【其の一.】第二図書室の二人組
世界はいつだって、美しい物語を求めている。
誰かが誰かを救った話。
バラバラだった心が一つになった話。
けれど、俺は思う。
「正解」とされる物語の裏で、零れ落ちた涙はどこへ行くんだろう。
「謝ったから、もういいだろう」
「みんなのために、少しだけ我慢して」
そんな綺麗な言葉で塗りつぶされた、声にならない悲鳴。
視点を変えれば、ヒーローが守った「平和」は、誰かの「地獄」の上に成り立っているかもしれない―――。
皆さんは、叡明高校の第二図書室の怪談をご存知だろうか。
この第二図書室に置いている本に手紙や悩み事を紙に書いて挟むと……二人の少年がやって来ると言う、何とも奇妙な怪談。
その少年達は、ただただ、その痛みは俺が忘れないと言葉にして、自分の話を聞いていく。
それだけだ。
たったそれだけなのに、その翌日からは、或いはその瞬間からは、ナニカの呪縛から解かれた様に生きやすくなると言う―――。
―――なんて、そんな噂が校内に流れるほど、ここは暇な場所らしい。
コポコポ、ペラペラ。
挽きたての粉から立ち上る、スモーキーで甘い、どこか懐かしいコーヒーのフランの香りが満たし、古く味のある本を捲る音が静かな空間を色づけて行く。
ここは、東京都渋谷区に位置する叡明高等学校の中で、最も人が立ち寄らない場所である第二図書室。
旧校舎等ではないのだが、学校内では少し各学年の教室から離れた位置にあるからだ。
それなら、と生徒達はより近い位置にある第一図書室を利用している事が多いらしい。
そんな第二図書室。
古びた本から新しい本まで囲まれたその空間に、叡明高校二年生の灰原 綴と、三年生の千歳 朔が座っていた。
「灰原、コーヒー淹れたぞ」
「あ、ありがとうございます、千歳先輩」
「砂糖もミルクも入れてるから、そのまま飲めると思うが……。って、それ今週の貸し出し管理ノートじゃねぇか。
どうした?」
「あ、いや……その……先週よりも借りられた本が13冊多いなって……。
そのうち8冊は、昨日返却されたものですし、返された時の指の跡まで、俺は覚えています。
ただ、その借りられた中で気になる本があって……」
マッシュショートの明るく染まったベージュ色の髪をサラサラと揺らしながら持っていた第二図書室貸し出し管理ノートを閉じ、差し出されたコーヒーカップを受け取った綴。
首にかけたヘッドホンが、カップの湯気で少しだけ曇る。
そんな綴がコーヒーカップを受け取った緊張を解きほぐした様な表情を見ると、安心したように朔は綴の隣に座った。
滅多に人が立ち寄らないこの第二図書室にも、一応管理者は存在する。
その管理者兼図書委員長こそが、千歳 朔だ。
「超記憶症候群のお前が言うなら正しいんだろうけど、じゃあ何で今週はそんなにも多く借りられてんだ?」
「……それだけ悩んでる人がいるん……ですかね……」
「最近俺達がこの学校の都市伝説になってるって俺のクラスメイト達が言ってたから、もしかするとイタズラの可能性もあるが……。
その気になる本、確かめてみるか?」
「……はい」
綴の指摘した箇所に目を向けながら彼の頭を優しく撫でる朔は首をかしげる。
そう。
彼の言う通り、灰原 綴はハイパーサイメシアだ。
自分の人生で起こった出来事を日付や詳細まで驚くほど鮮明に、ほぼすべて記憶しているという稀有な能力。
超能力とか、すごい、ずるい等と羨ましい目で見てくる人が殆どなのだが、一方で苦しむ事も多い。
どれだけ嫌な記憶であろうと忘れることができなかったり、人の行動一つ一つが気になってしまったり等、多々ある。
だから、綴は普段白いヘッドホンを装着しているのだ。
少しでも外界から自分を隔絶出来るように、と。
「よし、んじゃ探すか、その本―――!」




