【其の三.】聖人君子
「つか、何でお前らがここに来てんだ?」
「お前が俺らに待っとけって言ったからだろ!
どうせまた綴のとこだろうなと思ってこっちに来たんだけど……。
同居してると同性相手でも距離近くなんのか??」
「いや、違うだろ。ただ朔が無遠慮でバカなだけだ。朔の無遠慮に振り回される身にもなれ……。
灰原の名前呼ぶなとか、二人きりになるなとか、本当……!
はぁ……」
「わぁ……。金城先輩……今日千歳先輩に容赦ないですね……」
教室で待たせてたらしい二人に俺が平謝りすると、綴は悪くないと頭を撫でられたが、その撫でる手を、千歳先輩が俺の頭から払い除ける。
いや、そもそもあんたの……と言いたい気持ちを飲み込み、その場に座った。
座った俺に金城先輩がスッと近づいてくる。
「灰原も、嫌だったら嫌って言っていいからな?お前、朔の事聖人君子か何かと勘違いしてんだろ?
それ、大間違いだからな。朔は聖人君子何かじゃねぇ。それはお前も分かってんだろ?
仮に朔が聖人君子だったとしても、お前が朔に何言われても口を結ぶ理由は、何処にもないんだ」
「……それ、は……」
『お前、朔の事聖人君子か何かと勘違いしてんだろ』
頭の中でその言葉を反芻した。
否定できない。
だって、自分が今ここにいられるのは間違いなく千歳先輩のお陰だから。
嫌な事を言われたら言い返せば良いし、変な事をやられそうになったら殴っていい、と金城先輩はそう言った。
俺のためだ。
それはわかっているのに、どうしてか口からは空白の息しか出て来ない。
もし俺が今千歳先輩に恩を感じていようと、嫌なことは嫌だと言っていいとそう言ってくれる幼馴染がいる事に、俺は何故か安堵した。
「おーい、金城、聞こえてるからな〜。ったく、お前らなぁ……。
……これでも今は我慢してる方だっつの」
「いや、朔、それはヤベェぞ!」
「……ま、灰原がいいなら良いんだ。じゃあな、二人とも、俺らはもう帰るわ。
お前らも続きは家でやれ。ここ学校だぞ。後、朔は控えろよ。
今日まだ水曜日だぞ。金曜じゃないし、そんなんで金曜まで耐えられんのか、お前」
「ぐっ……わかってる……と思う……」
忠告は終えたからな、と扉のノブに手を掛けて使い古された茶色い学生カバンを担いだのは、金城先輩だった。
松田先輩は、俺達と金城先輩を何度か困惑しながら見ている。
金城先輩に忠告された千歳先輩は胃を押さえて声を上げた。
扉が開かれる音が響き、続いて賑やかな足音も轟く。
「え、おい、金城!?じゃあな、綴ー!」
「あー……助けてはくれないんですね……」
「はぁ……、俺たちも帰るか?お前、疲れたろ?」
「!はい、ありがとうございます」
二人が出ていった扉を眺めていると千歳先輩が、俺の膝に置かれていた〝今週の貸し出し管理表〟を棚の中へ戻し、俺のカバンと自分のカバンを手に持って扉へと向かった。
先輩から紡がれた普通に聞こえる言葉。
そう、学校終わり。
それも放課後の図書委員の仕事の後だと、普通の労いの言葉に聞こえるその音。
だが、俺には何処か俺の特質の事を労ってくれているようで、心がキュッと引き締まった。
嬉しい。
心中は、そんな言葉でいっぱいだ。
そうだ。
言葉に出さずとも俺を労ってくれて、俺のカバンを何も言わず自分の物のように持ってくれて、でも、何処か自分の物以上に丁重に優しく扱ってくれる。
そんな先輩に俺は、着いていきたいと思ったんだ。
それは、金城先輩の話を聞いたあとでも変わらない。
早足で校門へ向かう千歳先輩の後を走って追い掛けた。
いつか、その遠い背中に手が届く様にって―――。
「何だよ、急に」
「ううん。へへ、やっぱり千歳先輩は優しいなって!」
「〜〜〜っ!お前なぁ……ほんと……っ!」
「え?な、え……!?」
「はぁ……熱っ……」
「え、今冬ですよ?」
「……お前のせいだからな」
「俺!?」




