57 だからいちいち急なんだよ、やることが
長々と続く娘自慢に私も心を無にすること数分。
その間、色々と考えてみた。
私に足りないものは経験。それはまさにその通りだと思う。
あらゆる魔法を習得しているし、魔力も十分。
素早く発動もできるし、試合とかなら時止めの魔法を使えばもはや無敵みたいなところがある。
だけど、それだけじゃダメなのだ。
咄嗟の判断で身体が動かせるか、というのが問題なわけ。
実際、暗黒騎士の前に立った時の私はどこまでもポンコツだった。
自分が魔法使いなんだということを忘れてしまうほど動揺してしまったし、恐怖に飲み込まれてしまった。
今後は最悪、人を……殺さなければならないこともあるだろうけど、今の私にはその覚悟ができていない。準備さえできていないのだ。
遠い昔、もはや忘れかけている女剣士だった頃。
戦場を駆けまわって敵を何人も殺したし、死の危険にさらされたこともたくさんあった。
……はずなんだけどなぁ。
まったく思い出せないんだよね、あの頃の感覚だけは。
忘れてしまうほど平和な人生を何度も繰り返していたからだろうな。私は完全に平和ボケしているんだ。
加えて今はたったの五歳。恐怖耐性はごみくずレベルだ。
だけど、そうも言っていられない。
暗黒騎士とまたいつ遭遇するかわからないもんね。
最低でも咄嗟に魔法を放てるくらいには成長していないといけないのだ。
ベル先生はそれをわかっているから五歳の幼女に修行をつけようとしているんだよね。
普通は護衛しかつけないだろうけど……決してスパルタなんかじゃない。
ループの事情を知っているのと、結局最後に自分の身を守るのは自分の力なんだってことをよく理解しているからだ。
つまり、私は早急に実践の経験を積む必要がある。
だからベル先生は魔法使いを連れてきたんだ。
これからやるのはたぶん魔物の討伐だろう。
二人の仕事に連れて行ってもらって、そこで実践経験を積ませてもらうのだ。
命の危機、一瞬の隙が命取りになるあの緊張感や勘を取り戻さなきゃ。もはや一から身につけるつもりで。
「目に入れても痛くないほどかわいい娘だけれど、だからこそ安全を第一に考えたい」
おっ、話が戻ってきたっぽい。
ジュンはまだ意識をどこかに飛ばしているけど、クローディは気づいたようでパッとベル先生に視線を戻している。
「二人の魔物討伐依頼にルージュも連れて行ってくれ。二人はいつも通り仕事をしてくれたらいい。ただ置いて行ったりしないのと、命の危機に瀕した時は助けてもらいたいね」
「……ベルナール。俺の勘違いでなければ、ルージュを特に守ろうとしなくていいと言っているように聞こえるんだが」
「その通りさ。こう見えてルージュは、自分の身は自分で守れる」
「たったの五歳だろう? そして、俺たちを護衛として雇ったんじゃないのか」
「表向きはね。それに、本当に危険な時は守ってもらわないと困る」
クローディは常識人だから、ベル先生の説明では足りないよね。いっつも振り回されていたもん。
雰囲気で受け入れて疑問も挟まずに指示だけを聞く大多数の魔法使いとは違うのだ。
ジュンはまさしくそのタイプ。
いつも通りにやっていいと言われたら私のことなんか無視して魔物の討伐に夢中になるだろう。
ま、これでもプロだからいざという時は守ってくれるだろうけど。
仕方ない。クローディのためにも、私のことを舐め切っているジュンにわかってもらうためにも、実力の一部を見せることにしよう。
私は瞬時に魔力を練ると、防御魔法を自分の体に沿って薄く纏わせた。
「クローディ、こういうことだよ。私はちゃんと身を守れる」
「っ、これはまた、高度なことを」
「んえ、うわまじか。やるじゃん、ちび」
クローディは驚いたように目を丸くし、魔力を感知してようやく意識をこちらに戻したジュンにも褒められた。ちびって言うな。
「今はこうして魔法も使えるけどね。ルージュには恐怖を前にした時でも、息をするように魔法が使えるようになってほしいんだ」
「ベルナールの言いたいことはわかった。だが、どうしてこんなにも幼い子に修行をさせるのだ。もっと大きくなってからでも……」
「そうも言っていられなくてね。ルージュは暗黒騎士に狙われているから」
「……はぁっ!?」
話の流れでサラッと爆弾発言をするベル先生。
関心がなさそうだったジュンもこれには声を上げている。常識人クローディは絶句しちゃったよ。ベル先生、そういうとこー。
でも切り出し方はあれだけど、ベル先生の顔は真剣そのものだった。
まぁね、事実だから仕方ない。
「冗談ではない、か。わかった。事情は聞かないでおこう」
「ボクも聞かないよ。面倒ごとに巻き込まれそうだし」
察しの良い二人である。こちらとしてもその方が助かるけどね。
「けど、強いヤツと戦う機会があるかもしんねーのはちょっと楽しみかもな!」
「暗黒騎士はお前が敵う相手ではない。ジュン、これは遊びではないのだぞ」
「わぁってるよ! 頭が固いな、クローディは。このくらい肩の力を抜いとく方がいーんだよっ!」
どちらの言い分にも一理あるね。
私は……まぁ、なるようにしかならないから、目の前の課題を一つ一つこなしていくだけ、かな。
「はい! というわけで早速行って来てね。ジュンとクローディには今後は一日おきに屋敷まで来てもらうよ。あ、都合がつかない日は代わりの魔法使いを自分たちで調達して。とりあえず今日はランチには戻って来てもらいたいから場所は……うん、あの辺がいいかなー。じゃ、転移」
「え」
「は」
「!? ちょっ、ベルせんせ……」
ベル先生は言いたいことを一気に言った後、パンと一つ手を叩いて私たち三人の足下に魔法陣を作り出し、のんきにいってらっしゃ~い、と手をヒラヒラ振った。
「「「ふ、ふ、ふざけんなー……!!」」」
森の入り口には、私たち三人の絶叫だけがこだまして残された、ような気がする。
ベル先生、絶許っ!!