欠点
ある噂が医療関係者や重篤な病人の間に密かに広まっていた。
ある県の山奥にある隠れ里、奈良時代だったか平安時代だったかに戦に敗れて流れ着き根付いた、菊池一族の部落で万病に効く冬虫夏草が栽培されているという噂。
周囲を断崖絶壁の山々に囲まれている場所の為、部落にたどり着くのに難儀するらしい。
それでも万病に効くと噂される冬虫夏草を求めて、噂を聞いた人たちがたまさかに部落を訪れる。
今日も断崖絶壁の山々の間を繋ぐ吊り橋を渡り、1人の痩せこけた男が部落を訪れた。
男は最初に出会った部落の者に訪れた理由を話す。
「私は末期の癌に侵されています。
此の部落で栽培されていると聞く万病に効くという冬虫夏草を分けていただけませんか?
お願いします」
部落の者は困ったというような顔で返事を返した。
「うーん、あれはまだ品種改良中で、まだ人様に食させられる物では無いんですよ。
だからお分けできません」
「そこを何とかお願いします」
2人が押し問答をしてるところに他の部落の者たちが集まって来る。
集まって来た部落の者たちは痩せこけた男の願いを黙って聞く。
男の願いを聞いていた部落の者たちの1人が1つの案を出す。
「そんなに欲しいのなら少量だけお分けしても良いですよ。
ただし、それで不具合が出て訴えられるのは御免なんで、一筆書いて貰えませんか。
あと部落の中で食してください」
「書きます、書きます。
分けて頂けるのなら此処で食します」
身体に何らかの不具合が出ても一切部落の者を訴えないと一筆書いた男は、部落の集会所に案内された。
そこで男の前に冬虫夏草を煎じた湯が入った湯呑みが置かれる。
「此れが万病に効く冬虫夏草の薬湯ですか?」
「はい、でもまだ完璧な物では無いので、貴方の病に効くかどうかは分かりません。
それでも良ければお飲みください」
「構いません、いただきます」
男は薬湯を味わうように少しずつ飲んで行く。
薬湯を飲み終わって暫くすると男は「眠い」と呟き、薬湯が入っていた湯呑みが置かれているテーブルに突っ伏した。
突っ伏し眠っている男を見下ろしながら一筆書くように言った部落の者が周りのいる者たちに話す。
「まだ駄目だな、こいつにも菌が感染したんだろう。
何時ものところに置いておこう」
それから眠っている男に話しかける。
「何処で冬虫夏草と聞いたか知らないが、冬虫夏草では無いんですよ。
此れは冬虫夏草では無く冬人夏草なんです。
確かに万病に効く生薬を生み出すのを目標にしていますが、品種改良しなけれはならない欠点がありその欠点と言うのは、此の冬人夏草を煎じた薬湯を飲むだけで菌に感染してしまうって事なんですよ」