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婚約者に殺される夢を見たから別れたい(なのに溺愛加速してるのなんで!?)

作者: まめまめ


 久しぶりに予知夢を見た。


 しかも最悪なやつ。


 焼け焦げたレンガの壁。朽ちかけのロザリオ。司祭のいない祭壇。

 

 夢の中の私が身に纏っているのは純白だったであろうウエディングドレス。

 ふわふわのチュールは、刃物で切られたかのようにズタズタに裂かれ、赤黒い血がべっとりとついている。

 夢の中であるのに腹部が燃えるように痛い。心臓がお腹の傷口に移動したかのようにドクドクと脈打ち、その度に体内の血液が流れていくのが分かる。


 (ーーー死ぬ)


 冷えゆく身体が教えてくれる。


 ボロボロの教会の床に倒れ込み、死を待つ私に近づく大きな影。


(…エリク…)

 

 整った顔は憎しみに歪み、哀しみとも絶望ともとれる表情を携えて、私を見下ろしている。

 そして床に倒れている私の顔の横に、ザンっと大きな剣を突き立てた。勇者のみが扱えるという、賢者の剣を。

 

「この詐欺師め…! 今まで騙してきたツケをその命で償え!」


 優しくて大好きだったはずの恋人に汚く罵られ、大粒の涙が頬を伝った。


「おね、が……後生だから……騙していた、私が、悪いから……」


 心からの謝罪は言葉になっていただろうか。

 ああ、でも、もうだめ…。床の冷たさももう何も感じない。涙も血も、流れていくのさえ感じられない。感覚がもうない。


(エリク…今まで騙してごめんなさい…恨まれてもしょうがない…それでもあなたのことを愛していた…ごめんなさい、ごめんなさい…)






「ごめんなさーーーーーーーーーいっっっ!!!!!!」


 ガタガタゴトッチリリリリリリリ


「モニカお嬢様~? 大丈夫でしょうか~?」


 目覚まし時計の音がけたたましく鳴り響く。どうやら起きた拍子にベッドからひっくり返って、頭に時計が落ちてきたらしい。

 しかも落ちた先の床が物だらけ。空きビンやら本やらを置きっぱなしにしていたせいで、背中を打って滅茶苦茶に痛い。


「いったたたた…」

「モニカ様、入りますね? とりあえずその時計のベルを止めましょうか。 って、うわ! 昨日片づけたお部屋が何故こんなに!!」

 

 入室するなり、足の踏み場がない惨状に、メイドが顔を歪める。

 空きビンに埋もれた私は苦笑いで返すほかなかった。


「っも~! どうしてお嬢様はこんなにガサツなんでしょう! 顔はお可愛らしいのに!」

「えへへ、ごめんなさあい」

「ヘーゼル色の長い髪も! 苺のような瞳も! 奇跡的なご容貌なのに、壊滅的なお部屋……! マリは悔しくてなりません……!」


 マリは身動きのとれない私を救い出し、テキパキと片付け始めた。

 彼女がいなければ、きっと今頃私の部屋は天井までモノで埋まっていたに違いない。 

 

「この素敵な時計も! 床に積み上げられている素敵な服も! 絵も本も大量の試薬品も! ぜ~んぶエリク様からいただいたものですよね!? どうしてこんなに乱雑に扱うのですか!」

「大切に…自分ではしてるつもりなんだけど…えと、片付け方が分からなくって…」

「だからメイド()たちが片付けているのに…! 領主様がタウンハウスに居ないからと羽を伸ばしに伸ばして…!」

「領地ではお父様が厳しかったからねえ~息詰まってたわあ。 一人暮らし最高!」

「も~…今日はお嬢様にも一緒に片付けてもらいます! お嬢様のお仕事が終わったら一緒に頑張りましょう!!」

「あ、ごめん、今日の夜はエリクと食事の約束、し、て…」


 言いかけて思い出した。


 あの最悪な予知夢を。


 予知夢を見る時は必ずオーロラが膜がかったように見えるから、これが予知なのだとすぐに分かる。

 まあ残念なことに私が見る予知夢は大抵がどうでもいいことばかりであまり役に立った試しがないのだが。例えば執事長が万年筆をなくすだとか。例えば職場の魔法局に迷い猫がやってくるとか。その程度の予知夢なので、両親ですら私が予知夢を見ることは知らない。


 しかし今回の予知夢はどうだったであろう。


 自分自身の死――…。


 しかも殺される相手は、大好きで、憧れて、嘘までついて付き合った、この国の勇者様。



『この詐欺師め…!』


 夢の中で罵られた言葉を思い出し、サーっと血の気が引いていった。


(やばい…私、このままじゃ恋人(エリク)を殺人犯にしてしまう…!!!)


 そう思うと奥歯がガタガタと震えてきた。


「お嬢様…? どうされましたか? 今度は顔色が悪いですが…」


 心配そうに覗き込んできたメイドの肩をガッと掴み、私は決心した。


「私…エリクと別れなきゃ…!!!」






 おしゃれなレストラン。落ち着いたドレスを着て、正装をした素敵な恋人にエスコートされ、きっと傍から見たら幸せ真っ盛りのカップルだろう。


「モニカ、今日もお疲れ様。 伯爵家のご令嬢が魔法局で働くの、本当に偉いよ」

「うふふ、そんなことないわ。 勇者として危険を顧みず各地をまわるあなたと比べたら」

「モニカは本当に控えめだな」

「ふふ」


 魔法局での仕事帰り、素敵な恋人と待ち合わせして、向かい合わせに座って、私は背中に冷や汗を感じていた。


 "控えめ"。


 家族やメイド、領地の友人たちが聞いたら、手を叩いて笑い転げるだろう。

 でも、だって…!仕方がないじゃない!


 こんな素敵な勇者様と私なんかが付き合うには、猫をかぶるほか手がなかった。

 店内の女性客からの視線を独り占めするほど、魅力的な容姿をもつ恋人(エリク)

 仄暗い店内でもきらきらと輝く金髪。小さな顔に、広い肩幅、恵まれた体躯。レストランのドレスコードに合わせて上質なジャケットを纏ったエリクは、そこらの貴族よりもよっぽど上品で美しかった。

 

 それにも関わらず、普段は勇者として魔物討伐で国の安寧を担っている。

 エリクが入ったパーティは任務遂行率100%で誰も怪我をしないで帰還すると、国中で賞賛された。


(くっ…1年経っても見慣れない…かっこいい…っ! しかも紳士的だし、浮気もしないし、あ〜本当に理想の恋人…大好き大好き大好き一生大好き)


「モニカ? どうしたの? 食欲ない?」

「あっ、なんでもないわ。 少しぼうっとしていて」

「そう? 珍しいね」


 にっこり笑ったエリクの目に、私はどう映っているのだろう。

 お淑やかで、控えめで、民衆のために働いて、エリクの帰りを待つ、由緒ある伯爵家の令嬢。そんな私を、エリクはとても大事にしてくれている。

 この間も、王都から少し離れた領地にある私の実家へ、手土産を持ってきてくれた。気難しい父もエリクを気に入っているし、エリク自身も多分、結婚を意識してくれていると思う。


 今日だって、付き合って一年の記念日。いつもは来ないような格調高いレストランを予約してくれていた。


 ――――――多分、結婚を申し込んでくれる。


 バカな私でもそれくらいは分かる。

 だって私ももう20歳。お父様に無理を言って魔法局で働いていなければとっくに嫁いで子どもをもうけていないとおかしい年頃だ。エリクだって貴族籍ではないとはいえ、22歳で未婚は珍しい。


 大好きで憧れのエリクと結婚できたならと、あなたと家庭を築けたのならと、どんなに夢見たか。


(……でも)


 嘘をついて、自分を偽って付き合った私に、あなたと共に生きる資格はない。


『この詐欺師が……!』


 優しいあなたに、凄惨なことをさせてしまわないように。

 私と付き合ったこの一年を、良い思い出のままとっておいてもらえるように……。


 意を決して、俯く顔を上げ、真っ直ぐにエリクを見つめる。込み上げてくるものに鼻が焼かれる。けれども、私は今日、ここで、彼と決別しなければならない。

 なかなか出てきてくれない別れの言葉を、なんとか振り絞った。



「……エリク、あのね、私と別れてほしいの」

「ん? 嫌だね。 絶対に別れないよ。 あ、モニカ、ワインあいたね、次何飲む?」

「えっ? ちょ、待って、あの」

「次は魚が来るから、この白はどうかな」


 

 瞬きが止まらない。


 え?私、今、別れてほしいってちゃんと言えたよね?

 当のエリクは口角を上げてニコニコしながらワインを選んでいる。何事もなかったかのように。


 ポカンと口があく私は“控えめお淑やかお嬢様”の皮が剝がれてしまっているだろうか。


「ね、ねえ、話を聞いて? とっても大切なことなの」

「モニカ。 僕はモニカのことを愛しているから君の願いは全て叶えたい。 でもね、こればかりは聞けないよ」

「違うの。 エリクは私と一緒にいたらダメなの。 あなたのためなのよ」

「僕のためを思うなら一生、ずっと傍にいてよ。 ……少し、考えていた流れとは違うけど、」


 照れたようにはにかんで、エリクは自身のジャケットの内ポケットに手を入れる。

 いくら私でも流石に分かる。そこに入っているのは四角い箱で、パカッと開けば光り物が鎮座しているに違いない。


(あああああダメダメダメそんな物騒なもの……! そんなもの見たら私嬉しくて思考停止で脊髄反射で結婚の承諾をしてしまうわ……!)


 半分パニックになった私は勢いに任せて立ち上がってしまった。

 おしゃれなレストランで、いきなりガタっと大きな音を立ててしまったものだから、他のお客さんの視線が一気に集まる。


(やばいやばいやばい……! もー私のバカ! どうしようどうしよう……)


 そんな私を庇うように、エリクは静かに立ち上がって、そっと私の肩を抱いてくれる。


「……ごめんね。 モニカをここまで混乱させてしまって」


 なだめるように、自身の胸に私の頭を引き寄せる。

 視界は塞がれているものの、周りからは感嘆のため息が聞こえた。

 当の私も、自分の恋人がカッコよすぎて今すぐ号泣しながら愛を叫び出したいくらいなのだが、如何せんあの予知夢が頭から離れない。


 カッコいい!と別れなきゃ!が頭の中で大渋滞である。

 そんな私を置いてけぼりに、エリクの貴公子ムーブは止まらない。


「でもモニカ、これだけは知っておいて。 僕の幸せは君と一緒に生きること。 だから――」


 やばい。おしゃレストランのど真ん中、観衆の注目を集めながら始まろうとしている。プロポーズが。


「誓うよ。 君を幸せにすると。 どんなものからも君を守る。 モニカ、僕と」

「すっ……好きな人ができたの……!」





 ――やっちまった。



 いや、でも聞いてほしい。私の、無い頭で必死に考えた結果の一言なのだ。

 こんな大注目を集めている中、エリクに過失がない状態で別れるためには、この言い訳しかなかった。



 エリクの厚い胸板を押し返し、顔を逸らす。

 彼の顔は見れない。でも、きっと傷つけてしまっているだろう。

 エリクはお淑やかな私のことを愛していてくれていたから。


「……好きな人? 誰?」


 抑揚のない、静かな問いかけ。

 申し訳なくて、心が揺らぎそうになる。でも、エリクの幸せのためだ。

 ぐっと喉が締め付けられるのを堪えて、声を絞り出す。


「ごめんなさい……言えないわ……」

「モニカの周りにいる男といえば家族親戚を除けば、あの幼馴染っていう騎士くらいだよね? でも彼とはそういう仲じゃなさそうだし。 魔法局の男性職員は高齢のベテランだけにしたし、出入りする業者にも男が来ないようにしてあるし」

「……ん?」

「それに()()()()モニカは社交の場にも顔を出していないよね? 男と接触する機会はないと思うんだけど」

「え、あの、エリク……?」

「で、誰なのかな? モニカの好きな人っていうのは」


(しまった……清純箱入り娘設定のためにここ5年サロンにも夜会にも一切行っていないことが仇となった……)

 

 逸らしていた目を合わせるように、顎を優しくクイッと上に向けられる。

 ニコニコとしているものの、確かな圧を感じる金色の眼。

 たじろいで後ずさりしたくても、腰を掴まれ叶わない。


「モニカ。 人間っていうのは純粋であればあるほど、嘘を吐くとき顔を背けるんだよね」

「うっ……」

「ねえ、僕の目を見て答えて? 本当に僕以外の男のこと、好きなの?」

「あ、あの……」

「モニカ」

「エリク以外、好きじゃありません……」


 多分、ものすごく情けない顔をしていたと思う。

 エリクはとっても満足げな顔をしているけれども。


 この、真っすぐな金の眼に見つめられ、嘘を吐きとおせる根性は私にはなかった。


 

「良かった! じゃあ別れる必要ないね! これで心置きなく申し込めるよ。 改めて、モニカ、僕と」

「えっとえっと私! 結婚に向いていないの! そう、向いていない!」



 若干苦しかっただろうか。

 でも仕方がないのだ。エリク側にはなんの過失もないのだから。

 


「向いていない? とは?」

「ほら私、誰かと一緒に暮らすのができないタイプっていうか。 ね!だから」

「君みたいに気遣いができて、控えめで、優しい人が結婚に向いてない?  それなら誰が向いてるの?」


 (っあー……だめだ……全部裏目に出る……)


 絶望の中、何かいい言い訳はないものかと天井を見上げる。

 魔法の魚が呑気にふわふわと泳いでいる。


(本性打ち明ける……? でも、こんなところで嘘を打ち明けたら『詐欺師め!』ルートが始まってあのでっかい剣が出てきて周りに迷惑かけちゃうかも……。 どうしよう、どうしよう……)


 あれやこれやと考えていると、ふと左手に温かい体温を感じた。


 まずい!と気が付いた時には既に時は遅い。


 ギョっとして手を引こうにも、左手はがっちりと握られて薬指にするすると銀のリングがはめられていく。

 勇者の腕力に勝てるはずもなく、エリクは涼しい顔でプロポーズ大作戦を進めていく。


(まずいまずいまずい! 逃げ出す!? いや、モニカ(お淑やかな私)はそんなことしない。 あ~待って待って!)


 私の目の前で跪くエリク。

 王子様然と、指輪がはめられた薬指に唇を落とす様は、それはもう筆舌尽くしがたい麗しさで。


(……ああ……そんなカッコいいことされたら……)


「僕と、結婚してください」

「……はい」




 

 ――違う。


 これは私の意志ではない。口が勝手に動いていた。

 魔法でも使われたのかと錯覚するほどだが、それも違う。全ては彼が暴力的なほどかっこよすぎるから。


 おしゃレストランは割れんばかりの拍手の音で溢れた。

 なんか天井の魚も金色に光り出したし……。素敵な音楽まで流れてきたし、シェフが5段のケーキまで持ってきたし、なぜかうちのメイドたちまで花束持って奥から出てきたし……。


 こんなの、断れる人間、いないよ…………。



 ◇


 


「モニカさんおめでとう! 聞いたわ、エリク様と婚約したんだって!?」


 この数日間、毎日のようにかけられる祝いの言葉。


「あ、ありがとう……うふふ」


 猫を被って淑やかに口元に添える手に光る銀の輝き。

 まずい。本当にまずい。なぜならあの予知夢で見たものと全く同じデザインなのだ。薬指の婚約指輪が。


 その間にもあれよあれよと婚約の話は進み、お父様まで王都に来て話を詰めだして、もう完全に引き返せないところまできていた。


 今日も同僚や上司たちに祝われ、式はいつなのか、新居はどうするか質問攻めにあい、なんとか正気を保ってきたものの、私の心労は限界を迎えていた。

 


「つ、疲れたあ……」


 ふらふらになりながら、旧庁舎の裏のベンチに倒れ込む。

 ここはあまり人気(ひとけ)がなく、木陰になっていて涼しい、私の秘密のお気に入りポイントだった。


 半日ずっと背筋を伸ばして愛想笑いを振りまいていたおかげで腰と表情筋が無事死んでいる。

 早く家に帰ってベッドでゴロゴロ本を読みたい。お菓子を食べながら。


 半分白目を剥きかけて、ドカッとベンチの背もたれにもたれかかった時だった。


「なーにやってんだよ」


 赤髪のガタイのいい男が覗き込んできた。


「レ、レオ……」

「お前、今すっげー顔してたぞ。 人よりカエルの方が近かった」

「私今本当に絶望の中にいるからちょっと優しくしてよ」


 レオナルドは私のガサツっぷりを知る数少ない友人だった。

 領主邸の執事の養子で、私がこんな性格なのも相まってすっかり砕けた仲のまま育った。


 レオは私の隣にドカッと座って、紙袋を差し出してきた。

 


「幸せ絶好調のはずだろ? ほら、婚約祝い持ってきてやったぞ」

「うっ……もう知ってたんだ……」

「良かったな。 5年前、領地に来たあの勇者に一目惚れして『お近づきになりたい!』って猛勉強して王都の魔法局に入ったもんな」

「その節は勉強に集中できない私を見張っててくれてありがとう……」

「領主様から『くれぐれも王都でだらしない姿を見せるな!』って言われて必死に淑女教育も頑張ったもんな」

「その節も自主練に付き合ってくれて本当にありがとう……」

「それをなんだってそんな浮かない顔してんだよ」

 

 

 ……少しだけ、言いよどむ。

 今まで誰にも言ってこなかった、自分のおかしな力。


 小さな頃、父親には言ったことがある。でも、信じてもらえなかった。


『気を引きたいがためにおかしなことを言いよって!』


 そう言われてから、誰にも言わないようにした。

 何も問題はなかった。だって、私の力は半端でどうでもいいことしか予知できないから。


 だけど、今回は――


 膝の上にある手をギュッと握り、隣のレオを見上げる。

 訳が分からないという顔をしている。それもそうだ。レオは、私がエリクと付き合うために、どれだけ心血を注いできたかを間近で見ている。


 文句を言いながら、呆れながら、それでも勉強や特訓に付き合ってくれた。何年も。レオなら――

 


「……夢を、見たの」

「夢?」

「エリクに殺される夢。 詐欺師めって、結婚式で。 だから私」

「待て待て待て! いくらお前が早とちり猪突猛進女だからって、何も夢見ただけで」

「違うの、これは予知夢なの! 小さい頃から実は見れて……あ、ほら、昔、養父(執事長)の万年筆がなくなっちゃったことがあったでしょ」

「……え?」

「あれも実は何日か前に予知夢を見てて。 結局私が見つけてきたでしょ、万年筆。 実は知ってたの、執事長が万年筆なくすの」

「な、そんな、予知夢だなんて聞いたことねえぞ」


 眉間を抑えるレオは半笑いだ。

 無理もない。火や水など一般的な魔法と、予知夢は全然種類が違う。

 これが魔法かどうかも自分ですら分からない。


「本当なの! いつもはくだらない未来しか予知できなかったんだけど、今回ばかりは……」

「モ、モニカ…」

「エリクはお淑やかな私を好きでいてくれてる。 とっても大切にしてくれてる……! なのに、嘘の私(お淑やかなモニカ)が実在しないって分かったら……」


 言いながら、涙が溢れてきた。

 隣でおろおろしだすレオのことを気にする余裕は今はない。


 嘘を吐き始めた時は思いもよらなかった。

 嘘の自分を好きになってもらうことがこれほど辛いなんて。


「だから、別れたいの、本当は……! ううん、別れた方がエリクも幸せになれる……!」

「あ、モニカ、ちょっと待て!」

「それなのにあれよあれよと婚約の話が進んじゃって、どうしよう、私、別れなきゃなのに……!」


 両手で顔を覆っていた私は気が付かなかった。

 ベンチに座る私たちに、人影がかかったことを。

 

「別れなきゃって、なんの話? どうしてこんなところで二人きりなの?」


 大好きな人の、少し怒った声。

 ハッとして顔を上げると、そこには不機嫌な顔の、エリク。

 服装からして、討伐後に魔法局に寄った帰りなのだろう。背には大きな剣、賢者の剣を背負っている。


「エ、エリク……」

「ねえ、教えて? 別れなきゃってどういうこと?  しかも二人きりで」

「ち、違うの……あの、私……」


 恐怖で視線が泳ぐ。

 そして気が付いた。旧庁舎は古いレンガ造りだった。


 まさか、予知夢は――――……


 恐怖で震える私の肩を、ガッと力強く掴んだのはレオだった。

 


「モニカ。 ちゃんと話せよ。 隠し事があるから不安なんだろ?」

「で、でも……」

「信じれよ。 こいつのことが好きなんだろ? 好きなら信じろ。 どんな自分でも好きでいてもらえるって」

「レオ……」

「ねえ、全然話が見えないんだけど」


 不機嫌そうなエリクに向き合うように、レオに背中を押される。


 静かに怒っているエリクの前に立ち、私の思考はいつもの3倍のスピードで回転していた。


(そもそもは嘘を吐いて付き合っていた私が悪かった……きっと予知夢では式の日当日に噓がばれて騙されていたことに傷ついたエリクが怒ってあの悪夢が起きてしまったんだ、なら、私は――)


 覚悟を決めて、エリクの金の眼を見つめた。


「あの、私、実は――……!!」




 

 ◇




 うちのメイドは仕事ができる。

 “これからエリクと家に帰る。 本当の自分を打ち明ける”と先ぶれを出したら、急いでエリクからもらったものを優先的に片付けておいてくれた。


 それでも間に合わなかった部屋の片づけ。伯爵家の令嬢とは思えない惨状。昨夜遅くまで魔法薬の実験をしていたのが仇となった。

 でも、これが私なのだ。


 それを知ってもらうためにエリクを連れてきたのだから、見せなくてはならない。


(流石に、引かれてるかな……)


 試験薬が飛び跳ね、本が開きっぱなしになっている散々な部屋をエリクにお披露目した。

 恐る恐るエリクの顔を見上げると、意外にも明るい表情をしていた。


「へえ、モニカが嘘ついててごめんなさいだなんて深刻そうに言うからなんだと思ったけど」

「は、はい……」

「なんだ! こんな可愛いことか」

「か、可愛いだなんて……」

「可愛いよ、部屋が汚くて慌てん坊で食べるのが大好きだってことくらい」

「へ……」


 思ったよりも軽い反応に、肩透かしを食らった。


「良かった。 『実はレオと隠れて付き合っていて』とか言われたら、あの男のこと斬っちゃうところだった」


 にこやかに言うエリクの顔は恐ろしいほど綺麗で。

 あの予知夢が脳裏に浮かんだけれども慌ててかき消した。


「モニカが本当のことを言ってくれたから僕も本当の気持ちを言うね。 本当は嫌だったんだ、モニカに男友達がいるの」

「えっ、そうだったの!? ごめんなさい、私、本当に無神経で……」

「ううん、いいんだ、さっきのやり取りで、本当に何もないんだって分かったから」

「エリク……」


 昨日から感じていた強めの束縛に、若干の恐怖心を抱いていた自分を恥じた。

 エリクを不安にさせていたのは私自身だった。

 猫を被って、本心を見せないようにして。男友達もいて。


 エリクの気持ちを考えていなかった。

 自分が好かれたいとばかり考えていて。どこまでも自分本位だった。


「私、これからは自分のことをさらけ出して、ちゃんとダメなところは直していくから……」

「ううん、いいんだよ。 お淑やかな女性を演じていたのも、僕のことを好きでいてくれたからでしょ? そんな君が愛おしいよ」


 エリクの大きな手に頬を包まれる。

 落ちてくる金のまつ毛。感じる吐息。ああ、なんて幸せなんだろう。足元がモノだらけで部屋がちょっと汚いのが残念だけど。まあ、いいか。


(エリク、大好き……)


 唇を重ねながら必死に背中に手をまわす。


 ありのままの自分でも、受け入れてくれた。不出来な自分も可愛いと言ってくれた。そんなエリクが、たまらなく愛おしくて……。


(もう、何も考えられない……)


 長いキスで、意識が朦朧とし始めた時、ガバッと体が引き剥がされた。


「……? エリク?」

「あー…えっと! 一緒に、片付けよっか」

「う、うん……!」


 

 片付け中もエリクはやっぱり優しかった。


「これ初めて行ったデートの観劇のチケットの半券だよね。 え、僕との思い出だから捨てれなくてって? かわいい」

 だとか

「え、僕の次の遠征地が湿地だからって防水魔法薬開発しようとしてくれてたの? 嬉しい、大好き」

 だとか、とにかくかわいい好きだと言ってくれる。

 

 

 ああ、良かった!


 これで嘘はついていないし、ありのままの自分でエリクと結婚!!

 『詐欺師め』ルート回避!そして二人は末永く幸せに暮らしましたとさ!!めでたしめでたしチャンチャン!




 ◇




 式当日。


 一つ一つ✓をしていく。


 □エリクに嘘や隠し事……なし、OK。

 □チュールのドレス ……サテンのドレスに変更した。

 □薄暗いぼろぼろ教会……王都で一番綺麗な白い協会にした。

 □司祭不在     ……ちゃんとアポとってる。

 □不測の事態に備えて……今日だけ騎士隊を雇って護衛OK。魔法局の魔力持ちの同僚にも参列してもらっているから万が一のときには助けてもらえる。



「完璧すぎる……」


 あまり前もって準備というのは得意科目ではないけれども、命がかかっているのだから話が別だ。


 念には念を。

 百発百中の不穏な予知夢を回避するために最強の布陣を用意した。

 

「お嬢様、なんですかその謎のメモは」


 王都のタウンハウスでヘアセットをしてくれているメイドが怪訝そうな目で聞いてくる。

 

「今日を最高の日にするための秘密メモよ」

「どうでもいいですが、インクでドレスを汚さないようにお気をつけ、って、あー! お嬢様、そこー!」

「え?」


 カタッコロコロコロ


「「あ……」」


 ベールが、引っかかった。


 インクの、瓶に。


 そして落ちた、サテンのドレスの上に。純白のドレスに、黒い染み。



「お嬢様~!!!」

「わー! どうしようどうしよう! え、洗濯!? 落ちる!?」

「間に合うわけないでしょう~!! 式開始まで残り1時間です!」

「どどどどうする!? いっそこういうデザインですって胸張った方がいい!?」

「流石に無理がありすぎます! 仕方がない、エマ、レイ、アン! 緊急事態よ、すぐに集まって!」


 そして30分後。

 うちの優秀すぎるメイドたちが手分けして調達してきてくれた、代替えのドレス。


 近所に住む子爵夫人がご自身の結婚式のときに着用したものらしい。




「チュ、チュール……」

「可愛らしいですよね! お嬢様にもぴったりかと思います!」

「なんで~!!!? 呪いなの!? なんなの!?」

「どうされたんですかお嬢様! せっかくエマが見つけてきてくれたのに! さ、時間がありません、急いで着替えますよ!」

「あ~………………」


 断りたかったけれども仕方がない。

 自分のミスでこんな事態になっているのだ。


 それに?こういうドレスのデザインなんてよくあるものだし!

 

(たまたまよ。 そう、たまたま、たまたま……)


 そう自分に言い聞かせて、着せ替え人形に徹する。


「できました! くっ、でもここから教会まで馬車で15分……間に合わないかも……」

「大丈夫です! 先ほど協会とエリク様の方には遅れるかもしれない旨連絡の者を出しましたので!」

「アン! しごでき!」

「さ、お嬢様、参りましょう! 護衛の騎士が表で待っております」


 そうしてチュールたっぷりのドレスをよいしょと持ち上げ、バタバタと馬車に乗り込む。

 御者側のカーテンが開けられ、そこにいたのはレオだった。


「あ、レオだ! なんで御者!?」

「自分の周りは護衛で固めてくれってお前が依頼したんだろうがよ!」

「そうだった!」

「あ、式は長いからな、馬車ん中でこれでも食っておけば?」

「わあ、ありがとう! クッキーだ!」

「お嬢様! くれぐれもドレスを汚さぬよう!」

「大丈夫よ~。 じゃ、マリたちは後ろの馬車でついてきてね、また教会で」

 

 ドアを閉め、クッキーをひとかじり。馬車も動き出した。


 さあ、これからが本番だ。私の一世一代の結婚式。ドレスは想定外で代わってしまったけれども、でも肝心の“嘘”はもう無いから予知夢の通りにはならないだろう。そう、私はこれから、心を、入れ替えて……正直に、エリ、クと――――……


 


 

 意識がなくなった私は気が付かなかった。


 私が乗った馬車が、王都の曲がり角を曲がったところで転移されたこと。

 そして、御者台に乗っていたレオが暗い顔で呟いたことも。


 気が付かなかったんだ。


「……あの日、お前がちゃんと予知を話してくれてたら姉ちゃんは今でも隣にいたのにな」



 私はいつも、人の痛みに気が付けない。


 


 ◇




 ――体が、重い。


 冷たくて硬い床。私はこの感覚を知っている。


「話が違う! 俺はそういうつもりでこいつを連れてきたんじゃない!」


 レオの怒った声が聞こえる。

 誰かと話している。知らない、荒っぽい感じの男の人たち。


「俺らはこの女を引き渡せば金をもらえる。 お前の事情なんざ知ったこっちゃねえ」

「もうあっちに話は付いてんだ。 お前も命が惜しいなら早く帰れ」


 わけが分からない話をしている。


 頭がぼんやりする。

 確か、王都の教会へ向かっていた馬車に乗っていたはず……。


 段々焦点が合ってきた視界には、

 寂れたレンガ造りの教会。レオと、賊のような男たち。

 口論をしている。

 その様子を、私は冷たい床に寝そべりながら、ぼんやりと見ていた。


「隣国の研究施設へ好待遇で身柄を引き取ってもらえると言ったはずだ! 異能持ちだぞ!?」

「俺らはこの女がどうなろうと知らねえ。 決めるのは上の奴らだ」

「引き渡しまであと一刻だ。 しっかり見張っておけよ」


 どうやら私のことを話しているらしかった。賊の男たちは聖堂から出ていき、レオは一人残される。

 「くそっ」と悪態をついてどかっと座った椅子は軋んだ音を立て、この教会が何年も放置されているところなのだと物語った。

 

 

「レ、オ……」


 喉がカラカラに乾いていて声がかすれる。何時間も意識を失っていたことに気が付いた。


 私の呻くような声で、レオが驚いたようにこちらに振り向く。


 

「レオ、私、なんで……ここに……式は……」

「……俺が連れてきた」

「え……」


 ゆっくりと近づいてきたレオがどんな表情をしているのかは、ここが暗くてよく見えない。

 そのままレオは、私の近くに跪いた。


「お前の異能を、隣国で研究できると聞いて……」

「い、のう……? 私の予知夢が……? でも、どうして……レオ、私のこと、騙したの?」

「……っ、お前が! お前が万年筆のことを父さんに伝えていれば、姉さんは今頃……!」

「サラさんが……? どういう……」


 

 レオのお姉さん、サラさんは15年前に行方不明になっている。今でも思い返すだけで胸が痛む。でも、それが、予知夢とどんな……。


 訳が分からなくて重たい首を何とか持ち上げレオを見上げると、そこで初めてレオの顔が見て取れた。今にも泣きだしてしまいそうな、でも必死でこらえている、そんな顔。

 

「……お前の言う“万年筆の予知夢”があった日、姉さんはそれを探して出て行ったんだよ。 くだらない未来だって?  あの日、お前が“夢を見た”って言ってくれれば、俺は姉を止めていた。 ……止められたんだよ!」

「…………っ……」


 言葉が、出なかった。



 サラさんを救えたかもしれなかったから?


 もちろんそれもある。でもそれ以上に私の頭に叩きつけられたのは“くだらない未来”とレオに言ってしまったことだった。


 (私は、いつも……)


 私自身が一番、自分の無神経でガサツな(そういう)ところが大嫌いだった。

 

 その言葉一つが、どれほどレオを傷つけたか。



「ご、ごめ……」


 

 本当は気遣いができて優しくてお淑やかな、そんな自分(モニカ)になりたかった。

 こんな自分が大嫌いだから、変わりたかった。変わりたかったのに。



「……でも、ごめん、そんなのはただの八つ当たりだ。 姉さんのことはモニカが悪いんじゃない」

「ち、ちが……」

「俺は、お前のその力がもっと研究されればと思っている。 そうすればこれから先、救われる命があるかもしれない」

「レオ……」

「でも、それは俺のエゴだ。 ごめん、俺はお前を騙してここに連れてきた」


 レオのの瞳が揺れる。

 私はレオを責めることはできない。だって、知っているから。レオがどれだけ苦労してきたか。どれだけお姉さんを大切にしていたか。そして、お姉さんを失ったレオが天涯孤独の身でどれだけ頑張ってきたかも、傍で見てきた。


 ――――私が悪い。


 いつもそうだ。自分の物差しだけでしか物事を見れない。

 どうせ誰も信じてくれないからいいやとか、大したことないだろうとか、そうやっていつも大切なものが零れ落ちていく。


 大切な人を、無自覚で傷つけていく。



 ふいにレオが、私の手をギュッと握った。

 冷たい床ですっかり体が冷え切っていたため、レオの大きな手は温かった。

 


「……逃げろ」

「え?」


 低く呟かれた言葉に、思わず顔を上げる。レオの深紅の瞳が私を真っすぐ貫く。

 

「俺が間違っていた。 お前は人の命を軽々しく扱う人間じゃないって、よく分かっていたはずなのに。 ごめん」

「で、でも、私を逃がしたらレオは……」

「馬鹿、どこまでお人好しなんだ。 自分を売った人間のことなんか気にすんな。 いいから早く!」


 レオが乱暴に私の手を引いて聖堂から出ようとしたときだった。


「おいおい。 赤髪はいまいち信用できねえから念のため見張っておいたらコレか。」

「あ……」


 賊の頭領らしき人物が祭壇の影から現れ、それを合図に手下たちもぞろぞろと聖堂に入って来た。


(こんな人数……)


 レオも自身の腰にかけている剣を抜くものの、こんな人数に敵うはず無いのは一目瞭然だった。


「男は用済みだ。 やれ」

「レオ――!!」






 


 私の予知夢は百発百中。


 レンガの壁。朽ちかけのロザリオ。司祭のいない祭壇。

 借りたチュールのドレスは、刃物で切られたかのようにズタズタに裂かれ、赤黒い血がべっとりとついている。

 焦点の合わない視界に、薬指にはめられた指輪がキラッと光った。


 賊たちは、商品である私が致命傷を負ったのを見て、焦っている。

 レオは無事か、確認したくても、体が言うことをきかない。


 予知夢と少し違ったのは、床に倒れる私の目の前に、金色の、魔法の光が現れたことだった。


 眩しいほどの、太陽のような金色。



 魔法の金の粒は、ひび割れた床に魔法陣を描き、みるみるうちに陣の上に人型をかたどっていく。



(……転移、魔法……)


 なぜだろう。予知夢で見たあなたはひどく恐ろしく見えたのに、今、あなたの顔を見てすごくホッとしている。

 死ぬ前に、大好きな人に会えてよかった。本当の自分のまま、死ねて良かった。


「モニカ……!」


 ああ、やっぱりエリクはカッコいい。白いタキシードが似合っている。

 こんな素敵な人のお嫁さんに、なりたかったな。


 抱き上げられ、大好きな人の体温を感じる。

 こんなに幸せで、いいんだろうか。


「モニカ、目を閉じないで! 必ず救うから!」


 傷口に温かい光を感じる。

 エリクの治癒魔法だ。大量の魔力を消費し、緻密なコントロールを必要とする治癒魔法は国の中でも限られた人間にしか使えない。

 顔に、エリクの汗が落ちてくる。こんな必死なエリクは初めて見た。

 それでも、出血量に治癒のスピードが追い付かず、どくどくと血が流れていくのが自分でも分かった。

 

「おい、あいつ、光魔法持ちか? 異能女の代わりに勇者を連れていけば……」

「よし、今だ、やれ!!」


 ぼんやり、賊たちがエリクの背後から大きな斧を振り下ろすのが見えた。

 危ない、と言いたくても声にならない。でも、そんな私の注意など不要だったらしく、エリクの背後には勢いよく炎が広がった。

 爆発の勢いで賊たちは壁に叩きつけられ、聖堂の椅子もロザリオも焦げ付く。

 

 エリクは賊たちに目をくれない代わりに、ギロ、とレオがいる方を睨んだ。

 抱き上げられていた身体が、優しく下ろされる。

 フラ……と自我を失ったかのように立ち上がったエリクは、背中から賢者の剣を抜いた。


 ザンっと私の顔の横に賢者の剣が突き立てられる。その瞬間、金の球体状の膜に包まれる。


(防御、魔法……)

 

 エリクはもう、いつもの彼ではなかった。その眼は怒りに燃え、仄暗い憎しみを滲ませている。


「モニカの友人だからと、お前を信じた自分が間違っていた」


 レオに向けた手には、禍々しい炎が集まる。

 

「この詐欺師め…! 今まで騙してきたツケをその命で償え!」

「ちが、う……」


 伝えたいのに声が出ない。

 レオにも事情があったのと伝えたいのに。


 レオも、全てを受け入れるかのように両手を上げた。


「俺が全部悪い。 だが、これだけは燃やすな。 モニカの努力の結晶だ」


 レオは懐から一冊のノートを取り出した。


「そ、れは……」


 


 

 こんなときに不謹慎だけど、あの世でレオをひっぱたいてやろうと思う。

 人が死のうとしているときに、人の黒歴史を恋人に公開する馬鹿がいるか?


 そう、レオがエリクに渡したのは、“お淑やか練習BOOK”。


 そこには、この5年間、レオと一緒に特訓した控えめ淑女になるための秘訣が書かれているのだ。

 

「おね、が……後生だから……騙していた、私が、悪いから……」


 なぜ私は息も絶え絶えに生前整理の後悔を悔やんでいるのだろうか。

 どうせならエリクへの愛を呟いて命を終えたかったのに。


 しかし無情にも私の声は届かず、エリクはパラパラと私の黒歴史を捲っていく。


「モニカ……こんなに、僕のために努力を……」


 感動しているところ悪いけれど、ちょっとエリクは変だと思う。なぜこんなものを見て涙ぐんでいるのか。


「モニカ、愛してる……絶対に死なせないから……!」



 複雑な私の心情とは裏腹に、謎に進んでいくラブストーリー。

 

 抱きしめられ、そのまま唇を塞がれる。

 体内に流れてくる、温かい生命力。

 通常ではありえないスピードで痛みが引いていく感覚に、エリクの命を分けてもらったことを感じた。

 

 とってもロマンチックで素敵展開なのに、釈然としないのはなぜだろう。


 




 その後は、レオが近くの村まで下りて、救援が来るまでエリクと二人で教会で待機となった。

 さっきからエリクはずっと謝ってくれている。


 予知夢を見た不安に気づいてあげられなくてごめんだとか、タウンハウスまで迎えに行けばよかったとか、参列していた魔法局の人がなかなか魔法陣を描いてくれなくて来るのが遅れただとか。


 全部全部、エリクせいじゃないのに、ものすごく謝ってくれた。

 なんなら魔法局の同僚に「(万が一危険を察知した私が逃げ出したときのために)エリクが私を探し出そうとしてもなるべく協力しないで!」と頼み込んでいたのは私だし。


 つくづく裏目に出る自分が恥ずかしい。


「……なんか、本当に私と結婚して大丈夫?」

「えっ、今さら!?」

「いや、これは本当に本当にエリクのためを思って言うんだけど、私と一緒にいたら不幸を引き寄せちゃうかもというか……」


 自分の選択がなぜか悪い方へ転がっていく自覚は以前からあった。

 だからこそもっと落ち着いた女性になりたかったのに。


 そんな私の悩みなど、大したことないと言うかのように、隣のエリクは大きく笑った。


「ははは! だから言ったじゃないか、どんなものからも君を守るって」

「え……」

「今日で証明できて良かったよ」


 先ほどまで禍々しいほどの殺意を滲ませていた人と同一人物とは到底思えないほど優しく笑うエリク。

 物凄く強かった。

 治癒魔法を使いながら、あんな火力を出せるなんて、この国にエリクに敵う人はいないんじゃないだろうか。


(そんな人が、どうして……)


 ボロボロになってしまったドレスの上で、ギュッと手を握りしめる。

 

「あ、あのさ」

「ん?」

「エリクはどうしてこんな私をここまで好いてくれるの? その…どんな私でも愛してくれて、嬉しいんだけど…そこまで?っていうか…」

「…あー…」


 私の問いに、エリクは少しだけ呆れたように笑い、頭をかいた。


「やっぱり覚えてないんだね?」

「え?」

「そういうところが好きなんだよ。 モニカは自分がしてもらったことは絶対に忘れない義理深さがあるのに、自分が人に対して何かしたことはちっとも気にしないですぐ忘れる」

「それ…忘れっぽいってこと!?」


 確かに忘れっぽいのは否めないけども、こう真正面から言われると憤慨したくなる。

 眉を寄せて抗議しようとすると、エリクはふっと柔らかく笑んで、私の腕を優しく引いた。


「!?」


 いきなりエリクの胸が視界いっぱいに広がり、抱き留められたことに遅れて気がつく。戦闘によってはだけた胸元からは少し湿った肌が露出していて少々刺激が強い。

 

「あ、あの、エリク…」


 距離をとろうと、ぐぐ、と押し返してみるものの、逆にぎゅっと抱きしめられ、私の頭は沸騰寸前だった。

 

「仕方がないな。 僕がどれだけ君を愛しているか、もう忘れないでね。 僕が君と会ったのは――――――…」



 


 ――――予知夢を見た。


 嘘をついていたから恋人に殺されるのかと思った。


 でも、私の大好きな恋人は、私が知るよりずっと前から、深く愛していてくれたらしい。


 いつの間にか、薄暗かった教会には、優しい光が差し込んできて。割れたステンドグラスを通ったその光は、オーロラのように世界を照らしていた。



 end




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