96 現場は殺伐としている
なんで? だって、意味がわかんない。
サイードの魔道具は複雑で、何度試しても居場所が特定できないって言ってたじゃん。あれは絶対に嘘なんかじゃなかった。
だって、私も一緒に見てたんだから。ドゥニも一緒だったし、あの人は良くも悪くも嘘を吐けない人だから。
「いやー、ルージュにバレないようにするの、苦労したなぁ」
「な、なん、え? 前からわかってたの!?」
「ま、ギリギリだったけどね」
曰く、居場所の特定はできなかったけど、何かのキッカケで私がノアールたちの下に転移するだろうということまでは随分前に突き止めていたらしい。
問題はキッカケがなんなのかということと、その転移を食い止めることはできないのか、ということ。
結局その二つを解明することはできなかったけれど、転移の瞬間になれば突き止められると判断したベル先生は自ら同じ座標に転移してきた、というわけ、らしい。
いや理屈はわかるけど……!
「あ、あの一瞬で計算したっていうの!?」
「言っただろう? 僕は天才なんだよ」
「それは! そうかもしれないけど!!」
「それに、ここ最近のルージュは様子がおかしかったからね。夜に改まって話があると言われたらそりゃあ、ね? 察するよね」
「うっ」
それはつまり私は誤魔化すのが下手ということだ。
だ、だって! しばらくのお別れだと思ったら落ち込むじゃん! ちょ、ニヤニヤしないでこんな時に!!
「その辺りを伝えられなかった件については、素直に謝るよ。少しでもサイードや暗黒騎士に悟られたくなかったから、どうしても秘密にしたかったんだ。ルージュが気づいてしまったら伝わる可能性を排除しきれなかったからさ。ごめんね?」
それからベル先生は、事前に察知していた内容をママやオリド、リビオにあらかじめ伝えていたのだそうだ。
そして今頃は、他の仲間たちにみんなが伝えてくれているだろうとのこと。
みんな、知ってたんだ。
知ってて、知らないフリして、私を送り出す時に泣いてくれたってこと?
「どうしても一人で行かせたくなかったんだよ。あんな思いは二度としたくなくてね」
「ベルせんせ……」
「そこはパパって呼んでほしいなぁ。ハグするかい?」
「うっ、ばかぁ……! する」
「パパじゃなくてバカかぁ。おいで、ルージュ」
ベル先生が両手を広げたので、私は躊躇することなく飛び込んだ。
ギュッと力強く抱きしめてくれたことで、胸の奥もギュッとなる。
嬉しいのか悲しいのかよくわからない感情で涙が溢れて止まらなかった。
だって、宿敵の下にベル先生が行くって知ったら、ママはどんな気持ちだろう? リビオやオリドは?
そうさせてしまった自分が悔しくて、悲しくて。でも来てくれたことが嬉しくて。
ベル先生の腕の中で泣きながら、私は絶対に聞こえないだろう小さな声でパパって呼んでやった。
「さてサイード、そして暗黒騎士。僕を殺すのかな?」
とはいえ、ここはノアールの隠れ家。因縁の相手であるサイードもいる。
いつまでも感動の涙を流している場合ではない。
私はグイッと腕で涙を拭うと、無言でベル先生の後ろに隠れた。
……というか、ベル先生によってそうさせられたというか。
名を呼ばれたサイードは、カッと頭に血が上ったのか、みるみるうちに顔を歪めていく。
放たれた殺気は凄まじく、さすがに私もビクッと肩を揺らしてしまうほどだった。
「殺してやるっ!!」
「待て」
大声で叫んだサイードは飛び掛からん勢いだったけど、それを一言で止めたのはノアールの静かな声だった。
ずっと座ったまま様子を見ていたノアールはここへきてようやく立ち上がると、ゆっくり私たちのほうへと歩み寄ってくる。ベル先生の警戒が強まった気配を感じた。
「フクロウ……いや、サイードという名だったか。感情に任せて行動されては困る。貴重な戦力なのだからな」
「くっ、も、申し訳ありません、ノアール様」
ノアールに言われて素直に下がったはいいものの、サイードの目は射殺さんばかりにベル先生を睨んでいる。
そんな顔もできたんだね。ただの研究馬鹿だと思っていたけど。
ただ戦闘は専門外のサイードは、ベル先生はおろか私にも勝てないと思うよ。
大切な家族に殺気を向けられたのが気に食わなくて、私もついピリピリしてしまう。
でも弁えているから殺気は込めずに睨むだけにとどめておいた。ふん、私のほうが精神的に大人なんだから!
サイードを下がらせたノアールは、必要以上に近寄ってはこなかった。
途中で足を止め、ベル先生に向かって話しかける。
イレギュラーな存在までここに来ちゃったもんね。反応が気になるところだ。
「ベルナール・エルファレス。お前の噂は聞いている」
「そう? 一体どんな噂なのか気になるところだけれど。僕さ、これでも今ものすごく怒ってるんだよね。僕のほうが君を今すぐにでも殺したいくらいに」
ビリッとした空気が漂う。殺気でも魔力の圧でもない。
これはなんというか、威圧? 殺気に近いけど、それよりも単純な怒りのオーラとでもいうのかな……とにかく、ベル先生が本気だということは伝わった。
「でもそうしない。わかるよね?」
「ああ」
思わず息を呑む私やサイードとは違い、ノアールは平然とした様子で小さく頷く。
妙に冷静なその態度がなんだかムカついた。ノアールのくせに。
「作戦に変更はない、ということでいいんだな」
「もちろん。どこにいたってやることは変わらない。僕がここへ一緒に来た理由はただ一つ。娘の所在地がわからないというのが許せなかっただけさ」
ベル先生のことを知らない人からすると、それは絶対に嘘だと思うはずだ。そんなわけがない、必ず他に理由があるはずだと。
いや、もしかすると本当に別の理由はあるのかもしれないけど、おそらくそっちがついでなのだ。
ベル先生はこういうところで馬鹿みたいに正直なところがあるから。
本当に、親馬鹿。
「僕の知らないところで、ルージュが危険な目に遭うのは耐えられない。もう二度と、僕はこの子からは離れないよ。だからそのつもりで」
ベル先生は、ノアール相手にいつものとびきり胡散臭い笑顔を浮かべた。