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52 なんだろうね、この安心感ってさ


 最初にハウスで魔力を暴走させたときのように、周囲には暴風が吹き荒れた。

 いや、あの時よりもひどいかもしれない。私に、我慢する気がないからかもね。


「これは、すごいな」


 私を中心に風が巻き起こっているというのに、ノアールは少しだけ驚いたようにそう告げるだけ。

 ようやく少し驚かせることができた、か。でもダメージなんて少しも入っていない様子だ。


 ムカつく……。

 私には、こいつに一矢報いる力もない。

 倒すなんてもってのほかだし、逃げることさえできない。


 せめて、首を掴まれる前に時止めの魔法を発動させることができていれば違ったかもしれないのに。

 もしくは、私がもう少し成長していれば……。


 いや、やめよう。今さら後悔したってなんにもならないし、こうなってしまってはもはやどうにもならない。


 感情が恐怖と怒りでいっぱいなのと、新たにもたらされた情報によってパニックしているのもあって、前の時のように制御できる気がしない。

 少なくとも膨張花を思い出す程度では無理だ。


 悔しい。悲しい。むかつく。

 こいつがなんのダメージも負っていないのが余計に。


 人を勝手に巻き込んでおいて。

 なんの関係もない私が、どうして殺戮を繰り返すような人と運命を共にしなきゃならないの。


 呪われた人物はさぞ何度も死に戻るのはつらかろうと心配したこともあったけど……。


「ぁ、ああああああっ!!」


 身体からどんどん魔力が放出されていく。

 制御できない苦しみが私を襲い続けた。


 だけどそんなことさえどうでもいい。

 怒りの方でどうにかなってしまいそう。


 心配した時間を返せ。

 私の時間を返せ。

 普通の人生を返せ。


「ぅああああああ……っ!!」


 意識が遠のく。

 魔力を放出し続けているからなのか、精神が崩壊しかけているのかわからない。


 そんな中、ノアールの呟きをかろうじて拾った。


「……来たか」


 次の瞬間、ものすごい爆発音と衝撃が起きた。


 ああ、ようやく死ねるんだと思った。

 少し安心もした。

 だけど、痛みも苦しみも感じない。


 感じたのは……温もりだった。


 さっきまでどうしようもなく溢れていた魔力がピタリと止まっていて、優しい魔力が私を包み込んでいる。


 自分のものではない上がった息、速い鼓動。


 強い、怒り。


「お前か」


 間近で聞こえてきた声に、再び涙が溢れた。


 その声はわなわなと震えていて、これまで聞いたことないほど低く底冷えする声音だったけど、間違いない。


()の娘に手を出したのはっ……!」


 ────ベル先生だ。


 怒りの感情が振り切り過ぎて、漂うオーラも声も表情も、全てが見たことも感じたこともないほど恐ろしかったけど、私を抱く左腕だけは優しい。


「っ、パパぁ……!」


 口をついて出たのは「パパ」の一言。

 おかしいな、そう呼ぶのは気恥ずかしくて避け続けていたのに、咄嗟に出てくるのが「パパ」だなんて。


 胸に顔をうずめ、ボロボロ泣きながら何度も呼ぶ。

 正直、身体に力なんて入らなかったけど、その全ての余力を使って息も絶え絶えに呼び続けた。


「パパ、パパ……うぅ、げほっ、ぐすっ、パ、パ……げほっ」


 できればしがみつきたかったけど、安心で力が抜けたせいかそれすら無理。

 目の前には暗黒騎士ノアールがいて、まだ危険な状況だというのにね。


 ベル先生が、パパが来たからもう大丈夫だって、根拠もなくそう思ってしまうんだ。


「ルージュ……! 大丈夫だ」


 パパは一瞬だけギュッと私を抱く力を強めて私の頭に頬を寄せると、すぐに鋭い眼差しをノアールに向けた。


「暗黒騎士。覚悟はできているな?」

「……」


 返答を待たずして、パパは私を抱えたまま上空に浮かび上がった。


 同時に数えきれないほどの氷の刃を作り出し、一斉にノアールに向けて飛ばしていく。


 氷の刃を避けていくノアールに、パパは更なる追撃を加えていく。

 地面を柔らかくして足を止めようとしたり、大量の水でノアールを捕らえようとしたり。

 もういくつの魔法陣がパパの周囲に浮かんでいるかわからない。


 化け物だ。こんなにも高度なことを、私を抱えながら顔色一つ変えずにやるなんて。


 魔塔の主の本気を見た。


 パパも相当やばいけど、それら全ての攻撃を致命傷も受けずに躱し続けるノアールもやばい。

 あいつ、本当に魔王の配下なの? 実は魔王本人だったりしない?


 あぁ、ダメだ。アイツの行く末を見届けたかったけど、もう意識を保っていられない。


 目を閉じる間際、パパが特大の氷塊を振り下ろしたのを見た。


 それは恐ろしくも、美しい光景だった。


 ※


 身体が重い。

 まるで泥沼の中をゆっくりと沈んでいくような感じがする。


 でも、瞼の裏に光を感じてどうにかこうにか目を開けた。


「っ、ルージュ!? 目が覚めたの!?」


 視界がぼんやりとしている。誰かが私を覗き込んでいるみたい。


 声の感じからしてオリド……いや、リビオかな? 

 うーん、わかんない。二人は似てるから。双子だから当たり前だけど。


 普段なら間違えることもないんだけどな。

 今は目もよく見えないし耳もぼわぼわしているから判断がつかないや。


 ……あれ。私、どうしたんだっけ。


 ここは、たぶん私の部屋だ。

 ベッドの上で寝ているっぽい。見慣れた天井なのはなんとなくわかるから。


 ああ、熱い。つらい。頭が痛い。


 きっと熱を出してるんだ。それっていつぶりだろ?

 どの人生でも、身体だけは丈夫だったから滅多に熱なんて出したことなかったな。


「今、アニエスが父さんと医者を呼びに行ったからな! うぅ、ルージュ……大丈夫か? 何かほしいものはない?」


 ああ、やっぱりリビオだったか。ぎゅっと手を握られているのがわかる。涙声なのも。


 これだけぐったりしていたら、そりゃあ心配にもなるか。

 ごめんね、すぐ良くなるからさ。


「……で」

「え!? 何? 何か言った!?」

「泣か、ない……で」

「っ、ルージュっ! ……わかった、泣かないっ!」

「あつ、い……みず……」

「水だな? わかった。待ってて!」


 リビオはゆっくりと私を自分の体に寄りかからせて、水差しから少しずつ水を飲ませてくれた。

 まだ子どもなのに、看病が意外とうまいな。

 もう少しうまくいかなくて水をこぼすとか、支えるのに苦労するとかすると思ってたよ。


 それからリビオは私をゆっくりとベッドに横たわらせてくれた。


 少しだけ覚束ない手つきではあったけど、十分すぎるほど上手だ。ありがとう、助かったよ。

 惜しむらくはそのお礼も、今は言う元気がないってとこかな。


 その後、ドタバタと慌ただしい気配がしてきた。

 ベル先生とお医者さんが来たみたい。ママやオリドも来たかな? 会話でなんとなく察した。


「じきに……なので、薬を……」

「ありがとう。あとは……」


 たぶんお医者さんと、ベル先生が話しているみたい。

 お薬、飲むのかな。苦くないといいな。


「ああ、とても熱いわ。苦しいわよね。変わってあげられたらいいのに」

「僕もだよ。少しでもルージュが楽になったらいいのにっ」


 ママとオリドの声だ。

 そんなこと言わないでよ。二人が私のせいで苦しんだら、そっちの方がつらいよ。


 はぁ、なんで熱なんか出したかな。無理なんてして……。


 そこまで考えて思い出した。

 そうだ、私……暗黒騎士に連れ去られたんだっけ。


 それで、なんか色んなことが起きた。

 ブルリと大きく身体が震える。


「!? ルージュ、寒いの!? どうしよう、父さん!」

「落ち着くんだ、リビオ。手を握ってあげよう。僕たちが疲れてしまったら意味がないから、交代で。どうかな、みんな」

「わかった! 俺が最初っ! ルージュ、ずっと側にいるからな。だから、安心して休むんだぞ」


 再び手がギュッと握られる。

 リビオの手は力強くて温かかった。


 よかった。暗黒騎士が町に現れたあの時、リビオはどうやら無事だったみたいだね。


 そうだよ、私だってベル先生が助けにきてくれたからどうにか無事なんだ。

 この熱だって、魔力放出によるものだろう。あとは緊張と恐怖と疲れだ、きっと。


 大きな怪我をしたわけじゃない。ベル先生もその様子や周囲の反応からして無事っぽいし。

 ただ、ループしてないってことはノアールも生きてるってことだろうけど。


 何はともあれ、あの後ちゃんと逃れられたんだよね。


 私の居場所がわかるとノアールは言っていたし、本当の意味で安全な場所なんてないのかもしれないけど……。


 はぁ、考えるのも心配するのも全ては後回しだ。


 たくさん心配してくれる家族のためにも、今は安心してゆっくり休もう。


 起きたらたくさんお礼を言うから、待っててね。


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