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59 結構すぐ泣くよね、ベル先生って


 あれから、五年の月日が過ぎた。


 私は現在十歳。前の人生の時とは少し違う経験をさせてもらっている。


 五歳の頃に暗黒騎士ノアールに連れ去られてからというもの、魔塔の魔法使いたちが交代で私の護衛兼戦い方の先生をしてくれている。

 それは今も変わらないし、おかげでいざという時もビビらずスムーズに戦えるようになってきた。


 大昔、女剣士として活動していた頃の勘が少しだけ取り戻せたって感じかな。正直、当時の記憶は今も曖昧だけど。


 私の先生をしてくれる魔法使いは全部で六人。

 ジュンとクローディの二人が多いけど、さすがに都合がつかない日というものがあるからね。


 年齢にそぐわない私の魔法使いぶりを平気で受け入れてくれ、かつ口が堅い人選となっているらしい。


 一番怪しいのはジュンだと思っていたけど、あれで意外と余計なことは言わないんだよね。結構律儀だし真面目だったりするのだ。


 ベル先生曰く、変人の集まりである魔塔の魔法使いの中でさえ私は異質なんだって。


 わかるけど、なんというかこう、腑に落ちない。

 ループを繰り返しているだけで、こんなにも普通の人間なのにまるで最も変人と言われているみたいで。


 あとは、いつ暗黒騎士の襲撃がくるかわからないから、戦闘に慣れていて対応できる魔法使いたちだ。


 ……そう襲撃にね。備えていたわけ。この五年間ずっとね。


 ぜんっぜん来ないじゃん。

 いつでも居場所がわかるみたいなこと言っておいて、まったく来る気配がないじゃん、ノアール。


 来ないに越したことはないけどさ、色々身構えていたこちらとしては呆気ないというかなんというか、脱力しちゃうよね。

 でもそうして油断した時に限って来たりもするから気を抜くわけにもいかないし。はぁ。


 ちなみに、私からもノアールの位置はわかる的なことも言われた覚えがあるんだけど、いくら試しても無理だった。

 ものすごい威圧感と恐怖を撒き散らしているから近づけばわかるだろうけど、それは私じゃなくてもみんな気づくことだしね。


 どうやったらわかるのさ。意味深なこと言って意味深に去っていくだけでさ。

 ループを終わらせるのにどうして呪いと関係のない私の力が必要になるっていうの。


 ベル先生から聞いたけど、「私は殺さないけど俺は殺す」って言ったんだって?

 なにそれ。殺すの殺さないのどっちなの。意味わかんない。


 もっとわかりやすいヒントを言えないものかねー。人を攫っておいてさー。


 と、言っても仕方ない文句も言いたくなるというものだ。


 結論として、ループの呪いをかけられているのはノアールだってことくらいしかはっきりとわからないままだ。


 ベル先生はその後に色々と考察しているみたいだけど……聞いてもはぐらかすばかりで教えてくれないんだよね。

 たぶん、ちゃんとわかるまでは混乱させないようにあえて言わないって選択をしているのだろう。私に対して過保護だ。


 午後から魔塔へ一緒に行こうと言われたので、今はベル先生の執務室で仕事が終わるのを待っているところ。

 はやく聞きたいなー、推測でもいいのになーと思いながらぼんやりベル先生を眺めて待つ。


「それにしても、意図がまったくわからない。ノアールはどうしてあの日わざわざ町に来たんだろう?」

「偵察じゃないかな?」


 引き続きぼーっと頭の中で考えをまとめていたら急にベル先生から返答がきた。


 なるほど、偵察か。それならあの後ずっと襲撃に来ないのも頷ける……って、あれっ?


「……声に出てた?」

「ばっちりね」

「あれぇ……?」


 考えごとに集中しているとたまにそういうことが起きるよね。聞かれて困ることじゃなくて良かった。


「暗黒騎士はルージュのことを知っているみたいだったよね。ちょうどいい。一度聞いてみたかったんだ。ルージュは彼と会ったことがあるのかい?」


 しかも、このまま暗黒騎士についてベル先生の方から話を振ってくれた。最近はめっきりその話題が減っていたからありがたい。


 ……思えば、私からも暗黒騎士について話したことはあまりなかったかも。

 でもちょっと言いにくいんだよなぁ。


「会ったというか……殺された?」

「……は?」


 ビリビリッとした殺気が一瞬にして放たれる。

 ほらー! こうなるってわかってたから言いたくなかったんだよー!


 落ち着いて、落ち着いて! そうそう、ベル先生ちゃんと深呼吸して。じゃなきゃ続きを話せない。


 ……よしよし、少し落ち着いた。ふー。


「あんまり気にしないでよ、ベル先生。遠い昔のことだし……暗黒騎士だと認識したのとほぼ同時に殺されたから痛いとか苦しいとか、そういう記憶もないから」

「……そういう問題じゃないよ」


 殺気は収まったけど、悲しそうに眉が下がるのを見ているといたたまれない気持ちになるね。


 わかってるよ、そういうことが言いたいんじゃないってことも。でも私だって他に言いようがないから。


 これまでずっと、誰にも最初の人生について話したことはなかった。

 巻き込まれループのことや、町娘として平凡に暮らしていた時のあれこれ、毎回リビオに求婚されたことなんかは話したけど……。


 なんとなく話したくなくて、避けていたんだ。

 本当だったら、私はあの人生で終わりだったんだと思うと……やっぱり怖くなるから。


 暗黒騎士の手によって文字通りスパっと人生が終わっちゃったからね。「死」というものを初めて経験した恐怖から目を逸らしたかったんだと思う。


 でも、今なら言えるかも。サラッと話しちゃえ、サラッと。


「私ね、ループが始まる前の人生では女剣士だったんだよ。リビオみたいに正義感が強くてさ、笑っちゃうよね」


 でも、それが本来の私だった。

 殺された衝撃と、何度も繰り返される人生のせいで冷めた私になってしまったけれど。


 たとえまた殺されても怖くないように。

 自分の心を守るために。


「剣士だった私は魔王討伐の軍隊に入った。当時は冒険者としてだったかな。それであっけなく殺されたから……もう戦場に行くのが怖くなって。だからその後のループ人生ではずっと平和な町娘を続けていたんだよ」


 気の遠くなるほどの時間が経過しても、私の傷はなかなか癒えてくれなかった。

 当時のことを忘れかけている今、ようやく瘡蓋(かさぶた)になってくれたかなってところだ。


 五歳から魔法が使えて、たくさん魔力を持っていて、今度は立ち向かおうとしている私だけど、本当はちっぽけで弱い存在なのだ。


 でもたぶんこれって大事なことだよね。忘れないようにしたいと思ってる。


「魔力が暴走して、一つ前の人生でベル先生と会って。これまでとはまったく違う人生を送るようになった。それで今はまた、最初の人生のように魔物を討伐してる。使う武器は剣から魔法になったけど」


 黙って聞いていたベル先生の眉間にしわがよっていく。


 まぁまぁ最後まで聞いてよ。悲しい気持ちにさせるために話したんじゃないんだから。


 これは弱い私の、ただの決意表明。

 だから誰かに聞いてほしいんだ。


 自分の中にしまいこんでいたら、いつでも逃げてしまえるからね。


「後悔してないよ。私はさ、きっと……戦いから目を逸らしちゃダメなんだと思う。だからベル先生が、その。パパが、責任を感じることなんてないよ」


 静かに歩み寄ってそっとベル先生の右手を両手で握ると、見つめていた水色の瞳が潤みだす。


 結構すぐ泣くよね、ベル先生って。特に私がパパって呼んだ時。


「ルージュは大人だなぁ……」

「体感ではパパより遥かに長い時間生きているからね」

「ははっ、そうだね。……ルージュ。僕は今、君を思い切り抱き締めたいんだけどいいかい?」


 そんなことわざわざ聞かなくてもいいのに。


 そういう気持ちを込めて両手を広げると、ベル先生はすぐに私を包み込むように抱き締めた。

 ギュッとする力がいつもより強かったけど、苦しくはない。


 やれやれ、魔塔に行くのはもう少し遅くなりそうだね。


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