【其の十五.】覚悟の後に迎えた朝
「ん……。もう朝……」
カーテンの僅かな隙間から、淡い金色の光線が一本、瞼に触れた。
空は薄青に染まり、まだ寝息を立てる世界に新しい一日が始まろうとしている。
冷たい空気が頬を撫で、布団の温もりとの境目が曖昧になった。
寝惚けた頭で、ぼんやりと天井を見つめる。
隣を見ると、千歳先輩はいない。
キッチンから音がするので、朝食を作ってくれているのだろう。
まだ夢の中にいるような、現実感の薄い感覚だ。
意識がゆっくりと浮上する。
昨夜の千歳先輩の言葉が鮮明に蘇った。
〝ずっと前から、灰原綴と名前のない関係で向き合う覚悟、俺には出来てるんだけど〟
俺にしか聞かせない少し低い声のトーンも、言葉は余裕有り気なのに暗闇の中で垂れ下がっている眉も、その時の金木犀とミモザの香りも、全ての事が俺の耳や脳を直接刺激した。
顔が熱くなるのが感じる。
分厚い布団を被り直し、その布団の中でジタバタと悶える。
そして、俺はそこでん?と頭を抱えた。
あの時は勢いではい、何て返事をしてしまったが、よくよく考えると名前のない関係とは何だ。
先輩後輩でも、幼馴染でもないなら、今の俺達は何なんだ。
男同士だし、結婚して下さいとか、付き合って下さいとか、友達になろうとか、そう言う事を言われた訳ではないし……。
「綴!朝食出来たぞ、食べに来いよー!」
「う、ぁ、は、はい!今行きます!」
戸惑う内心を抑えつつ、ダイニングで待つ千歳先輩の元へパジャマのまま、すぐに向かった。
「わぁ、おいしそう……」
「フレンチ・トースト。朝食の定番だけどりんごのせてアレンジしてるから、普通とはちょっと違うぞ」
「りんご!」
「綴、好きだもんな」
「〜〜〜っ!りんごが!好きなんです……っ!」
「お、おぅ……。知ってる……。―――で、今日ちょっと二人で行きたい所あるだけど良いか?」
「?はい、大丈夫です」
ダイニングへ向かうと、そこにはりんごの甘い香りが漂っていた。
椅子に腰掛けると、差し出されたのは朝日に照らされてメープルシロップが光ったフレンチ・トーストだった。
フライパンから立ち上る、卵と牛乳が混ざり合った甘く焦げた香りが部屋に満ちる。
フォークを入れると、パンはまるで綿菓子のようにとろりと崩れ、口の中で溶けていった。
焦げた砂糖の香ばしさに卵と牛乳の甘い香り、シナモンの風味が鼻をつく。
外はカリッと、中はとろとろ、ふんわりとろける、しっとりした口どけだ。
フォークを使う手が止まらなくて、おいしいですとしか言えない。
俺がフレンチ・トーストを食べ進めていると、目の前でコーヒーを飲んでいた千歳先輩に声をかけられた。
「お前、この家の鍵持ってねぇだろ」
「そうですね。いつも千歳先輩と一緒に帰ってくるし」
「だから、作りに行きたいんだ。綴の分の鍵。
……後は、その鍵を入れるキーケースとか、学校でも付けていられるアクセサリーとかお揃いで……」
「っ……!」
「結構考えたんだよ。ペアリングとかでもいいかなって。
でも、それだと何かちょっと重いし、恋人っぽいだろ?
なら、やっぱり家の鍵とかアクセサリーかなって。まだ綴にこの家の鍵渡せてなかったし、いい機会かなって思って。
後、アクセサリーはついでな。……嫌か?」
「いえ、嫌じゃないです!い、一生大事にします―――!」




