71 強気でいかないと折れちゃうからね
重たい瞼を押し上げる。
ああ、えっと。たしか私、ノアールについていったんだよね。大丈夫、覚えてる。
つまりここは敵陣ってことだ。気を抜いてはだめだってわかっているのにぐっすり寝ちゃったよ。
い、いや、仕方ないよね? 私の魔法を途中でぶった切られた上、魔力を利用されたんだからヘロヘロになって当たり前で……思い出したら腹立ってきた。
ノアールは最初から殺したいほど大嫌いだけど、フクロウ仮面も許さないからね。
……改めて考えてみると、何者なんだろう、フクロウ仮面。
ノアールの味方なのかな。でもヤツは今でこそ普通に話せるようになっているけど、敵味方関係なく殺戮の限りをつくすとんでもないヤツだよ? 味方なんてものがいるとは思えない。
何か理由があって協力している、とか? うん、そっちのほうがしっくりくるね。
なにはともあれ、これだけぐっすり寝てたのになんともないどころかちゃんとベッドに寝かされているわけだから、今のところ私が危害を加えられることはないってこと。
焦ったって仕方ないのでゆっくりと上半身を起こし、両腕を上にあげて伸びをする。
周囲を見渡してみると、意外にも広い部屋の一室に寝かされていたのがわかった。
エルファレス家と比較しちゃダメだけど、なかなか豪華な部屋だと思う。貴族の家って感じ。
でも全体的に薄暗く感じるのは壁がダークグレーで統一されているからかも。
家具も全部暗い色だし、照明も暖色系で明るさも控えめだ。
一瞬、魔王城のような雰囲気と思いかけて、途中でやめた。
怖い想像はしたくないもん。必死で心を奮い立たせているのに、こんなことで弱気になってしまったらあっさり心が折れそう。
大丈夫、大丈夫。魔王のような恐ろしい魔力は感じないし、ノアールの馬鹿みたいな圧も感じない。
ゆっくりとベッドから下り、はだしでドアの前まで移動する。
だって靴がないんだもん。どこやったのさ。気づけば服もネグリジェになってるし。
誰が着替えさせたの? 肌着や下着はそのままだけど、子どもとはいえこちとらレディーだよ? 私が着ていた服は?
これがノアールやフクロウ仮面じゃなければ、善意だと受け取れるけど相手が相手だ。とても素直に感謝なんてできない。
「まさか洗濯してくれてるわけでもあるまいし……」
ブツブツ一人で呟きながらドアを開けると、目の前に壁があって鼻をぶつけた。
いや、壁じゃない。人だ。
恐る恐る上を向くと、困惑した紫色の瞳と目が合った。
「……誰?」
思わず声にでちゃったけど、紫の目の男の人はだんまりだ。
どことなく陰気な感じで、身長はそこまで高くないけど猫背だから小柄に見える。
瞳と同じような色をした髪はやや長めで、ちょっと俯くと顔が見えなくなるけど身長の低い私には丸見えなのだ。だから目が合ってしまったのだろう。
あ、いやちょっと待って。
その茶色と緑が混ざったようなローブは……!
「フクロウ仮面!」
「……なんだって?」
「あ、喋った」
お互い思わずといった感じで声が出たよね、今。
でも間違いない。あのフクロウ仮面もどことなく猫背だった気がするし、何より魔力を消してるモヤモヤした感じが同じだもん。
「仮面はもうしないの?」
「……」
また黙ってしまった。無口すぎる。
垂れ目で、目の下にクマがあるのがより陰気さを増している気がするな……。すごく不健康そうで心配になる姿だ。
別に心配はしないけど。だってノアールと一緒にいたんだもん、こいつも敵だし。
「名乗らないならフクロウ仮面って呼ぶからね」
私がそう言い放っても反応がないのでいいってことなのだろう。相手をするのが面倒という可能性も高いけど、知らない。もうこいつはフクロウ仮面だ。
そんなフクロウ仮面は私が睨むのも意に介さず、ただ黙って室内に入ってきたかと思うとベッドの上に何やら布の包みを置いた。
そしてそのまま真っ直ぐドアまで戻って来ると、何ごともなかったかのように部屋を出ていく。
「ちょ、ちょっと待ってよ! なんか言ったら? あの包みはなに! あとお腹空いた!!」
私、捕らわれているようなものなのに図太いよね。でも仕方ない。エルファレス家で贅沢に慣れてしまった私の胃は空腹をすぐに訴えるんだから。
「……下りてこい」
「は?」
結局、フクロウ仮面はそれだけを言ってさっさと行ってしまった。
何なの、本当に。下りろってことは、ここは二階以上の高さにある部屋で、下に行けば何か食べ物でもあるっていうことだろうか。
そんな手厚いことある? いや、でも。呪いを解く手伝いをするために連れてこられたなら、私は心身ともに健康である必要がある、とか?
でもフクロウ仮面にとって呪いなんか関係ないよね? ……はー、なんにもわかんない。
ノアールも自分勝手に喋るばかりで説明が足りない雰囲気あるし、フクロウ仮面は無口が基本。
先行きが不安すぎる。いっそ私も無口になってやろうか。
そう思いつつ、さっきフクロウ仮面が置いていった布の包みが気になって手を伸ばす。
何が仕込まれてるかわからないので警戒は忘れないよ。……うん、魔力はない。
おそるおそる布を開いてみると、ふわりと石けんの匂いが漂う。
布の包みに入っていたのは、私が着ていた服だった。
「はは……本当に、洗濯してくれたってわけ?」
いよいよ彼らが何を考えているのかさっぱりわからなくなった私は、お腹がぐぅと鳴るまで呆然と立ち尽くしてしまった。