【其の十八.】理学療法士
月曜日の図書室は、土曜日の甘い残り香をかき消すように、冬の乾燥した埃の匂いがした。
担任の先生と進路相談するから遅れるし、灰原は先行っとけよ、と言う千歳先輩の言葉に震えながらも頷いた。
―――高校三年生の十二月。
それこそもう、進路を確定させなければいけない時期だ。
大学に行くか、専門学校に行くか、就職するか。
そこまで考えて俺は、昨日アーカイブしてしまった松田先輩から千歳先輩へのメールの内容を一言一句表示させていった。
「お前、あのアパートでるのか?」
「地元の大学じゃない寮付きの所希望してたんだろ?」
「綴はどうするんだ」
「あまり、綴の事気にしすぎるなよ」
「朔は朔の道を突き進めば良いんだから」
「お前は優しいと同時に頑固だからよ、俺が言っても聞かないんだろうけどさ」
「でも、俺も金城も朔が心配だから。これだけは言っとくわ」
わかっている。
松田先輩は、ただ千歳先輩の事が心配なだけだと。
でも、今の俺にとっては、あまりにも重すぎる、整理できない言葉が並んでいて、昨夜から視界に火花が何度も散った。
怪物の予兆を感じさせるそれに、寒気がしてマフラーに顔を埋める。
第二図書室の分厚い扉を開けて中に足を踏み入れると、そこには、今最も会いたくなかったかもしれない人達がいた。
「……灰原」
「え、綴!?金城何で……あ、そっか……朔が進路相談してるだけで綴は仕事あるのか……」
「金城先輩……松田先輩……」
いつも隣にいた大きな背中がないだけで、図書室がこんなに冷たく、広すぎる場所に感じるなんて、思いもしなかった。
ぎこちないながらも無理やり笑顔を作る俺に、松田先輩は苦虫を噛み潰したような顔で問いかけてきた。
「……綴。もしかして昨日、俺が朔に送ったメール一瞬でも見たか?
や、お前入って来たときから元気ねぇし……もしかしたらって……。ごめんな。
別に朔の隣にお前がいることを否定したいわけじゃないんだ」
「わかってます。……二人が、千歳先輩の事心配してる事は……。
あの人、他人の事ばっかで自分の人生放ってるから……松田先輩が言ってる事、わかるんです……」
「……灰原」
「お、おい、金城……」
松田先輩が止めに入ってくれたけれど、そんな松田先輩の言葉を手で遮り、金城先輩は続けた。
松田先輩は、俺と金城先輩の間にオロオロと立ち尽くしている。
わかっている。
金城先輩は、多分一番千歳先輩の事を隣で見てきたからこそ、俺に怒っているのだ、と。
それを逃げ場のない第二図書室で俺に今日、金城先輩が告げた意味に、この時の俺はまだ気づけていなかった。
「はい……」
「朔の夢、聞いた事なかったか?」
「……?いえ」
「そうか。あいつの夢は元々な、理学療法士だったんだ」
「理学……療法士……?」




