第13話 前例として消費され始めました
静かな朝、というものは、
たいてい長くは続かない。
私はそれを、
経験則として知っている。
◇
「……参考意見募集、ですか」
王宮文官局から届いた書簡を、
私は朝の紅茶を飲みながら眺めていた。
語調は丁寧。
内容は曖昧。
そして何より――
断れるが、断りづらい。
(いつものやつ)
『地方教育制度における新たな指針策定にあたり、
過去事例に詳しいご意見を――』
過去事例。
つまり、
私が行って、
何もせず、
条件だけ出して帰ってきた、
あの件だ。
(まだ“成功例”扱いしてるのか)
私は、
その書簡を静かに閉じた。
返事は出さない。
これも、
私の選択だ。
◇
その日の午後。
学園の掲示板の前で、
人だかりができていた。
嫌な予感がして、
少し遠回りをしようとしたが――
視界に、
見覚えのある言葉が入った。
『地方教育試行モデル(通称:ルーヴェン方式)』
(通称、つけたの誰)
私は、
足を止めた。
掲示内容を、
必要最低限だけ読む。
・決断の責任を明確にする
・助言は行わない
・当事者同士で合意形成を行う
(……条件、
そのまま抜き出されてる)
しかも。
「すごいですよね、
アリシア様って」
背後から、
ひそひそ声が聞こえる。
「何も言わずに、
あそこまで変えたんでしょう?」
「まさに、
新しい時代の貴族像……」
(やめて)
私は、
掲示板から視線を外し、
何も見なかったことにした。
◇
放課後。
ミレイユ嬢が、
珍しく真剣な顔で近づいてきた。
「……聞きました?」
「何を、ですか」
「“ルーヴェン方式”」
(聞いてない体で行くか)
「名前だけなら」
彼女は、
困ったように眉を下げた。
「地方だけじゃなくて、
他の学園にも……
広げるらしいです」
(ああ、
横展開が始まった)
「……アリシア様、
止めなくていいんですか?」
私は、
少しだけ考え――
すぐに答えた。
「止める権限は、
私にはありません」
「でも……」
「それに」
私は、
淡々と言った。
「私が止めれば、
“正解を示した”ことになります」
ミレイユ嬢は、
言葉を失った。
「……それは、
嫌なんですね」
「はい」
即答。
◇
その夜。
極秘日記。
『本日の学び』
『前例は、人を通らずに歩き出す』
『名前が付いた時点で、だいたい負け』
ペンを置き、
私は天井を見上げた。
(……これは、
まだ序盤だな)
制度化。
横展開。
理念化。
これらは、
必ず次に来る。
そしてその先に――
“信仰”が生まれる。
私は、
小さく息を吐いた。
「……本当に、
静かに生きたいだけなんだけどな」
だが、
世界は今日も、
私を置き去りにして動いている。
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