56 また会えて本当に嬉しいよ
昼食をもうすぐ食べ終わるという頃、ベル先生は屋敷に帰ってきた。
午後に一度帰ってくるって聞いてはいたけど、まさかこんなに早いとは思ってなかったからビックリ。
しかも、屋敷に来たのはベル先生だけではなかったから二重にビックリした。
「食事中だったかい? 邪魔をしてごめんね」
「おかえりなさい、ベルナール。ちょうど食べ終わったところよ。それより、お客様がいらっしゃるなら事前に伝えてもらわないと困るわ。何度目かしら?」
「ご、ごめんカミーユ……急遽決まったものだから」
「その言い訳も何度目だと思っているの? 困るのはこちらなのだけれど」
ママの圧力が怖い。にこにこ笑顔だけどすっごく怒っているのがわかる。
ベル先生もキュッと身体を縮こませている。
ママ最強。連絡は大事。ベル先生が悪い。
「お客様方、見苦しいところを見せて申し訳ありません。昼食は済ませていて?」
「お心遣い感謝いたします、エルファレス侯爵夫人。我らはすでに済ませておりますので問題有りません」
「そう。では応接室へご案内いたしますわ。お茶とお菓子を召し上がって少しお待ちくださいませね」
「はっ」
ママがお客様に向かって迷いなくそう告げると、執事やメイドたちが一斉に動きだした。
はー、いつ見てもすごいな。ママもかっこいい。
メイドたちに案内された二人のお客様は、そのまま食堂を後にした。
この後はたぶん、ベル先生はママに叱られるお時間だ。私も少し待つことにしよう。
だって、今のお客様たちには見覚えがありすぎるからね。どんな用なのか気になるし。
長く青い前髪で左目が隠れた小柄な子は、拳に魔力を纏わせて戦う魔塔所属のジュンだ。
もう一人、緑髪の礼儀正しい中年男性は水魔法を使う同じく魔塔所属のクローディ。
二人とも、前の人生で仲良くなった優秀な魔法使いだ。
初対面から私はこの二人と波長が合っていたんだよね。他の魔法使いとも仲良かったけど、ジュンとクローディは特に頼れた。
今はまたはじめましてになるわけだけど、魔力の相性がいいから今回もたぶん大丈夫だと信じたい。
特にジュンはなー、素直じゃないから最初は幼児に対しても突っかかってきそう。
それさえも懐かしくて楽しみなんだけどね。
あの二人とこんなにも早く会えるなんて嬉しい。
しかし、なんでベル先生は二人を屋敷に呼んだんだろう?
◇
ママからの説教が終わり、とぼとぼと歩くベル先生とともに廊下を歩く。
ほら、まぁ、元気だしなよ。どうせまた同じことを繰り返して怒られるんでしょ? だいたい察しがつく。
とにかくさっさと立ち直ってほしいので、私はあの二人について話題を振った。
ベル先生はちらっと私を目を合わせた後、すぐににこっと笑って説明を始めてくれる。立ち直りがはやい。
「あの二人はね、ルージュの護衛として連れてきたんだよ」
「護衛? え、私の?」
「そうさ。暗黒騎士の襲撃があった以上、残念ながらこの町も絶対に安全とは言い切れない。カミーユにはすでに専属の護衛がいるし、オリドとリビオにもいる。逃げ方も心得ているけれど、ルージュはまだ学び始めたばかりだろう?」
急いで誰かを手配したいけれど信用できる者を一から探すのにも時間がかかる。
というわけで、依頼という形で魔塔から選んできたという。なるほどねー。
その中でも私と相性のいいこの二人を選んできたのってすごくない?
ベル先生はわかってたのかな? 言ってないはずなんだけど。勘? いずれにせよこわい。
「……というのは建前でー」
「建前なんだ?」
「いや、もちろん危険があったら守るようにというのも依頼内容の一部ではあるんだけど、本当の目的は他にあるんだよ」
ちょっとそんな気はしてた。護衛として選ぶには、クローディはともかくジュンはあまり適してない気がしたから。
ジュンが弱いって意味じゃない。近接戦闘が大好きな戦闘狂だからさ……誰かを守るとか向いてないというか。
ごほん。だから護衛以外に目的があると言ってくれた方が納得できるってことだ。
「ルージュは魔力量がとてつもなく多いし、あらゆる魔法をすでに使えるよね。でも圧倒的に足りていないものがある。何かわかるかい?」
足りてないもの、か。たくさんありすぎると思うんだけど。
けどそんな言い方をするということは、何かあるってことだよね。
うーん、うーん。
……あれ? いつの間にか外に出てきている。
さっきまで廊下を歩いていたはずなのに。
応接室に向かっているんじゃなかったの?
「おーい、ベルナール! 遅いぞ!」
「はは、悪かったねジュン。クローディも。ずいぶん待たせてしまったようだ」
「構わない」
あれぇ? 二人も外にいる。これからどこかに行くのかな?
「こいつがルージュか。チビだなー。本当に魔法が使えんの?」
やっぱり突っかかってきた。
ジュンは相変わらず口が悪いなぁ。
しかし私はジュンがそういうコミュニケーションをとる人なんだって知っている。
せっかくだから言い返してあげよう。
「使えるよ。それと、成長したら貴女より大きくなるから、いずれチビになるのは貴女の方だよ」
「なっ、なっ……!!」
「ははは、一本取られたようだな、ジュン」
「うううううるさい、クローディ! くっそー、ベルナールの娘だってこと忘れてた!」
ちょっと、それだと私がベル先生に似ているみたいな言い方じゃないか。失礼な。血も繋がってないのに。
私はこんなに変人じゃないもん。
「うんうん、仲良くなったみたいでなによりだ」
「目ぇ腐ってんのか、てめぇ」
笑顔でうんうんと頷くベル先生をギロッ睨むジュンの眼光がやばい。
たぶんベル先生は矛先を私から自分に向けてくれたんだろうけど、ジュンの煽り方が本当にうまいよね。
ジュンが単純だというのもあるかな。
「さてルージュ。さっきの質問の答えはわかったかな?」
あ、そういう話の途中だったね。
えーっと、私に足りてないものだっけ。
二人の魔法使いを護衛として呼び、今は外に出ている。
しかも中庭ではなく正門の方にあるから、たぶんこれから町の方へ向かうのだろう。
……いや、町なのかな? このメンバーで?
「……ねぇ、もしかしてこれから森に行くの?」
「おー、するどいね!」
なるほどね。
そこで私に足りないものを身に付けさせようとしてくれたんだ。
私は再びベル先生を見上げてニッと笑う。
「私に足りないのは、経験だよね」
「大正解! いやー、ルージュは本当に天才だなぁ。ジュン、クローディ、わかるかい? ルージュはまだ五歳だよ? 才能があって賢くてめちゃくちゃかわいい! 僕の娘世界一っ!!」
ちょ、途中からなんか変な方向に向かってない? ほ、褒めすぎ! わかった、わかったから!
慌てる私をよそに、ベル先生の褒め言葉は止まらない。
助けを求めるようにパッとジュンとクローディに目を向けると、二人は揃って遠い目をして「無」になっていた。
「うぜー」
「ああ、始まってしまったな。ベルナールの娘自慢が」
もしかして、もしかしなくても。
魔塔でもこんな調子で……?
は、恥ずかしすぎる……!
ああもう、話が進まないからいい加減にしてよ、ベル先生!