがない。
◇
夜。
極秘日記。
『本日の学び』
『善意が一致すると、
逃げ場は消える』
『王宮が動く時は、
だいたい遅い』
ペンを置き、
私は決めた。
“消える準備”を始めよう。
逃げるのではない。
隠れるのでもない。
――存在を、薄くする。
それが、
今の私にできる、
唯一の防御だった。
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