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89 解決したと思えばこれだ


 しまった。王様の気さくさと勢いでつい失礼な言い方になっちゃったかも。

 王様だけでなく、レティ様やママも少しだけ目を丸くして私を見ている。


 だ、だって。いや、でもここだけは譲れない。強気の姿勢で断固拒否しなきゃ。


「断られるとは思っていたが、即答とは。ふむ、残念だな。ルージュが適任だと思ったのだが」

「いやいやいやいや、ぜんっぜん適任じゃないですよ。私のループの事情を知らない人からしたら、こんな弱そうな小娘がなんで勇者? と思われるに決まってます」

「ふーむ、一理ある。こんなにもかわいらしいお嬢さんを勇者にするなど、と私が非難されるかもしれないな」


 違う、そうじゃない。いや、勇者の称号を拒否できるならもうそれでもいい。

 よし、ダメ押しでもう一声。


「士気を上げるために必要な存在なら、誰もが納得する人じゃないとダメ、だと思います……」


 どう考えても私じゃない。テンションも低いし、チビだし、魔法だけは得意だけど、人の前に立って何かするようなタイプじゃない。

 勇者ビクターもそんなタイプじゃなかったらしいとはいえ、それを補って余りある実力があったから誰もが納得したわけで。


 私にはそこまでの実力があるわけでもなければ実績もないし。私よりすごい魔法使いはたくさんいるし。


 人々の希望になるっていうなら、そう。たとえば、リビオみたいな……。


 そこまで考えた時、なんだか急に心臓がぎゅっとなった。


 リビオは明るくて、強くて、人目を引く、リーダーシップのあるまさしく勇者に相応しい人材だと思う。

 でも、なんでだろう。リビオが勇者になっちゃったら……。


 いなくなってしまうんじゃないか、って。


 少しだけ、そう思ってしまったのだ。

 前の勇者、ビクターみたいに。


 そんなの嫌だ。大切な家族を失いたくないもん。……考えすぎかもしれないけど。


「僭越ながら申し上げます、陛下」

「エルフェレス夫人、聞こう」


 私が急に大人しくなったことに気づいたのか、ママが一歩前に出て声を上げた。


「無理に勇者を立てる必要はないかと。私はほんの少しだけ勇者ビクターのことを存じておりますが……当時、私は彼が勇者の名に押しつぶされるのではないかと心配でした」


 えっ、そうなの? 思わずママを見上げると、ちょうど目が合った。

 ママはふわりと儚げに微笑んでから再び王様を見て話を続ける。


「彼は自分のことを滅多に話しませんでしたので、その心中はわかりません。心の強い方だったのはたしかですが、勇者としてあるべき行動を自ら心掛けていたように思います。真面目な人でしたから」


 ママから語られる勇者の話は新鮮で、当時のことを知る人なんだなぁ、って今さらながらに思う。


 勇者パーティーとは、ママもちょっとだけ関わりがあるもんね。ママの目から見た勇者はそんな人物だったんだ。


 自分の出産のせいでベル先生が最後の旅に行けなかったって気にしている部分もあるから、余計に思うところがあるのかも。


「人々に勇気を与える存在なのは間違いありませんが、勇者に選ばれた者の重責を忘れてはならないかと」


 重責。そうだ、重責だ。

 勇者という称号はとても重いんだ。絶対に魔王を倒さなきゃいけないって、世界の命運がかかってるって、どれほどのプレッシャーだろう。


「……その通りね、カミーユ。ごめんなさい。私ったら、ほんの少しルージュが勇者になってくれたらいいなって思ってしまっていたわ」

「いいのよ、レティ。そう思う気持ちもわかるもの」


 レティ様がママに近づいて手を取っている。素直に謝れるなんて、やっぱりいい人だな、レティ様は。


 私だって、気持ちはわかるよ。人が神に縋りたくなるのと同じ心理かもしれない。

 でも勇者は神ではなく人だから……抱えきれなくなることだってあるだろう。


 勇者ビクターは何を思っていたのかな。


 辛かっただろうか、それとも誇りに思っていただろうか。

 魔王を倒せなくて無念だっただろうか。それとも、重責から解放されて少しは楽になれただろうか。


 亡くなった人の心中なんて永遠にわからないけど、彼の魂が救われていますようにと願わずにはいられないね。


「すまなかったな、ルージュ。軽い気持ちで提案すべきではなかった」

「い、いえ。光栄ではあるので……ただ務まらないとは思っています。その分、他の部分で力になりたい、と」

「ははは、そうか。たしかルージュはかなり腕の立つ魔法使いだそうだな。期待しているぞ」

「は、はい!」


 ふぅ、よかった。王様も怒ったりはしていないみたい。

 国民をまとめるためにも残念には思っているかもしれないけど、無理強いする気はなさそうだ。


「それはそれとして、これまでの苦労に報いる褒美をやらねばな」

「えっ」

「そうね! ずっと一人で堪えてきたのだもの。とびきりのご褒美を用意しなきゃ!」

「えっ、えっ」


 あれぇ? 話は終わったんじゃなかったの?

 おろおろする私を余所に、王様とレティ様が二人で「領地を与えよう」だの「爵位を授けよう」だの聞き捨てならない相談できゃっきゃと盛り上がり始めた。


 待って、私はまだ子どもなんですけど? えっ、何度もループしているからもう大人みたいなものだって? い、いや、それはそう、だけど……!


「それでも私、まだ子どもですからぁ! 一度も大人になったことないしっ」


 再び勢いで叫ぶように言うと、急にピタッと声が止まる。あ、あれ?

 見ればみんなが口を押えてハッとした顔になっていて……え、泣きそうな顔になってません? なんで?


「ああ、我々はまた暴走してしまったようだ、レティ」

「ええ、本当に。ルージュの心の傷を抉るような真似をしてしまいましたわ……!」

「あ、そういう……? あの、私は別に気にしていないので、その。領地や爵位なんて大層なものはいただけないというだけの話で……」


 ああっ、レティ様がさめざめと泣き始めちゃった! こ、これ、私が泣かせたことになっちゃう!? 


 ど、どうしよう。助けてママーっ!!


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