第11話 私は、最後まで選ばない
王都へ戻る馬車の中は、
驚くほど静かだった。
地方の街を出てから、
私はほとんど何も考えていない。
考える必要が、
もうなかったからだ。
◇
王宮に到着したのは、
夕刻だった。
迎えに出ていたのは、
王太子と宰相――
この組み合わせが来た時点で、
用件は一つしかない。
(来たな)
「……アリシア」
王太子は、
どこか疲れた顔で私を見た。
「地方での件、
報告は受けている」
「そうですか」
私は、
それ以上何も言わない。
語れば、
意味を与えられる。
「……君の提示した条件で、
街は一度、混乱した」
「はい」
否定もしない。
「だが」
王太子は、
一度言葉を切り、
続けた。
「最終的には、
責任の所在が明確になり、
王宮としては――」
(“成果”って言うぞ)
「――評価すべき結果だと
判断している」
宰相が、
満足そうに頷いた。
「前例として、
非常に有意義でした」
(ああ、やっぱり)
「そこでだ」
王太子は、
意を決したように言った。
「正式に、
君を“地方教育制度改革顧問”として――」
「お断りします」
言葉が、
空気を切った。
あまりにも即答だったため、
王太子が一瞬、
言葉を失う。
「……理由を、
聞かせてもらえるか」
私は、
ほんの少しだけ考え――
考えた結果、
一番正確な言葉を選んだ。
「私がいる限り、
誰かが決断しなくなるからです」
沈黙。
宰相の表情が、
わずかに変わった。
「私は、
条件を一つ出しただけです」
私は、
淡々と続ける。
「決めたのは、
街の人たち」
「背負ったのも、
街の人たち」
「私がそこに立てば、
また“正解役”が生まれます」
王太子が、
苦しそうに眉を寄せた。
「……それの何が、
いけない?」
「いけなくはありません」
私は、
きっぱりと言った。
「ただ――
それは、私の人生ではない」
はっきりと、
言い切った。
◇
「アリシア」
王太子は、
低い声で言った。
「君は、
逃げているだけではないのか?」
その問いに、
私は初めて、
彼を正面から見た。
「そうかもしれません」
否定しない。
「でも」
一拍置いて、
続ける。
「逃げない人間が、
どれほど簡単に
使い潰されるか――
私は、よく知っています」
それは、
感情ではない。
経験だ。
「私は、
誰かの理想や制度のために
壊れるつもりはありません」
沈黙が、
長く続いた。
宰相が、
静かに息を吐く。
「……見事な拒絶ですな」
皮肉でも、
称賛でもない。
ただの事実確認。
「では」
私は、
一礼した。
「これで、
王宮特別顧問補佐の任も――」
「それは続けてほしい」
王太子が、
被せるように言った。
(あ)
「ただし」
彼は、
はっきりと言った。
「何もしなくていい」
「……はい?」
「会議に出なくていい。
提言もしなくていい」
「象徴としても、
使わない」
宰相が、
肩をすくめる。
「これ以上、
拒否されると
こちらが困るので」
(大人の敗北宣言だ)
私は、
一瞬だけ考えた。
そして。
「……では、
それが条件です」
王太子が、
苦笑した。
◇
その夜。
自室で、
極秘日記を開く。
『本日の学び』
『最後に断ると、
相手が譲歩する』
『逃げ切った……多分』
ペンを置き、
ベッドに倒れ込む。
「……疲れた」
だが、
胸の奥は静かだった。
私は、
選ばなかった。
誰かの期待も。
誰かの理想も。
誰かの制度も。
それだけで――
今夜は、
よく眠れそうだ。
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