95 笑顔でお別れできたはず
楽しい時間はあっという間に過ぎるものだ。
お祭りで買い物して、町の人たちと一緒になって踊って、歌って。
帰りに屋敷の人たちにお土産のお菓子を買って帰ると、ママとベル先生がお祝いの準備をして待っていてくれた。
今日はガーデンパーティー形式ってことで、庭で夕食を食べた。
暗くなった頃、ベル先生が魔法で花火を打ち上げたものだから、町のほうからも歓声が聞こえてきたよね。
テンションが高くなっていた私も一緒になって花火を打ち上げた。張り合ったともいう。
お腹いっぱい食べて、食後のお茶も飲んで。
あとは片付けて寝るだけっていう頃。私は緊張で指先が冷たくなっている。
言わなきゃ。
そうじゃないと、明日にでも私はノアールのところに飛ばされているかもしれない。
「あの!」
私が声を上げると、ベル先生もママも、オリドもリビオも一斉にこちらに顔を向けた。
どくんどくんという自分の心音が耳の奥で響いて、心臓が口から出そうだ。
「は、話したいことが、あって」
「……今日、合流した時に言ってたよな」
「そうだったね。家族みんなに話したいって」
「まぁ、そうなのね。なにかしら、ルージュ」
リビオ、オリド、ママが順に優しい声をかけてくれる。
吐きそう。言わなきゃ。言いたくない。別れたくない。
──ずっと、ここにいたい。
「ルージュ。なぁ、泣きそうじゃん。大丈夫。ちゃんと聞くからさ」
リビオの声を聞いて、私は滲みだした涙が溢れないようにぎゅっと一度目を閉じてから告げた。
「お別れを、言わなきゃいけなくて」
誰かが息を呑む音を聞きつつも、それが誰かを確認する勇気がない。
目線を斜め下に向けている私には、みんなの靴しか見えていなかった。
だって、顔を見てたら泣きそうだもん。
ちゃんと話し終えるまで、申し訳ないけどそのまま話させてもらった。
魔王を倒したらノアールを私の手で殺さなきゃいけないこと、それがループを終わらせる手段なのだということ。
そのため、これからはノアールたちと行動を共にしなきゃならないこと。
みんなとは、しばらくのお別れだってこと。
絶対にまた会えるって信じたい。でも、どうしても心の奥にうまくいかなかったらどうしようって気持ちもあるんだ。
弱気になんてなりたくない。でも悪い想像は脳裏を過っていく。
もしかしたら、またループをやり直すことになるかもしれない。
そうしたら、ここまでの努力も消えてなくなって、一から築いていかなきゃならないんだ。
心は折れそうだけど、やり直せるならまだいい。ただ……。
この戦いで誰かが死んだり傷ついたりしたら、たとえ魔王を倒せたとしても私はそこでループを終わらせることができるのだろうか?
本当はずっと、迷っているんだ。
「と、いうわけで。これを話したら転移することになってるんだ」
「そんな……」
全てを話し終えて、どうにか笑顔を張り付けてそう言うと、リビオがようやくそんな声を漏らした。
うっ、泣くな。泣いちゃダメ!
そうこうしている間にスゥ、と足下から消えていく。魔道具が正常に働き始めたみたいだ。
みんなもそれに気づいたみたいで慌てて駆け寄ってきてくれた。
「どうにもならないの?」
「ママ……うん。最初からそういう約束だったから」
「どうしていつもルージュだけ……!」
「オリド。怒ってくれてありがとう」
憤りを隠しきれないといった様子でママとオリドは悔しそうに俯いた。
せっかくの記念日にそんな顔をさせて本当にごめんね。
私は一度ギュッと目をつぶってから、今度はとびきりの笑顔を見せてやった。
「私、絶対にやり遂げるよ! だから、みんなもやり遂げてよ。絶対に魔王を倒して、今度は私の成人のお祝いしてよ!! 何年かかってもいいからさぁ……」
「ルー、ジュ」
「約束、して!!」
リビオが名前を呼ぶのを遮って、涙声になりながら叫んだ。
「行くな……行くなよ。約束は一緒に叶えようよ、ルージュ!!」
手を伸ばしてくるリビオの指先を掴む。それをリビオが両手で掴み、離さないとばかりに握りしめた。
そのままギュッと抱き締めてくれて。
ああ、あったかい。ここにいたいなぁ。
そう思いながら、ゆっくりと私の身体だけがエルファレス家から消えていく。
リビオの腕の感触も、温もりも、屋敷に残したまま。
消える前に最後に見えたのは、ベル先生の真っ直ぐな明るい水色の瞳だった。
◇
光が収まって転移独特の揺れが収まった頃、ゆっくり目を開けて周囲を見渡すと、薄暗い家の中にいることがわかった。
うーわ、懐かしい。
っていうかここまで変わりがないっていうのもね。もう少し部屋を明るく保ってほしいものだよ。
掃除はされてるみたいだけど、この陰気な雰囲気はどうにかならないものかな?
「帰ってきたよ」
暖炉の前に座る黒い影と、近くで立つフクロウ仮面、もといサイードに向かって不機嫌な声をかける。
ほら、ちょっとは出迎えてよ。会いたくなかったのはお互い様なんだから、最低限の挨拶くらいしたっていいじゃん。
……ん? なんか様子がおかしい?
「な、な、なんで」
「なに? どうしたの、フクロウ仮面」
目を丸くして、口を開けたままこちらを指差して震えるサイード。
うん、さすがにおかしい。そんな化け物でも見たかのような顔で……。
「なぜ貴様がここにいる!? ベルナール・エルファレス!!」
「えっ!?」
バッと勢いよく振り返る。
そんな、まさか。え、なんで?
「なぜって……この僕が、かわいい娘を一人で旅立たせるわけがないじゃないか」
そこにはいるはずのない、さっき消える直前に目が合ったはずのベル先生が当たり前のように立っていた。
「自分の魔道具が完璧だと思ったかい、サイード。ごめんね。僕はさ、天才なんだ」
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