97 同じ過ちを繰り返すつもり?
なかなかにカオスな現場となったけれど、ひとまず落ち着いて話そうかというベル先生の緊張感のない一言で、私たちはテーブルの席についた。
端の席にノアール、少し間を開けてサイード。その向かい側、わざわざサイードの目の前の席にベル先生が座っている。
絶対にわざと。だって、嫌がって席を一つノアール側に移動したサイードに合わせてベル先生もまた目の前の席に移動したもん。
わぁ、ぐぬってる。サイードが目だけで殺さんばかりにベル先生を睨みつけているよ……。対してベル先生はにこにこ顔だ。
ほんと、こういう時に生き生きとするよね、ベル先生。
ちなみに、私はベル先生の膝の上だ。もう大きくなったんだからやめてほしいんだけど? 小さい頃と違って横抱きにはなってるけどさ、居た堪れないんだけど?
でも、身動ぎするとベル先生がギュッと抱き締める腕に力を込めるものだから動けない。
私は諦めたよ。サイードも諦めな……。たぶん知ってるでしょ、ベル先生がこういう人だって。
そんな中、ノアールは作戦の確認を口にし始めた。こういう時、空気の読めなさがいい仕事をするよね……。
「四天王の各個撃破は変わらぬ。できるだけ同じタイミングが望ましいのは聞いているな? そちらが四天王をそれぞれ離れた場所に誘導し、戦いの場を整えると聞いているが」
「すでに動いているよ。うちの国軍には優秀な参謀とその補佐がいるからね。君の相手は予定通りミノタウロスからでいいんだよね?」
「そのつもりだ。お前たちにはイフリートを。魔法が使えぬ私では相性が悪いからな。余計な体力を使いたくはない」
そう、最大の注意点は四天王をできるだけ同時期に倒すということ。
本当なら私がここに来る前の準備期間中に、ノアールに一人ずつ潰してもらったほうが早いのにしなかったのはこれが理由だ。
ではなぜ、そうしなければならないのか。
これもノアールの存在がネックとなっているんだよね。
まず、四天王を一人でも倒してしまえばその情報は当然すぐ魔王に行く。
そうなるとさすがに警戒した魔王が対応策を取る可能性が高い。
要は、次の四天王を倒すのが厳しくなるってこと。
魔王を倒すのもどんどん難しくなってしまう。
さらにその四天王を倒したのがノアールだとバレてしまった場合、魔王にノアールの裏切りもバレてしまうということになるのだ。
そうなった時、ノアールがどうなるのかはわからない。ただ本人曰く、魔王による支配が強まるのではないか、とのことだ。
殺戮マシンな暗黒騎士に戻ってしまうってことだね。ノアールの意識は沈められ、なかなか浮上できない恐れがあるとかなんとか。
そうなったら私たちの負担はさらに大きくなる。だってノアールも倒さなきゃいけなくなるんだもん。
しかも最終的にノアールを殺すのは私でなくてはならない。それも特別な武器を使って、だっけ?
私だけでノアールを殺すのはほぼ不可能なので、誰かと協力してノアールを戦闘不能状態にしてもらわなきゃならなくなる。
それも魔王を倒した後が望ましい。なぜなら、ノアールを私が殺すことでようやくループの呪いが解けるからだ。
魔王討伐前にループの呪いが解けてしまったら、二度とやり直しがきかなくなるからね。
万が一、魔王を討ちそびれた時にやり直しができなくなる。だから、できればノアールを殺すのは最後が望ましいのだ。
そりゃあもう二度とループなんかしないつもりで動くけどね。
ただのループでも心が折れるのに、しんどい思いをするであろう戦争を何度も経験したくなどない。
というわけで、すべてはスピード勝負なのだ。
魔王にギリギリまで気づかれないように四天王を全員倒し、戦力を削いだ状態で魔王戦に挑むこと。
その際、暗黒騎士に戻ったノアールを同時進行で足止めすること。
おわかりですか。ハードモードですよ。
「うん、予定通りだね。それにしても、本当に君はミノタウロスの他二人も四天王を倒せるのかな? いくら強いといっても、骨が折れるんじゃない?」
「造作もない。倒した直後にサイードの使い捨て魔道具で転移できるからな」
「え、君、そんなものまで作っちゃったの? やるじゃない」
「お前に褒められたって気持ち悪いだけだ、黙れ」
……作戦会議に見せかけた煽り合戦が始まった気がする。
やっぱ、ベル先生は余裕そうに見えて本気で怒ってるんだなってわかるよ。
「貴様らには魔王を倒してもらわねばならない。私を戦闘不能状態にもな。それこそできるのか?」
「当然。この期間、なにも遊んでいたわけじゃないんだよ」
ノアールに聞き返され、ベル先生は鼻で笑いながら答えた。
当然倒せると言い切れるのが、私としてはすごいなって思っちゃう。
私だって信じてはいるけど、みんなが無事でいられるかどうか気が気じゃないもん。
特にリビオだ。魔王戦の攻撃の要となる存在だから……もしものことがどうしても過ってしまう。
「さっきも言ったけれど。ルージュには、僕と行動をともにしてもらうつもりだ」
「戦地を連れまわす気か。父親とはそんなことをするものなのか? ……ルージュになにかあったらどうする。私を殺してもらわねばならないというのに」
「何があっても僕が必ず守るに決まっているだろう?」
「魔王との戦いでもか」
っと、不安がっている場合じゃない。私の話題になってる。
「いや、僕は魔王戦には途中までしか参加しない。君が暴走したらルージュとともに、君の足止めをする係だ」
……え?
え、そんな。え? だ、だって、作戦ではベル先生も魔王戦に参加する予定で。その間、私はジュンとクローディー、それからラシダさんと暗黒騎士の足止めをするって……。
だから私は安心してだんだよ? リビオは? ベル先生のいない中で魔王を討伐しようっていうの!?
思わず叫びそうになったけど、私より先に声を荒らげる人物がいた。
「貴様ほどの実力者が魔王討伐に参加しないだと!? また同じことを繰り返すのか!!」
サイードだった。ビリビリと空気が震えるほどの叫びに、思わず肩がビクッと揺れる。
今にも攻撃してきそうなサイードのことを……今だけはあまり責められない。
心情としては私も同じ気持ちだったから。
どうして。なんで。そんな思いがぐるぐる回っている。
だって、ベル先生が一番後悔していたはずじゃない。
勇者との旅で、魔王討伐に向かわなかったこと。
そのせいで勇者ビクターが敗れたこと。誰よりも傷ついたはずなのに。
「奇しくも、ね。でもこれが最善だ。この彼は必ずどこかのタイミングで魔王の支配下に戻るだろう。その際の足止めだって実力者でなければならないだろう? ルージュも仲間も強いけれど、とどめを刺す最も辛い瞬間には父親が側にいてあげないと」
「ベル、せんせ……だって、リビオは? リビオは、どうなるの」
震える声で問いかけると、ベル先生は困ったように笑う。
「本来、ルージュとともに戦う予定だったメンバーには魔王討伐へ向かってもらう。彼らなら倒せると判断した」
「でも、でも、もしリビオが……」
「そのリビオに頼まれたんだよ。オリドにも、カミーユにも同じことをね。ルージュ、ごめんよ。僕は家族からの頼みに弱いんだ」
なに、それ。なんだよぉ、それぇ……。
そうやって、昔も家族を優先したんでしょ? それで深く傷ついたくせに。
だというのにまた同じことをしようとしてさ、馬鹿だよ。本当に馬鹿。
でも一番の馬鹿は、今すぐ帰れって怒鳴りたいのにそれができずにベル先生にしがみつく私だ。
だって私は、ベル先生がいてくれるとわかって心を救われてしまったのだから。