63 かわいいはなんでも許せるとこある
無事に隣町のステーションに転移した私たちは、その足で待ち合わせ場所の宿屋へと向かう。
この町で一番の高級宿にいるのだそう。すごいな、一流は泊まるところも違う。
私は侯爵家のコネで良い思いをさせてもらっているわけだけど、自分の力で稼いでお金を使えるっていうのはやっぱりすごいよ。
平民としての生活が長かった私にはとてもよくわかる。ラシダさんはすごい。
「うわ、すっげぇ。こんなとこに泊まってたら金なんかいくらあっても足りねーわ」
「まぁ同意だが……ラシダ殿なら余裕だろうな」
「稼ぐことに命かけてるもんな、あの人。こうやって使うために稼いでんだろーなー」
ジュンとクローディーが話すこともわかるけど、何も高級宿を見上げながら言わなくても。ちょっとだけ恥ずかしいよ、私は。
そう思っていた時、急に背後から快活な声が聞こえてきた。
「そのとーりにゃ! アタシは贅沢をするために稼いでるし、お金自体もキラキラしてだーいすき!」
「おわぁっ!?」
「む」
「び、っくりした……」
気配、なかったよ……!?
さすがは元勇者パーティーのレンジャーだ。でも心臓に悪いからやめてほしい。ドキドキ。
「ちょっとラシダっ! 気配消して近付くのやめろって! 前も言ったぞ!」
「にゃはは! そーだっけ? そんな昔のこと忘れたにゃー!」
プンプンしながら文句を言うのはジュンだ。
確か、ジュンとクローディーは昔に一度だけ会ったことがあるんだっけ。羨ましい。
ラシダさんは太陽みたいな金髪を短くした快活な女性で、小柄だけどすっごく強いと聞いている。
猫獣人だから筋肉のつき方がそもそも人間とは違うんだろうな。
しなやかで力強くて……猫耳と尻尾がとてもかわいい。
ゆらゆらと揺れる尻尾を見つめていると、ラシダさんはジュンに向かってにこっと歯を見せて笑った。
「でもずいぶん大きくなったにゃー! 前に会った時はまだアタシより小さかったのに」
「そりゃあ成長期だし。ラシダは小柄だから、あっという間に抜かしちゃったけどな!」
「こんのぉ、生意気ぃ!!」
ラシダさんがジュンの首に腕を回して反対の手でグリグリと頭を撫でまわしている。
ジュンがいつも以上に無邪気でなんだかかわいい。
「クローディーは相変わらずでかいにゃ! 元気そうでなによりにゃ」
「ラシダ殿もお元気そうだ」
「まーね! ありゃ、アタシより小さい子がいるね! この子がベルナールの?」
「あっ、はい。ルージュと言います。よろしくお願いします、ラシダさん」
「にゃは! 礼儀正しいっ! ジュンとは大違いの良い子だにゃ!」
ジュンから手を離し、ぴょんと跳びはねながら私の下に来たラシダさんは嬉しそうにくふふと笑う。
自分より小さい人がいるというのが嬉しいのかな。かわいい。
「ボクだって良い子だろ」
「良い子は初対面で戦いを吹っかけてきたりしないんだにゃ」
人差し指を自分に向けながら調子よく言うジュンに、ラシダさんはデコピンを食らわした。
ジュンはおでこを押さえて痛がっているけど、やっぱりどこか嬉しそう。ラシダさんが大好きなんだねぇ。
この二人、永遠に見ていられるね。かわいい。
それにしてもジュン、初対面で吹っかけたんだ。やりそうだけど。
「さ、ここでお喋りしてても仕方にゃいから、馬車でお喋りしよう! こっちだにゃ、ついて来て!」
ラシダさんが急にくるっと方向転換をしたので、手を掴まれていた私はつんのめりそうになりながら小走りでついていくはめに。
ちょ、待っ、ただ速いだけならまだしも、跳びはねながら進まれると転ぶっ!
私は思わず時止めの魔法をラシダさんの足にかけた。
「んにゃっ!?」
「ごめんなさい。でもあのままだと私、転んだ上に引きずられそうだったから」
もちろん、すぐに魔法は解いたよ。ほんのちょっとだけ足止めできればそれでよかったからね。
とはいえ、急に魔法なんかかけて怒られたらどうしよう。嫌われたかな?
「すっごいにゃ! 足だけぴたーっと止まってピクリとも動かなかったにゃ! こーれは便利っ! ルージュ、アタシと一緒にトレジャーをハントしにゃい!?」
「えっ」
と思っていたけど杞憂だった。むしろなんだかすごく気に入られちゃったな。
時魔法はちょっと珍しいもんね。私みたいな使い方をする魔法使いは特に。
「ほらほら、馬車に行くのだろう。それとルージュを誘うならベルナールをなんとかしないと話にならんぞ。ヤツは娘のルージュを溺愛している」
「んぐっ、ベルナールが溺愛かー。つまりカミーユとおんなじ感じで執着してるってこと? あー、無理。あれは無理」
執着って。いや、でもベル先生のママ溺愛ぶりをみればわからないでもない。
もしママに何かあったら世界も滅ぼしそうだもんね。ラシダさんが無理というのもわかる。
今だけはベル先生の厄介さに助けられたよ。
おかげでラシダさんのトレジャーハントに連れて行かれずにすんだ。
楽しそうだけど、それ以上に振り回される予感がするから。ついさっき物理的に振り回されたばかりだしね。ふぅ。
そうこうしている間に馬車乗り場に到着。
どうやらラシダさんがすでに貸し切りを予約していたみたい。準備がいいなぁ。
「お金はみんなで割るにゃ!」
「わかってたよ! ほら、これがボクたちの分」
「へへー、確かに受け取ったにゃ! 御者はアタシがやるからその分浮くにゃー!」
「ちゃっかりしているな、相変わらず」
本当にお金が好きなんだなぁ。ジュンが渡したお金を嬉しそうに受け取って頬擦りしてる……。
むしろここまでお金が好き! ってアピールされると清々しいかもしれない。ラシダさんだから許されるというのもあるかもね。かわいいし。
目的地まではしばらく馬車でのんびり旅だ。途中で魔物がいたら討伐しつつって感じで。
ジュンやクローディー、ラシダさんの三人はさすがというべきかなんというか、まったく緊張した様子はない。
彼らほどの実力者ともなれば、少しくらい魔物の出現頻度が高かろうが、出てくる魔物が強かろうがあんまり関係ないのかも。
わ、私だってそれなりに対応できる自信はあるよ? でも魔法使いになってから初めての遠征だからちょっと緊張はしてる。
「ルージュ、隣においでにゃ!」
「え?」
「お話したいにゃ! ベルナールのこととかも聞きたいし!」
御者台からラシダさんがちらっとこちらを振り返りながら言うので、戸惑いつつジュンやクローディーに目を向けると二人とも軽く頷いてきた。
「あの人はいろんなとこに行ってるから、話も楽しいぞ。せっかくだし、ルージュも色々話を聞いてきたらいいんじゃねーの?」
もしかして、緊張している私を気遣ってくれているのかな。
ジュンも、なんだかんだいって面倒見がいいとこあるね。
「じゃあ、行ってくる」
「ついでに御者のやり方も観察してくるといい。もう少し大きくなればルージュも操れるようになるだろう」
「わかったよ、クローディー。勉強もしてくるね」
まぁ、実を言うと御者はすでにできるんだけどね。
繰り返してきた人生の中で、御者の経験は何度もあるから。
よし、せっかくだから私もラシダさんに色々と聞いてみよう。
たとえば……ほら。昔のベル先生の話とか、元勇者パーティーのメンバーで唯一会えていないサイードさんのこととかね!