【其の五.】怪物
チャポン、ピチャン、ザッバン。
湯が跳ねる音がその静かな空間に響く。
湯船に入ってすぐ頭に浮かんだのは、先程の千歳先輩との事。
あんな封筒どうでも良いが、先輩に迷惑は掛けて欲しくなかった。
それでなくても同居させて貰っているし、これまでも沢山迷惑を掛けたのだから。
風呂場に湯気が立ち込める。
そう言えば、あの日は口から白い息が出ていた気がする。
あの、家を追い出された日は、ひどく寒かった。
火花が散って、次の瞬間目の前に雷が落ちた様に真っ白になって。
気がつけば、周りに人や物が倒れている。
そんな俺を、家族や見た人はみんな、こういっていた。
〝怪物〟
だと。
あの家にいると聞き慣れた、言われ慣れた言葉にいつしか俺は反応しなくなっていた。
この世界には、かつて名を連ねた武士や資産家がいた。
その名家の一つ・灰原家。
今では世界最大級の電子商取引プラットフォーム、灰原株式会社・GIFT。
総資産7825億円。
灰原家は伝統や格式を重んじる家だ。
勉強もからっきしで、スポーツも出来ず、さらに怪物の俺はあの家には必要ない。
何故なら俺の下に三人、妹と弟がいるから。
三人の誰かが、あの家を継ぐだろう。
でも、俺がいつ家の事を先輩以外の警察や外部に漏らすか分からない。
そんな不安からか、先輩と同居しだした辺りから毎月、現金三十万円をアパートの郵便受けに入れてきている。
それを持ってくるのは、決まって俺の家に昔からいる使用人・鈴だ。
彼女も、ひどく俺を嫌悪していた。
最後に見たのは、心底驚いた様な、怯えた様な鈴の瞳。
母と最後に会ったのは、二歳。
父と最後に会ったのは五歳。
弟と妹には、会った事すらない。
ずっと、あの家で怪物の俺だけが隔離されていた。
「はぁ……」
親の言う事を聞きなさいとか、仲良く暮らしなさいとか。
そんな言葉を、何度耳にしただろうか。
確かに、親の言い分はわかる。
俺を怪物だと言って近づけなかったのは、母親のお腹に赤ちゃんがいたからだと言うことも。
そして、今なお俺をあの家から遠ざけるのも、小さな弟達がいるからと言うことも。
全て理解している。
でも、外の人達はみんな家の味方で、俺の事を知ろうともしない、冷たい目線に、俺はいつも耐えてきた。
だから、千歳先輩は俺にとって光だった。
何もかもを奪われ、怪物だと罵られた俺に、神様が唯一与えてくれた特別な一筋の光。
なのに家族は、その光さえも自分たちの暗闇に連れ込もうとする。
水面にに自分の醜い怪物の顔が映った。
どこか歪で、何かをこらえている自分の顔。
その顔が、水面に落とされた一滴の汗でぐらりと歪んだ。
視界が霞む。
また、ハイパーサイメシアのせいで脳がパンクしてしまっているのだろうか。
俺は必死に、意識を保った、その時だった―――。




