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54 暗黒騎士ノアールの希望


 私は、ずっと暗闇に囚われている。

 もうどれほどの年月、自由に身動きできないか数えられない。


 いや、正確には一切身動きできなかった(・・・・・・)、が正しい。


 永遠に操り人形のままだと思われた()は、ある日を境に()としての意識が目覚め、身体を自由に動かせるようになった。


 最初、私の自我を保てる時間は短かった。


 陽が沈みかける黄昏時のほんの一瞬から始まり、次第に陽が沈む前の数時間ほどとなった。

 少しずつ時間が伸びていき、月明かりの中でも自我を保てるようになったのは最近のことだ。


 相変わらず三日月や新月、また悪天候のように闇が深い時には()に支配されてしまうが、昔を思えばずいぶん自由になれたものだと実感する。


 私として目覚める前の地獄に比べれば、少しずつでも良い方に変化していると希望が持てるようになったのも最近だ。


 全てはあの日、太陽の女神に会ってから私の運命は変わった。


 女神は。彼女は。

 いや……やっと名前を聞けたな。


 ルージュは、私を闇から引き上げてくれた存在だった。


 ◇


 来る日も来る日も、無差別に殺戮を繰り返す日々。

 魔物だろうが魔族だろうが人間だろうが、目の前に立ちふさがる生き物は全て敵。


 殺戮を機械的に続ける行為は、俺にとって呼吸をするのと同じこと。


 もはや始まりも覚えていない。

 いつから存在していて、何度ループを繰り返したのかも。


 おそらく俺は魔族の四天王と同じように、魔王によって気まぐれに生み出された生物なのだろう。


 魔王の望む世界を創るための、ただの道具。

 自我など必要のない、殺戮マシンが俺なのだ。


 ただ殺し、力尽き、死ぬ。


 気付いた時には魔王城の大広間に立っていて、大勢集まっていた魔族を殺しまくるところから俺のループは始まる。


 永遠にその繰り返し。


 ある時、俺は魔王討伐にやってきた冒険者たちの下へ向かった。


 度重なるループのせいで力を持て余していた俺は、本能で強き者を求めていたのだと思う。


 ほんの気まぐれ。ただの偶然。

 それが俺……私の運命を切り開いた。


 日が暮れかけた荒野で、俺は夜を背負って立っていた。

 野営の準備をしていた冒険者たちが俺を見つけて放心している姿は間抜けなものだったが、そんなものはどうでもいい。


 俺の目はある一点に釘付けとなっていた。


 沈みかける夕日を背に立つ、一人の女剣士。

 燃えるような赤い空に負けないほど、赤々とした髪を靡かせた少女。

 瞳は今まさに沈みゆく夕日と同じ色をしていた。


 俺は沈む夜を背にしていて、彼女の方にはまだ夕日が輝いている。

 まるで俺と彼女の間が、昼と夜の境界線のようで……不思議な光景だった。


 血によって錆びた鎧を身に着け、沈みゆく夕日を背負うように立つ彼女を見て、太陽の女神だと思った。


 その姿は神秘的で、ただただ美しかった。


 おそらくその瞬間こそが、私の目覚めだったのだと思う。


 しかし私はすぐ()に支配され……気付けば太陽の女神は地面に倒れ伏していた。


 彼女だけではない、荒野に生きている者は私以外いなかった。


 ────俺が、殺したのだ。


 足下に転がるのは、彼女の首。

 太陽の女神の首だ。


 そう認識した瞬間、ビリビリと身体に衝撃が走った。


「あぁ……あああああああああっ!!!!」


 先ほど一瞬だけ目覚めた私の自我は、ここで再び蘇った。


 全てが遅い。

 彼女と、言葉ひとつでも交わしたかったというのに。


 美しい赤い髪を持つ彼女の頭を掻き抱き、激しく慟哭した次の瞬間ぐらりと視界が歪んだ。


 気付けば、いつものループの始まりの場所に立っていた。

 抱えていたはずの彼女の首はなく、魔王城の大広間で大勢の魔族たちに囲まれて。


 自分の「死」以外でループしたのは、これが最初のことだった。


 どういうことだと混乱した。

 だが私は再び俺に飲み込まれ、ひたすら殺戮を繰り返していく。


 しかし変化は現れた。

 太陽の女神と出会って私が目覚めてからというもの、ループするごとに少しずつ私としての自我を保てる時間も伸びていく。


 もがいて、もがいて、もがいて。


 少しずつ私でいられる時間を増やしていった。

 いいことばかりではない。

 私が殺戮を拒むようになったせいかすぐに死ぬことが増えたのだ。


 躊躇を覚えたせいで、私は呆気なく死んでしまう。

 だが、私には彼女を探すという目的ができていた。 

 諦めることなく、何度も何度も死に戻る人生。


 繰り返すうちに、私も上手く切り抜けて死なない術を身に着けた。


 だがあの日と同じ時に同じ場所へ向かってみても、彼女が再び現れることは二度となかった。


 なぜだかわからなかった。

 同じ時を繰り返しているはずなのに、どうして彼女だけがいないのか。


 せっかく私として立っていても、彼女に会えなければ意味がない。


 絶望し、もう俺に全てを委ねてしまおうかと諦めかけた時、ループした直後に再びループするという奇妙な体験をした。


 おかげで気付いたのだ。


 彼女もループしているのだということに。

 そして彼女が死ねば私もループするのだ、と。


 私と同じように、ルージュもループし続けている。

 苦しみ続けている。


 私たちは運命共同体。

 ルージュの存在こそ、このループの呪いを解く鍵になるのだと本能で理解した。


 ルージュを取り戻しに来たのは、ベルナール・エルファレスだった。


 彼にルージュを奪い返されたのは身を引き裂かれるほどの思いだったが……それでいい。


 今の俺にはやることがある。


 そこに彼女を連れて行くのは難しい。

 すぐに死なせてしまうだろう。


 向かう先は、全ての元凶なのだから。


「教えてもらうぞ。魔王」


 呪いを解く方法を。


 俺を生み出したのが魔王なら、この呪いのことも知っているはずだ。


 左手を見つめ、ルージュの首を掴んだ感触と温もりを思い出す。


 ああ、ルージュ。

 早く君に会いたい。


※「37 思い出したくないのに」と見比べてみると、ああこの時かー!となるやも……(*´﹀`*)

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