76 こんな運命的な出会いなんて求めてない
ノアールを殺す? 私が? どうして? いやそれ以前に、できるの?
私もノアールも、死んだら戻ってしまうのに。
「解呪のために殺したとして、その時はループしないの……?」
「……成功するかはわからないが、確率を上げるための考えは二つある。一つは特別な武器を使用すること」
特別な武器? なんか呪いに効果のある素材を使っているとか魔法が付与されているとかそういうのかな。もう一つはなんだろう。
「……時間の対価が魔王の消滅で、もう一つの命の対価は死ねない者の死。というより、呪いをかけられた私か、ルージュの死が必要ということだ」
「え、じゃあ……」
「死ぬのは私でいい。そして成功率を上げるには、呪いにかけられた本人が解呪するのが効果的だと思われる。つまりルージュが私を殺すということだ。失敗しても再びループを繰り返すだけ。成功なら……私という魔王の傀儡が消えるだけだ」
「考えについてはわかったけど、そうじゃなくて。ノアールは生きたいとか、思わないの?」
「……うんざりするほど生きた」
話しぶりからして、そんな気はしていた。でも、それって私もなんだけど。
とはいえ、ノアールがここまでに至る時間は私が繰り返してきた時間よりもずっと果てしないものなんだよね。私のループが始まるよりもずっと前から、こいつはループし続けている。
そう考えると、ほんの少しだけノアールに同情しなくもない。
私だって気が狂いそうだったのに、それよりももっともっと長い期間ってことでしょ。
それも殺戮マシンの時の記憶も全て覚えているというし……。
自我のあるノアールがそこそこ一般的な感覚を持っているのだとしたら、これ以上ないほどの拷問だ。つくづく酷すぎる呪いだよね。
さて。自我のあるノアールがループを解呪するために魔王を倒したいという気持ちは理解できたよ。
私だって、魔王の回復に利用されたと知った今、めっためたのぎったぎたにしてやらないと気が済まない気持ちでいっぱいだしね。できるかどうかは置いておいて。
「魔王討伐も厳しい戦いになるだろうが、幸い失敗しても私たちには呪いがある。負けると判断した場合はすぐにでも命を絶ち、死に戻ればいい。その度に魔王の力は回復し、苦しい戦いになっていくが……この世界に住む者にとって、すべてが終わるよりマシだろう?」
「ループの呪いを逆に利用してやれってことね。でも、できれば使いたくない手ってことか」
そうはいってもあまり失敗ばかりもしていられない。ぐずぐずしていたら魔王が完全復活してしまうから、そうなる前に倒してしまいたいよね。
これは……ベル先生に相談したい。できれば今すぐに。それはできないので頭を切り替えよう。
もう一つ。このどうしようもない理不尽に対して、聞かずにはいられない。
たとえ答えを持っていなかったとしてもね。
「ねぇ、どうして私なの。どうして私が巻き込まれたの。私なんて、大して力を持たないヴィヴァンハウス出身の子どもだよ? どうして私だったの!?」
だんだんと声が厳しいものになってしまう。
冷静であろうと努力はしているけど、なかなか難しいみたいだ。
ノアールのほうがずっと辛い状況なのはわかった。同情も少しはする。
それでも、どうして私が巻き込まれたのって思っちゃう。私は心が狭いのだろうか。
握りしめた拳が震える。怒りを抑えられない子どもな私に対し、ノアールはただ無言でこちらに顔を向けていた。
その仮面の下では今、一体どんな顔を浮かべているのだろう。別に、見たいわけじゃないけど。
少ししてから、ノアールは戸惑うように自分の考えを口にし始めた。
「これはあくまで予想だが。意識としての私が目覚めたきっかけが、ルージュだったからかもしれない」
「私が……?」
「あれが何度目のループだったかはわからない。魔王討伐のために国中の兵士たちが魔王城近くまで来た時だ。私はこれまでのループと同じようにやってきた大勢の兵士や冒険者たちを殲滅した」
女剣士だった頃の記憶がふっと脳裏に過る。
当時のことはほとんど覚えてない、というか恐らく意図的に忘れようとしていたからかおぼろげだけど……たぶん、ちゃんと思い出すべきなんだろうな。そのためにはもう少し心の整理をつけなきゃ。
「だがその時は、これまでいなかったお前がいた。いや、これまでもいたのかもしれないが、その時に初めてお前に気づいたんだ。夕日を背負い立つお前が美しく、まるで太陽の女神のようだと思った。それが『私』が抱いた初めての感情だった」
あ……覚えがある。
昼と夜の境界線。
漆黒の鎧や兜を身に付けて、夜の闇を背負うように立つヤツを見て私はノアールを夜の化身だと思った。
たぶんあの時のことだ。すぐにわかった。わかってしまった。まさか同じような感想まで抱いていたなんて。
まるで私とノアールが繋がっているかのようで、心の底から不快だけど。
「結局その時は『俺』が容赦なくお前の首を落としてしまったのだが……気づいた私は慟哭し、死にたくなるほどの後悔が押し寄せた。そして次の瞬間、初めて自分が死んでもいないのにループしたのだ」
そうだ。それが私のループの始まり。
え? それじゃあ……ただ、ノアールが私を見つけてしまっただけってこと?
結局よくはわからないけど、きっかけがたったそれだけのことだと思うとやるせない。
その後しばらく、ノアールの意識はほとんど「俺」が支配し続けたという。
少しずつ「私」のほうが意識を保てるようになり、今では明るい時間帯なら「俺」に支配されることはないのだとか。
ああ、だから「今」なのか。
自我が芽生えるまでに時間がかかり、保てるようになるにも時間がかかった。
何度もループを繰り返すほどの。
どうしてもっと早く、と思わずにはいられないけど……一応事情が、あったんだ。
「だいぶ自我を保てるようになったが、『俺』になる時はある。私はまず、それをどうにかしたいと考えた」
そこでノアールは魔法について勉強することにしたのだそう。彼自身は魔力を持ってはいるものの、身体強化にしか使えないらしいからね。それであの強さってところが恐ろしいところだけど。
「それでフクロウ仮面を見つけたんだね」
「出会ったのは偶然だがな。フクロウのほうが私にかけられた呪いを見つけ、調べたいと申し出てきた」
「……魔法使いの研究馬鹿な性質が出てる」
なるほど、なるほど。
これでようやく色んなことがわかって少しスッキリしたかもしれない。
飲みこむにはもうしばらく時間がほしいところだけどね。
「今回、ルージュをここに連れてきたのは約束してほしいからだ。一つは、魔王を倒した後に私を殺すこと。もう一つは、もし次にループをしたら真っ先にこの場所に来ること」
「……一つ目はとりあえずわかった。でも二つ目はなんとも言えないよ。ループ直後の私、五歳だよ?」
「なんとかしてくれ」
「無茶苦茶な……」
せっかく身につけたなけなしの体力や筋力も元通りになっちゃうのに。
まぁ、魔法を使えばどうにか? ただそうなると……次のループではエルファレス家に行けなくなってしまう。
家族じゃ、なくなっちゃう。
ただのワガママだけど、それは嫌だ。
私はバッと顔を上げた。
「ループしなきゃいいんだよ。今回の人生で魔王を倒し、呪いを解けばそれが一番いいじゃん」
今生で死ななければいいのだ。大切な人は誰もね。
そもそも、人生って一度きりのはずなんだもん。チャンスは一度だと思って望むべきだ。
「ノアールに協力はする。そっちだって魔王を倒す協力、してくれるんだよね?」
「ああ。魔王や周辺の情報提供、それから魔王以外の敵の残滅を約束しよう」
それは大きいね。正直、魔王に辿りつくまでにかなり体力を削られるから。
ようやくまとまった話に、私たちは軽く頷き合った。握手? するわけないじゃん!
あくまで協力し合うだけで、こいつは私の敵であり、いずれこの手で殺す相手なんだから。