62 遠征は久しぶりだから少し緊張する
「他の冒険者たちと遠征依頼に同行? でも私、冒険者ギルドにも登録していないのに」
ある日の魔法の座学授業で、ベル先生から突然そんなことを言われてしまった。
これまでは魔塔の魔法使いたちが個別で受けている近場の依頼について行きつつ訓練をしていたんだけど、遠征は初めて。
しかも今回は他の冒険者チームも一緒らしい。
えー、文句言われない? 冒険者でも魔塔の魔法使いでもない弱そうな少女が一緒で。
「魔塔からの人材派遣とするから大丈夫だよ。ルージュは魔物討伐の実力もそこらの魔法使いよりずば抜けているから。五年にも渡る実戦経験が役に立ったね!」
「……私、いつの間に魔塔の人間になってたの?」
「ん? 去年くらいかな」
「聞いてないんだけど!?」
私がピャッと毛を逆立てる勢いで叫ぶと、ベル先生は飄々として様子で「今言ったよ」と言いやがりました。
ああ、言葉が悪くなってしまったけどこれはベル先生が悪い。
なんだよ、事後報告って。しかも去年って。
普通、正式に魔塔の魔法使いとして登録したならその時に言うでしょ。
普通じゃないもんねー、ベル先生はねー。……はぁ。
「まぁまぁ。魔法使いたちと行動をともにして数年経過していたし、許可を出す魔塔主は僕だし? それに前の人生でも魔塔の所属だったんだから、勝手はわかるでしょ? 魔塔に行きたいと言われたこともないし、必要になったら言えばいいかと思って」
ちっ、正直なところ反論できない。
実際、魔塔の所属になったと言われてもこれまでと変わらない訓練の日々を送っていただけだっただろうしね。
でもさ、こう……心構えとかあるじゃない。ほんと、ベル先生ってベル先生だよね。
まぁいい。そういうことなら他の冒険者と同行しても問題ないだろう。納得した。
「リビオも最初の依頼は今のルージュと同じ年だったからね。すでに経験を積んでいるルージュなら、ここらで少し危険な任務にもチャレンジしてみるのもいいんじゃないかな?」
「危険なの?」
「そりゃあ、少し魔王の管轄地に近づくからね。この町の周辺が比較的安全なだけで、少し離れれば危険度も上がるさ」
「それもそっか」
うぅ、そうなると少し緊張するなぁ。
町から離れるのは何度目の人生ぶり? って感じだし。
「安全性を高めるために、今回は魔法使いたちだけでなく僕の古い友人、レンジャーのラシダも一緒だよ」
「えっ、ラシダさんが!?」
「あ、やっぱり知っているのかい?」
「な、名前くらいはね。だって勇者パーティーのメンバーじゃない。今はこの町の近くにいるの?」
「いや。でもラシダはお金が大好きだからね。金払いが良ければどこにだって行くのさ」
そう言って、ベル先生は人差し指と親指の先をくっつけてお金のマークを作って見せた。
なるほど、お金を積んだのね。さすがは侯爵家。
しかし、これで元勇者パーティーのメンバー三人と知り合えちゃうんだね。
勇者パーティーの戦士であるイアルバンさんは、冒険者ギルドの長をしているから会ったことがあるけど、ラシダさんは各地を飛び回ってるって聞いたことがあるからどの人生でも見たことはない。
会えるの、ちょっと楽しみだな。
「本当は僕の代わりに魔王討伐に行ってくれた魔法使いも紹介したいんだけど……都合がつかなくてね」
「サイードさん、だったっけ。そういえば、彼は今なにをしてるの?」
「僕にもわからないんだ。魔王討伐以降、彼は地元に行ったっきり戻ってきていないから」
元勇者パーティーのメンバー最後の一人だよね、サイードさんって。
同じ魔法使いだから一番興味があるというか話を聞いてみたい人なんだけど……人には色々と事情があるわけだし、仕方ないか。
でも、ちらっとくらい紹介してもらえたらよかったのに。
そんな不満が出た私は少し口を尖らせてしまう。
「連絡してみたらいいのに」
「そうだよね。僕もうっかりしていたよ。魔法使いって生き物は自由で変人だからさ。ま、報せがないのは元気な証拠だよ!」
ははは、と明るく笑い飛ばすベル先生を見ていたら、これ以上言っても仕方ないなってことがよくわかった。
変人筆頭だもんねー。んもう!
「おっと、脱線してしまったね。授業の続きをしよう」
「はぁい」
でも、本当にいつか会えたらいいな。
あ、ラシダさんなら今のサイードさんがどうしているか知っているかな。
会えた時に聞いてみようと頭の中にメモをして、私は再び魔法の歴史書に視線を落とした。
◇
いよいよ、遠征の日がやってきた。
行き先はこの町から馬車で三日ほど進んだ場所にある洞窟だ。
まぁ、転送陣を使えば一瞬なんだけどねー。自分で魔力を込められる魔法使いは安く使えるのがいいところ。
私の分のお金はベル先生が支払ってくれてるけど。
で、森の奥にある洞窟は魔物が棲み処にしやすいんだって。
だから定期的に見回っては強い個体がいないかを確認するらしいんだけど……近頃は魔王の影響もあって出現率が増えているのだとか。
洞窟もここだけじゃなくてたくさんあるし、冒険者や魔法使いが手分けして魔物の討伐をしているみたい。
一度討伐してもまた新たな魔物が棲みついたりするから厄介だよね。
魔王を倒さない限り、永遠に仕事が終わらない。
そう考えると、やっぱり魔王討伐の時期が迫っているなって感じて気持ちが落ち込みそうになる。
今の私は前とは違う。そう思いながらどうにか自分を鼓舞している。
さて! 私は今ジュンとクローディと一緒にラシダさんとの待ち合わせ場所に向かおうとしているところ。
ラシダさんは隣町の宿屋にいるそうなので、三人で転送陣を使って隣町まで移動することになっている。
ちなみに、ラシダさんと合流後は馬車での移動だ。
他の冒険者チームと足並みを揃えるためにね。
転送陣を使うには使用許可証とかお金が必要になるから。普通に払うとお高いんだよねー、これが。
早速、最寄りの転送陣のステーションで警備隊の二人にカードを見せつつご挨拶。
おじいさんと若い男性の二人の警備隊員。今回の人生では初めて会うね。
貴族式ご挨拶を見せたら相変わらずおじいさんは微笑ましげに、若者を委縮してしまっていた。なんだか懐かしいな。
「自分たちで魔力流せば安くすむとはいえ、疲れるから嫌なんだよなー。ボクこれ苦手」
「俺もあまり得意じゃない。つい余分に流しすぎてしまう」
「わかるー。それはそれで魔力がもったいなくなるんだよな」
ジュンがうんざりしたように言い、クローディが同意する。
細かい魔力操作は得意じゃない二人だもんね。仕方ない。
「私がやるから問題ないよ」
「えっ!?」
当たり前のように私がそう言うと、警備隊の二人がものすごく驚いた。
見た目、一番弱そうだもんね。ただの子どもだし。
「そっか、ルージュがいたじゃん。おっちゃんたち、この子はベルナールの娘だから大丈夫だよ!」
「というと、エルファレス家の……!」
「そ! 実力は魔塔主のお墨付きってわけ。じゃ、早速使わせてもらうぞ」
なんでジュンが得意げなのさ。
そしてベル先生のお墨付きというだけで納得されちゃうのも面白いよね。助かるけど。
「しかし、魔力量が多いのに繊細な操作ができるなんて改めてすごいな、ルージュは」
「そ、そうかな。褒めてくれてありがと、クローディ」
そうそう、これだよこれ! 求めているのは普通の褒め言葉と労い!
驚く警備隊の二人は仕方ないけど、ジュンはもう少し私に優しくしたらいいと思うっ!