【其の十七.】綴の朔。朔の綴。
カチリ、と新しく作った鍵が鍵穴を回る。
アパートに帰ってから、何度も家の外に出て繰り返した行為。
千歳先輩に家に入れと言われても、今日は首を縦には振らなかった。
この幸せを、少しでも長く噛み締めていたいから。
今日から、俺はこの家の『同居人』という名前を超えた、本当の主の一人になったんだという幸せを―――……。
三日目のカレーを食べ、今日は一人ずつ風呂に入った。
千歳先輩は紺色のジャージ。
俺は昨日と同じ白い無地の肌触りが良い薄いパジャマだ。
夕食のカレーの匂いが漂うリビングで、千歳先輩が小さなRIA×RIAの箱を二つ取り出した……。
「じゃあ、着けるぞ」
「はい」
「……よし」
俺の後ろに千歳先輩が立ち、冷たい金属のチェーンと、先輩の指が左の首筋に触れた。
俺の記憶が、千歳先輩の指先が少しだけ震えているのを「アーカイブ」してしまう。
銀色に輝くネックレスには、小さなリングが付いている。
そのリングの内側に、〝45143834.12.7〟と、〝朔〟が記載されていた。
よく見ると、千歳先輩が着けているネックレスのリングには、俺の名前が書かれていた。
そこで俺はえ、と首を傾げる。
どうして俺の名前じゃないのだ、と。
千歳先輩にストレートにそう聞いた。
すると……。
「だって、学校とか外で何かあった時に俺達はこう言う関係だからって証明できないだろ?
でも、やっぱ……その……誰もお前には触れて欲しくないからさ……。
だから、俺なりの精一杯の牽制……マーキングだよ。……あ、嫌だったか?」
「けっ、けんせ……い……!?マー、……キ……!?」
「お、おぅ……。嫌なら、全然……」
「い、嫌……!……じゃないです。嬉しい……し」
「……!ありがとう、綴」
ネックレスを着けたまま、リビングのソファで少しだけ寄り添う。
自分の胸元にある「朔」という文字を指でなぞりながら、冷たかったはずの金属が自分の体温で温まっていくのを感じる。
俺にとって一番温かい、居場所の証明。
それを確信した時、一筋の冷風が部屋を横切ると、今度はソファーの前においてある木の丸テーブルの上にある千歳先輩のスマホから、通知音が鳴り響いた。
送り主は松田先輩。
「あ、やべ……そうだっけ……。……どこにするかなぁ……」
「?何の話ですか?」
「ん?〝進路希望調査表〟だよ。明後日提出期限だって、松田が。
どの大学か専門学校受けようか悩んでんだよな……」
「進路……」
千歳先輩には、そう誤魔化された。
でも、俺は一瞬でも見てしまったのだ。
メールの本文を。
確かに、進路希望調査表の事は書いてあったし、それが主な内容だった。
だが、その言葉の下にまだ文字が続いていたのだ。
「お前、あのアパートでるのか?」とか、「地元の大学じゃない寮付きの所希望してたんだろ?」とか、「綴はどうするんだ」とか「あまり、綴の事気にしすぎるなよ」とか、「朔は朔の道を突き進めば良いんだから」とか、「お前は優しいと同時に頑固だからよ、俺が言っても聞かないんだろうけどさ」とか、「でも、俺も金城も朔が心配だから。これだけは言っとくわ」何て言葉も書いてあった……。
文章を頭にアーカイブした瞬間、鼓動が速くなり、過呼吸になりかけたけれど、千歳先輩に気づかれないように何とか整える。
きっと、先輩はこの事に触れられたくないのだろう。
だから、俺相手に誤魔化した。
なら、俺も触れちゃいけない。
尋ねたいし、声をかけたいが、その言葉を嗚咽と共に飲み込んで、笑顔で微笑む。
XXXX年度叡明高等学校卒業式まで後3ヶ月と二日―――。




