77 ちょっと、何する気?
はー、たくさん喋った。頭を使った。十歳児の脳が疲れたと叫んでいる。
気付けば時間もかなり経過していたので、一度休憩を挟ませてもらうことに。続きはまた明日だ。
元々研究馬鹿で何日も座ったまま部屋に籠れるっぽいフクロウ仮面と、もはや常人ではない疲れ知らずのノアールと同じペースでなんてついていけないからね。体力のない私は丸一日でも厳しい。
……ノアールって結局何者なんだろう。人間、ではないのかな? 魔王に生み出された傀儡だって言っていたし。
どうしよう、仮面を取ったら骸骨が現れたりしたら。分類するなら魔物になるのだろうか。
なんでも答えるみたいな雰囲気だったけど、怖くて聞けていないんだよね。
まぁいい。ノアールが何者かなんてことは問題じゃない。
私をループの呪いに巻き込んだやつであり、自我がなければ殺戮マシンであり、打倒魔王という共通の目的があるだけの協力者だということさえわかっていれば。
絆されない。絶対に。
ノアールは敵であり、私はいつかあいつを殺すんだから。
さて、庭になら出てもいいと許可を得たのでそこで軽く気分転換でもしてくることにしよう。
意外と自由にさせてくれるんだよね。本気で私を害する気がないのだと改めてわかった。
でもたぶん、逃げ出すことはできないんだろうな。感覚でわかる。
フクロウ仮面がなにもしかけてないわけない。きっと屋敷のあらゆる場所に魔法陣が仕掛けられてるんだよ。しかも隠蔽された状態で。
あの時、洞窟内には凄腕の冒険者たちがいた。私だって警戒していたし、ジュンもクローディーも、そしてラシダさんも問題ないと判断したから私との別行動を許してくれたはず。
だというのに誰もこいつらの気配に気づかなかったのだ。フクロウ仮面の実力がどれほどやばいかってことだよね。
だから敷地内に、私にバレないような罠を仕掛けるくらいわけないだろう。
ま、もう少し話がまとまったら帰りたいと思っているけど、それまでは私だって逃げるつもりはない。
「ちゃんと協力さえすれば、意外と早く解放してもらえるかもだしね」
んーっと両腕を上げて伸びをしているうちにはたと気づく。
こういう、それなりに平和な話し合いがしたいんだったら、もっとましな呼びつけ方はなかったの?
「いや、ないか」
すんっ、と真顔になってしまった。
私たちの前に突然暗黒騎士が現れたら、有無を言わさず戦闘態勢に入るもんね。
かといってフクロウ仮面にそういう役割は無理だろうな。空気読めなさそうだし。
「……リビオ、心配してるよね。ベル先生も、ママも、オリドだって」
家族のことを思うと胸が締めつけられる。目の奥が熱くなって、鼻がつんとしてしまう。
涙が溢れてしまわないように上を向くと、綺麗な青空が広がっていた。
「平和だなぁ……平和に見える」
でも、魔王のせいで世界の危機が迫ってるんだよね。現実逃避したくなるなぁ。
いや、途方に暮れていたって落ち込んでいたって仕方ない。
帰ったら家族にはいっぱい謝って、叱られて、その後たくさんぎゅーっとしてもらうんだ。
もはや私は家族の愛なしで生きていけないや。
よし。みんなのことを考えていたら元気が出た。さっさと話しをまとめて、家に帰らなきゃ!
軽く両頬をぱちんと叩いた私は、明日になったら朝一でノアールの下へ向かうことを決意した。
◇
翌朝。
まずは確認だ。作戦会議が終わったら私を帰してくれるのかってことをね!
しかしあっさりと否定されてしまう。
「ルージュは私とともに行動せねばならないだろう」
「どうしてよ!」
「最後の瞬間、共にあらねば私を殺すこともできないではないか」
そ、それは、そうだけど。
でもそれってつまり、これから魔王を倒すまでずっと一緒に行動しなきゃいけないってこと?
……めちゃくちゃ嫌だ。
「で、でも、人間たちの協力も必要になってくるんだよね? そのためにはベル先生に説明しなきゃいけないよ。説得だって必要になる」
「娘を帰してほしければ協力せよと伝えれば済むことだ」
「済まないよ!?」
典型的な悪役みたいなこと言い出した。
いや悪者だけど。でもあまりにも脳筋すぎる。
じとっとした目で睨むと不思議そうに首を傾げるノアール。
仮面で表情はわからないけど、これは本気で理解してないやつだということだけはわかった。
「なんでわざわざ対立するの? たしかに私もノアールをぶちのめしたいけど」
「……ルージュでさえそうなら、ベルナール・エルファレスは余計に私を殺したいはずだ。今さら和解など必要ないだろう」
「和解させようとしてるんじゃなくて……一時休戦はできるじゃん! 私だって納得したんだもん、ベル先生だってこの協力関係のメリットをわかってくれるはず」
私も別に和解したわけじゃない。味方になるなんて一言も言ってないし思ってないからね。
ふんっ、と腕を組んで鼻を鳴らすとノアールも少しは理解してくれたのかふむと小さく頷いた。
「それに、私を人質にして脅したら途中でノアールたちが攻撃される可能性が高いよ」
「そんなものは全て振り払えばいい」
「~~~っ、できるのかもしれないけどぉっ! 無駄な労力でしょ、お互いに!」
しかも相手はベル先生だ。魔塔の実力者たちもたくさん出てくるだろう。
もしかすると国も軍を動かすかもしれないし、そうでなくてもリビオが腕利きの冒険者を集めてくる可能性だってある。
それでもノアールを倒せるかはわからないけど、互いにかなりの被害が出ることは間違いない。時間も労力も全て無駄! 避けられる争いなら避けたほうがいいに決まってる。
そもそも、ノアールには魔王が死ぬまでくたばられては困るのだ。その辺りの説明をみんなにはしておかないと!
ベル先生たちだって事情を知っているかどうかで動き方も変わるだろうからね。
「ちゃんと説得をすれば、もっとスムーズに魔王討伐に向けて動くことができる。それも私が言うのが一番信じてもらえるよ。そうして情報を共有するのが一番効率的でしょ」
「一理ある。だが、いずれはこちらに戻ってともに行動してもらわねば困る」
「……ちゃんと戻るよ。それとも、口約束じゃ信用ならない?」
挑むようにそう告げると、ノアールは少しだけ考える素振りを見せた後、ぎしりと真っ黒な鎧を鳴らしながら腕を組んだ。
「ルージュの言うことを信用したとしても、再び私の下に戻ってきた時に向こうがなにも仕掛けてこない保証はない。お前とともに保護者もついてくるかもしれないだろう」
「そんなこと……は、ある、かもしれないけどぉ……」
否定したかった。説得できると言い張りたかった。
しかし相手はベル先生筆頭エルファレス家だ。プロの過保護だ。
特にリビオは今度こそ絶対に離れないって意地になりそう。別れが別れだっただけに、私も強くは出られない。
ベル先生だって、表向きには理解した風を装い、私を一人旅立たせておいてひっそり同行者をつけるくらいはやりそうだ。ノアールの懸念はわからないでもなかった。
ぐぬぬと一人唸っていると、これまでずっと黙り込み、もはや家具の一部と化しつつあったフクロウ仮面にノアールが声をかけた。
「フクロウ、ルージュに呪いをかけられるか」
「ちょ、呪いをかける気!?」
「……どんな呪いを?」
「勝手に話を進めないでっ!」
私の抗議が聞こえているはずなのに、完全に無視して相談を始める二人。
こ、こ、こいつら~~~っ!!