【其の七.】ちとせくんと、綴
「遅くなりました」
「おう。カレー、冷めちまってたから温め直したぞ」
「すみません」
「何でお前が謝るんだよ。って、ちょっと待て。髪すげぇ濡れてんぞ。
拭いてやるから、こっち来い」
「……」
「痛かったら言えよ」
風呂から上がると、リビングから湯気が立っていた。
どうやら、冷めてしまったカレーを千歳先輩が温め直してくれていた様だ。
香ばしいカレーの匂いが部屋を満たす。
千歳先輩の前まで行くと、髪が拭かれていない事を指摘され、首にかけていたタオルを屈んだ先輩の手に攫われる。
そのタオルが、髪へ伸びる前に俺の泣き腫らした目頭へと向けられた。
「……ちとせくん、ごめんなさい」
「珍しいな?綴が昔の呼び名で俺の名前呼ぶの」
「……こんな俺で、ごめんなさい……」
「……こーら。俺の好きな奴の事、〝こんな〟何て言うな。本人でも怒るぞ?」
風呂場で考えてわかった。
千歳先輩は、俺に嫌々付き合ってくれているのだと、そう俺は思い込んだ。
思い込むしかなかったのだ。
過去の状況と重ねて、千歳先輩が善意で俺を側においてくれているわけがないと、そう言い聞かせないと、また熱いナニカが湧き出てくる。
どうしてちとせくんと呼んでしまったのかは分からない。
俺の本能が、そうさせたのだ。
なのに、千歳先輩は真っ直ぐに俺を見てそう言った。
茶化さず、笑わず、真剣な瞳が俺を刺す。
「っ……だって」
「だっても何もない。綴はほんと、そういう所頑固だよな。……ほら、拭き終わったぞ。
カレー食べろ」
「つ、つか、なな、な、なんで急に……す、好きな奴とか……言ったり……名前で呼ぶんですか……」
「お前がちとせくんって呼ぶから俺も呼んだ。ったく、照れたりするのは昔から変わんねぇな。
ずっと、可愛いお前のまま。……幼馴染として、ちゃんと好きだよ、綴の事」
千歳先輩は、こう言う恥ずかしいときにまっすぐと思いを伝えられる、そう言う人だ。
今は彼女何ていないが、作ろうと思えばいくらでも作れると、俺はそう思う。
俺がいくら慌てても、その力強い瞳は俺を逃がしてくれない。
カレーの匂いが満たされた部屋で、千歳先輩と向き合った顔がボッと熱くなる。
「っ……!かわっ……好きっ……!?あぅ、う、も、やぁ、先輩!千歳先輩!
カレー!俺カレー食べます!!」
「あー、頭パンクしちまったか」
「笑わないで下さいー!」




