【其のニ十四.】夢の変換
「金城達教室の前にいたけど、何か話たか?」
「……千歳先輩の進路の話し……を」
「あぁ……俺、二人に何も言わずに変えちゃったからなぁ……。
まずかったか……。……や、松田には言ったぞ」
「……俺のせいで……ごめんなさい……」
「?何言ってんの、灰原。俺、臨床心理士目指すから」
「……え、」
「いやぁ、この第二図書室の仕事お前としててさ、そっちも合ってるかな〜って思って。
臨床心理士なら、この近くの大学から目指せるからさ。
だから俺は夢を捨ててもないし、犠牲にもしてない。
もし俺が理学療法士の夢捨ててたとしてもそれは、ただ綴がいいから、綴を選んだだけだけど?」
新島が第二図書室から去って行き、千歳先輩と二人きりになったその場所で、先に口を開いたのは千歳先輩だった。
出した声も、握りかけた手も、暖かい部屋の中だと言うのに、雪に触れた時以上に震えていた。
何回謝っても、謝っても足りない。
千歳先輩は俺を必要としてくれていたけれど、やはり俺は彼に釣り合わない。
千歳先輩の暖かさに触れれば触れるほど、俺の影は濃くなり、手や足、果てまでは身体まで凍っていく。
暗闇に呑まれた俺と、光りに包まれた千歳先輩じゃ、生きている世界の次元が違い過ぎて、一歩を踏み出せないのだ。
―――臨床心理士。
それは、理学療法士とは資格も、種類もまるで違っている。
その人の身体の機能回復や維持を手伝うのが理学療法士。
人の身体ではなく心に寄り添う心の専門家が臨床心理士。
〝綴が良いから綴を選んだんだけど〟
何処か不貞腐れたように、千歳先輩のオトナの余裕とこの部屋にカーテン越しに差し込む一筋の光も相まってか、この世界で俺にしか言わない特別な言葉に聞こえてしまう。
そう思ってしまえば、これまでの嫌なことも忘れられるのに、思うことができない。
俺が、千歳先輩といる俺自身の事を一番嫌いだから。
一番、許していないから―――……。
「俺は誰かの身体を治すより、綴や人の心を守ったり寄り添ったりするほうが性に合ってるって思うから。
綴みたいになりたくてそうなった訳じゃない小さな怪物たちに手を差し伸べて、一緒にその重荷を背負ってあげたいんだ。
全て救えるわけじゃない、嫌な過去が消えるわけでもない。
けれど俺は、ヘッドホン渡しただけでずっと感謝し続けてくれるお前みたいな誰かを、救いたいんだ」
千歳先輩の優しさに包まれたその言葉に俺は唇をかみしめた。
その優しさの光が、影の中にいる俺にとっては一番苦しい。
千歳先輩には、こちら側に来てほしくない。
影の俺と同じ世界で生きてほしくない。
そう思って、声を振り絞った。
「俺はッ……!……俺は……っ。……千歳先輩には……俺のいない世界で……幸せになってほしい……です……。
怪物の俺がいたら……先輩は幸せになれないから……別の……」
「……お前、本当に綴のいない世界で俺が幸せになれると思ってんのか……っ!?」
「痛ッ……!だ、だってそれは……っ、俺が……今ここにいるから……そう感じてるだけで……」
「はぁっ……はぁっ……。っ……お前はそんなに……俺と一緒にいたくねぇのかよ……。
確かに俺は面倒くさいし……色々と重いけど……それでも……っ!
……これまでずっと……ずっと……お前の事肯定して来ただろ……っ。
隣にいたし……最近あんな事もあったからお前も変に距離意識してんのかも知れないけどさぁ……、綴にとって俺は……お前に選ばれる価値もない人間なのか……?
……っ、お前の隣にいるのが俺じゃ……嫌なのかよ……っ―――」




