【其の十六.】キーケースとネックレス
賑やかな街の喧騒。
でも、俺の耳に届くのは隣を歩く先輩の、規則正しい足音だけだった。
人混みの中で、ふと袖を引く感覚。
ハイパーサイメシアの俺が、何千人もの見知らぬ他人の顔をアーカイブするのをやめて、隣を歩く一人だけの存在に全感覚を集中させる瞬間から、俺たちの『土曜日』は始まった――駅からショッピングモールへ向かう道中で。
身長が低い俺は一瞬で休日の人の波に飲まれ、千歳先輩と逸れてしまった。
でも―――。
「灰原!」
先輩の大きな手に俺の華奢な手が強く掴まれ、人がゴミのように溢れかえっているその道中を何とか脱する。
強く掴まれた筈のその手は、一つも痛くなかった。
きっと、千歳先輩が気を使ってくれていたのだろう。
ショッピングモール・KALULAの大きな自動扉を通っても手を握られ、肩を寄せられ、俺達の距離が一段と縮まる。
まずは鍵屋に寄って、俺の分の鍵を作ってもらった。
俺が払いますと何度も言っても、千歳先輩は首を左右に振って財布を出してくれた。
次に、小物売り場へと向かった。
キーケースを買うためだ。
明るく、穏やかな内装の店は俺達の雰囲気に合っている気がする。
俺は千歳先輩に合う紺色無地の革のキーケースを選んで、千歳先輩は俺の髪色に似たベージュ色の目立たないキーケースを選んでくれていた。
革の匂いや、手に馴染む感触に、千歳先輩の優しさが滲んでいる。
「じゃあ次はアクセサリーショップ行くか」
「はい!」
千歳先輩の言葉に踏み込んでいた足を進める。
キーケースのお店とは打って変わって、キラキラしたショーケースが並ぶアクセサリーショップ・RIA×RIA。
休日と言うこともあり店内には、カップルや夫婦が何組かいた。
キラキラした照明とショーケースの鏡面が俺たちを照らす。
ショーケースには、男二人がキラキラとした眩しいアクセサリーショップでネックレスを選んでいる姿が映っていた。
やはり、違和感があった。
前まではアクセサリーショップを二人で通っても何も思わなかったのに。
名前がないからなのか、先輩や後輩ではなくなってしまったかからか、その姿を見たくなくなって、目を逸らす。
恥ずかしいとか、そう言う感情ではない。
千歳先輩は、気にせず俺に似合うネックレスを選んでくれているようだった。
恋人にしては、お互いを見つめる熱が重すぎるし、兄弟にしては、触れ合う指先が慎重すぎる。
……名前がないからこそ、俺たちの輪郭はこんなに混ざり合っているのかな、と自問自答を繰り返す。
「ペアの物をお探しいでしょうか?でしたら、こちらのネックレスは刻印もできるのでおすすめですよ。
カップルの方に人気なんです」
「カッ……!」
4K画質で「カップル」という言葉を脳内保存して、一生リピート再生してしまう脳を止められない。
俺が真っ赤になってフリーズしている横で、千歳先輩はあえて店員さんの言葉を否定せず、こう言った。
「カップル……に見えますか?」
「っ……!す、すみません!ペア物ばかりを見ていらっしゃったので……」
「いえいえ。……これ、この二つの色で刻印お願いします。良いか、綴?」
「〜〜〜っ!……はぃ……」
「で、では!何を刻印されますか?文字でも数字でも構いませんよ」
「……じゃあ、45143834.12.7と一つに綴。もう一つには朔でお願いします」
千歳先輩が言ったその数字を一瞬で理解できてしまった自分が嫌だ。
45143834……叡明高校の第二図書室を示す隠語だ。
スマホのキーボードで〝だいにとしょしつ〟を数字で入力すると45143834が出てくるからという理由で隠語に使われている。
そして、一つに綴、もう一つには千歳先輩の名前……完成形を鮮明に想像してしまい、また顔が熱くなった―――。




