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88 嫌な予感って当たるよね


 やってきました、謁見の間へ。

 緊張してガチガチな私の手をそっと握ってくれるママの存在がとても心強いよ。そして。


「さ、肩の力を抜いて。怖くないですよ~」

「レティ様はあちら側にお座りになる方では?」


 反対の手を握ってくれているのが王妃様ってどういうこと? ほら、王様も困惑してるじゃん。

 いやあれはやれやれ顔だ。まったく愛しの妻は仕方ないな、の顔だ。本当に溺愛してるんだな……。


「レティの言う通りだ。どうか楽にしてくれ。ルージュと呼んでも?」

「は、はいっ」


 こちらが挨拶をする前に王様から話しかけられてピンと背が伸びた。

 こんな風に気を遣ってもらっていても、緊張するものはするのだ。たぶん謁見の間の厳かな雰囲気のせいもある。


「どれ、ならば私もそちらに行こうか」

「えっ。えっ!?」


 相変わらず緊張しているのが伝わったのか、王様は何を思ったのか玉座から立ち上がってこちらに向かってきたかと思うと、私の目の前にやってきただけでなく床にあぐらをかいて座った。


 えええええええ!?


「まぁ、陛下。お行儀が悪いわ」

「謁見の間の床は高価な絨毯が敷いてあるのだ。城の者たちがいつも丁寧に掃除もしてくれている。何も問題はなかろう」

「あらあら。困った人ね。それなら、妻である私もそれに倣わなければね」


 レティ様まで!? どうなってるのこの国の王族!


 何度もループ人生を繰り返してきたけど、初めて知る新事実だなぁ……。貴族はおろか、王族なんて関わることもなかったから衝撃的すぎる。


「諦めましょ、ルージュ。私たちも座るわよ」

「う、うん。ママも座ることになってなんか、ごめんなさい?」

「ふふっ、私って実はお転婆なのよ? このくらいどうってことないわ」


 せっかく素敵なドレスに身を包んでいるというのに申し訳ないな。けど、王様も言っていたように床までキレイだから汚れることはないと思う。シワにはなりそう。


 なんか、着飾った人たちが謁見の間で床に座り込むなんて、すごい光景だな。違和感がすごい。でもたぶん考えたら負け。

 待機してる騎士さんも顔が引き攣ってるね。仲間だね……。


「なんだか、力が抜けちゃった」

「おぉ、それはよかった。やはりこうして近くで話したほうが楽しいな」


 王様も最初の威厳はそのままに、とても気さくな笑顔を向けてくれた。もう、みんな子どもに甘すぎ。


 とはいえ、ここでわいわい世間話をしにきたわけではない。

 緊張は解れたけど、これから話すのは魔王討伐の件についてだ。たぶん。


「さて、ルージュよ。話は聞かせてもらった。ずいぶんと大変な目に遭ってきたようだな」

「……はい」

「……ああ、すまんな。なんと声をかけてよいのかわからないのだ。ずっと考えていたのだが、何を言っても軽々しく思えてな。情けないことだ」


 ああ、今の発言だけでこの人がとても優しい人だってことがわかる。

 この国の王様は、とても良い人だ。


 私は本当に何も知らなかったんだな。こんなにも周りに優しい人がいたのに。


「いいんです。そのお気持ちだけで」


 だからこれも本音だ。王様もレティ様も、それからママも、どこか泣きそうな表情を見せたけど、それ以上は何も言わないでくれた。


 気を取り直して、魔王討伐の話へと移り変わる。

 というか、私への褒賞を考えたいのだとか。


 い、いらないとは言えない雰囲気。


「ところでルージュよ。魔王を討伐するには象徴となるものが必要となってくるのだが、なにかわかるかな? それがあるのとないのでは、全体の士気が変わってくるのだ」


 恐ろしく強大な相手に挑むのは怖い。みんながみんな、勇気を出して挑めるわけじゃないよね。

 だけど挑まなきゃいけない。そんな時に必要なのは上に立つ人で……。あ。


「象徴……もしかして」

「そう、勇者だ。ルージュは知らないかもしれないが。過去にいたのだよ。勇敢に戦い、あと一歩というところで敗れてしまったが……仲間を守るために自らを犠牲にした、心優しき男が」

「……知ってます。その時代は生まれてませんが、ベル先生の部屋の写真で見ました。それに本でも」

「そうか、そうか。それなら、彼がなぜ今も人々から悪く言われないか、わかるかな?」


 言われてみれば。

 勇者は魔王に負けたのだ。だから、どうしてって思ってしまうのが人の心理というもの。


 期待を寄せられていただけに、負けたと知らされた人たちはみんなガッカリしたはず。これからもずっと、魔王の脅威にさらされて生きるのだと宣告されたようなものだもん。

 勇者を責めるのはお門違いではあるけど、責めてしまうのも仕方がない。


 中にはそういう人もいると思う。でも、勇者ビクターの悪評のようなものはほとんど目にも耳にもしたことがない。

 負けてしまったと肩を落とすことはあっても、ビクターを責める声はほとんどなかった、ということだ。


「人望、かな……」


 私が呟くと、王様はふわりと笑んで頷いた。


「ビクターはな、勇者と呼ばれて担ぎ上げられるのを嫌がっていた。無口で大人しく、目立つのを嫌うような男でな」


 それはベル先生からも聞いたことがある気がする。あんまり勇者っぽい性格ではなかったって。


「だが、正義感はあった。最期の瞬間に仲間を守ろうと動いたのも、実に勇者らしい。自己犠牲の精神など褒められたものではないがな」


 それも、ベル先生が言っていた気がする。

 自己犠牲の精神、か。バンさんやラシダさん、もしかするとサイードもその点については許せないのかもしれない。


 助けてもらったのはありがたいけど、それが誰かの犠牲の上にあると思うとやりきれないよね。ともに戦った仲間であればなおさらだ。


 けど、咄嗟に身体が動いてしまった勇者ビクターの気持ちもわかる気がする。

 バンさんやラシダさんが必要以上に怒らないのは、同じように理解できてしまうからかもしれないな。


「勇者とはただの称号。人によって勇者というもののイメージが異なるのは当然のことだ」


 まぁね。最初から勇者だったわけじゃなく、その人の功績が称えられてそう呼ばれる、いわば称号みたいなものだ。

 ビクターのように寡黙な勇者がいたってなにもおかしくない。勇者がみんな、リーダーシップのある陽の者であるとは限らないのだ。


 ……ねぇ、待って。どうしてそんな目でこっちを見てるの王様? レティ様も、目がキラキラしてない?


 嫌な予感がする。私は次に王様から言われる言葉の予想がついてしまった。


「ルージュよ、勇者になってみないか?」

「無理ですが!?!?」


 無理ですが!!!!


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