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64 みんなが強くあれるわけじゃないよね


 ラシダさんの隣に座った途端、彼女の止まらないお喋りは急に始まった。


 本当に止まらない。永遠に話し続けている。

 主にラシダさんが旅で経験したことをひたすら聞かされている私。


 いや、面白いよ? 興味深いし、思わず聞き入っちゃう。

 けどこちらが口を挟む暇もないというか、よくこれだけ喋り続けられるなって感心してしまうレベル。


 ちらっと振り返って馬車の幌内を見ると、ジュンがニヤニヤしながらこちらを見ていた。


 わざとだな? わざとこの止まらないお喋りの嵐を経験させたな?

 話を聞くのは楽しいけど、こう、してやられた感があるからムッとする。ジュンめ。


 しかしこれでは私の聞きたい話も聞けないではないか。

 ここは無理矢理にでも割って入った方がよさそうだと判断した私は、上機嫌で話し続けるラシダさんの口元に手を当てた。


「んむ?」

「このままじゃ私がお喋りできないよ」

「はっ! にゃはー、ごめん! アタシ、楽しくなるとお喋りが止まらない癖があるのにゃ」


 一応の自覚はあるらしい。ラシダさんはにゃふにゃふと頭を掻きながら誤魔化し笑いをしている。


 彼女にはストッパーが必要なんだろうね。

 勇者パーティーの中だったらきっと……バンさんだろうな。あの人は面倒見がいいから。


「ラシダさんの話を聞くのは楽しいよ。また聞かせてほしいし。でも私、ラシダさんに聞きたいことがあるから」

「ん! ここまで聞いてくれたし、今度はルージュの話を聞くにゃ!」


 ピンと耳を立ててチラッとこちらを見るラシダさんはとても素直で良い人だ。お耳もかわいい。尻尾もゆらゆら。


 ……おっと。せっかく聞き体勢を整えてくれたんだから今のうちに聞いておかないと。


「えっと、色々あるんだけど。今特に気になってるのはサイードさんのことで……」

「え、サイード? ああ、ベルナールから聞いたのかにゃ」

「うん。ベル先生の元仲間の中で、会えていないのはサイードさんだけだから。ベル先生に聞いても、ずっと連絡を取ってないからわからないって」

「えっ、それ以外には何も聞いていないのかにゃ?」


 意外そうな顔で聞き返されて、思わずこくりと頷く。


 むむ、妙な反応だなぁ。

 もしかしたら、ベル先生は意図的に話していないことがあるっぽい。


「あ、あの。もし聞いちゃいけない話だったら無理に話さなくてもいいので」

「んぅ? あー、気を遣わせちゃったかな。賢いんだねぇ、ルージュは。たぶん、ベルナールも話したくないんじゃなくて、話しにくいだけだと思うのにゃ」

「話しにくい?」

「そ。隠しているわけでもないし、有名な話でもあるからあたしから教えておくにゃ。っていうかベルナールのことだから、あたしから話してもらうことを期待してそうにゃ」


 ベル先生ならあり得る。丸投げってやつだ。

 元仲間だけあってラシダさんもベル先生のことをよくわかってるよね。


 まぁ、有名な話なら聞いてもよさそう。……何度も人生をループしているのに私は知らないけど。


 はぁ、どれだけ魔王や勇者のことから離れて生きてきたかってことがわかるよね。

 今さら遅いけど、せめて情報くらいは集めておけばよかったなって思う。色んなことを諦めて惰性で生きてたからなー。


 と、私が一人つらつら話していると、ラシダさんは少しだけ言いにくそうに話し始めてくれた。


「あー……サイードはにゃあ。ずっと療養中なのにゃ」

「え? 療養? どこか悪いの? まさか、魔王戦で大きな怪我をしたとか……?」

「ある意味、そうにゃ。サイードは、人よりちょっとだけ心が弱かったのにゃ」


 心……?

 よくわからなくて黙った私に、ラシダさんは眉尻と耳を下げて話を続けた。


「魔王の威圧とか、ビクターの死とか……サイードはうまく自分の中で気持ちの整理をつけられなかったのにゃ。だから、田舎に帰って静養してるのにゃ」


 あ、そっか。そう、だよね。


 ベル先生も、バンさんも、そしてラシダさんも一見明るくて元気に見えるけど……仲間の死を乗り越えている。

 しかも、魔王との決戦の場にいたメンバーは文字通り勇者の死と引き換えに助かったようなものなのだ。


 魔王に対する憎しみ、恐怖、ビクターに対する形容しがたい感情。


 それを受け止められる人の方がすごいよ。そう簡単に立ち直れないよね。

 他のみなさんだって、ずっと痛みを抱えて生きているに違いない。それを表に出さないだけで。


 だから、サイードさんのように見るからに立ち直れない人だっていて当たり前だ。決して彼が特別弱いわけじゃないと思うよ、私は。


「もう結構な時間が経ってるから、そろそろ話くらいはできるんじゃないかな、とは思うんだけど。本人が嫌がってる状況では、さすがのあたしもなかなか会いに行く勇気がにゃくてにゃあ」

「そうなんだ……平和に過ごせていたらいいんだけど」

「にゃは、ルージュは優しいにゃ」


 にかっと歯を見せて笑うラシダさんに頭をぽふっと撫でられる。


 別に……優しいとかじゃないよ。ただ、魔王のせいで苦しむ人はたくさん見てきたから。


 魔物の襲撃で自身や家族が傷付いたり、失ったり……そんな境遇にある人は本当に多くて、全ての人が救われてほしいって思うよ。

 無理だってことも綺麗ごとだってこともわかってるけど、思わずにはいられないじゃん。


 平和って、平和な時にはそれがどれほど尊いものかわからないものだ。

 そして平和は人から危機感を忘れさせる。何度も繰り返したループ人生の中で、すでに私は忘れかけていたわけだし。


 改めて危機感を覚えた今、どうしても苦しい思いをした人には少しでも心癒されてほしいって綺麗ごとを考えちゃうよ。


「落ち込んだ時にサイードに寄り添ってくれたのがビクターだったのにゃ。イアルバンとかあたしは、場を盛り上げることしかできなくってさ。でもそれって、心が回復してからじゃにゃいと……しんどいじゃん?」

「あー……ちょっと、わかるかも」

「その点、物静かなビクターはサイードにとって居心地がよかったと思う。癒されてはじめて、あたしたちのおふざけで笑い合えたのにゃ。ビクターがいない今、彼に代わる適任はベルナールかな、とも思うけど……」


 確かに、ベル先生なら上手に寄り添えそうだよね。


 あれ? でも連絡を取ってないって言ってた。

 ベル先生なら、誰よりも先に駆け付けそうなものなのに。


「……ベルナールがいれば、サイードは魔王の討伐に行かなかったし、傷付かずに済んだにゃ。事情をちゃんと理解したうえでサイードも引き受けたし、魔王が元凶であって誰も悪くないこともわかってたはずにゃんだけど。その、ね?」


 ラシダさんが言葉を濁したことで、私は理解した。

 

 つまり、あれだ。


 サイードさんの憎しみの矛先は、ベル先生に向かってしまったんだな、って。


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