50 私の人生って、そんなものなの?
リュドミラちゃんが来る日の朝、私はとーっても緊張していた。
今更、仲良くしてもらおうなどとは思っていない。ただ、今以上に嫌われないようにしたいとは思っているから。
「えー、絶対にこっちの方がかわいいのに!」
「私はかわいい服を着なくていいの。今日はオリドとリュドミラちゃんのデートなんだから」
現在、私はリビオの猛抗議を受けている。
せっかく町に行くならそんな地味なワンピースではなく、せめてレースの飾りがついたワンピースにしろと。断固拒否である。
「三人で行くんだろ? だったら三人のデートじゃん! あーっ、俺も行きたかったのにーっ」
「私はさっさと帰ってくるつもりだもん。それに、どのみちリビオは冒険者の師匠と訓練の約束があるんでしょ?」
「そーだけどーっ!」
激しく地団駄を踏みながら私のおしゃれワンピースを振り回すのはやめてくれないか。
今日は着ないけど大切なおしゃれ着なんだから。
「そろそろ時間だから行くよ」
「くそー……あ、じゃあさ、今度俺とデートしてよ! そんで、その時はこのかわいいの着て!」
「……考えとく」
「よっしゃ! 楽しみだなー! 今日もがんばれる!」
行くとも着るとも言ってないのに。
別に行かないとも言ってないけどさ。
でも、あれだけるんるんされちゃうと、ね。前向きに検討してあげよう。
玄関ホールで待っていたオリドと合流し、一緒に馬車に乗り込む。
リュドミラちゃんが泊まっているという高級宿屋に迎えに行く予定なのだ。
同じ町なのでものの数分ほどで目的地に到着。
トマが宿の人に声をかけ、それからまた数分。
リュドミラちゃんのお母様とお付きの人とともに、リュドミラちゃんはやってきた。
今日のためにおしゃれしたのか、愛らしいピンクのワンピースとリボンがとっても似合う。
かわいい。天使かもしれない。
「おはよう、リュドミラ。昨日の夕方に着いたんだってね? 疲れは残っていない?」
「おはようございます、オリドさま。あ、あの。それと、ルージュさま……」
「!」
緊張した面持ちでリュドミラちゃんは私の方を見た。
私にも挨拶してくれた……。
リュドミラちゃんはさらに、顔を真っ赤にして何かを言おうと口を開けては閉め、を繰り返している。
これはもしや、謝ろうとしてくれているのかな?
ひゃあ、かわいい……じゃなくて、真剣に聞かないと。
「おはようございます、リュドミラ様」
「あ……」
なので、私もにっこり笑って挨拶を返す。
ちょっと、そんな顔もできるんだ? って顔で見ないでよオリド。
できるよ。やろうと思えば私にだって。
一方、リュドミラちゃんは真っ赤になった顔を今度は青ざめさせてしまった。
えっ!? もしや、怖がらせちゃった!?
「ル、ルージュさま、あの、その。この間は、ごめんなさいっ!」
おろおろしていると、リュドミラちゃんは思い切り頭を下げて謝罪の言葉を口にしてきた。私はさらに慌ててしまう。
いや、だって。こんなにも必死に謝られるとは思ってもいなかったから。
「わたし、ひどいことを言ってしまいました。かってに、やきもちをやいてしまったのです。ルージュさまは、あんなにやさしい言葉をかけてくださったのに」
……優しい言葉、かけたっけ?
オリドはリュドミラちゃんだけの王子様とか、ずっと仲良しでいてね、という勝手なことしか言ってない気がするんだけど。
「あの、わたし……ずっとあやまりたかったんです」
「リュドミラ様……」
いや、今はそんなことどうでもいい。
これは、周囲の大人に言われたから謝っているんじゃない。
リュドミラちゃん自身が、謝りたいと思って言ってくれてるんだ。
すごくいい子すぎる。じーんときた。泣きそう。
「リュドミラ、でいいです。あの、あの、わたし、ルージュさまと、なかよしになりたいんです……」
「い、いいの?」
「はい! ……でも、いじわるを言ったのはわたしだし、いやかもしれないけど」
「嫌なんかじゃないよ! 私も、リュドミラちゃんと仲良しになりたい!」
思わずぎゅっとリュドミラちゃんの両手を握りしめると、泣きそうだった彼女の顔が一気にぱぁぁっと笑顔になった。ま、眩しい!
「う、うれしいです! ほんとうに、ごめんなさい。これから、よろしくお願いします!」
「うん、うん。私の方こそよろしくね! ルージュって呼んでいいからね!」
や、や、やったーっ!
諦めていたけど、今回の人生でもリュドミラちゃんとお友達になれる!
「仲直りできたみたいだね」
「はい! ありがとうございます、オリドさま」
どうしよう、本当に嬉しい。
そうだよね。ループはしたけど、リュドミラちゃんが優しくて素直な子なのは変わらないんだ。
決めた。今後のループ人生でも、リュドミラちゃんを諦めないって。
私が真剣に向き合えば、リュドミラちゃんも歩み寄ってくれるってわかったから。
怖がることなんてないんだ。
ああ、前の人生と今回とで学ぶことが多いなぁ。
これはずっと大切にしていきたいな。
「じゃあ、町に行こうか」
「はいっ、ルージュさまも……」
おっと。このままでは三人でのデートになっちゃう。
いや、もともとはその予定だったんだけど……リュドミラちゃんと仲良くなれたから、当初の目的は達成されたのだ。
「ううん、私はここで帰るよ。せっかくの機会なんだから、二人きりでおでかけしたら?」
私がそう提案すると、二人揃ってボンッと音が出そうな勢いで顔を真っ赤にしちゃった。
初々しいね、癒やされるね。
「リュドミラちゃん、お手紙書いていい?」
「わ、わたしも書きます!」
「うん、楽しみにしてるね。それと、次に会うときは私と遊ぼ」
「はい!」
こうして文通相手ができたところで満足した私は、二人とお供たちを見送った。
私にはサムがついていてくれているので、帰りは馬車じゃなくてのんびりお散歩しながら屋敷に帰ろうっと。
サムにそう指示を出していると、そっと背中に温かな手の感触がして振り向く。
「ルージュ様、リュドミラを許してくださってありがとう」
「ペリエ夫人……いいえ、私もリュドミラちゃんと仲良くなりたかったので」
リュドミラちゃんのお母様、ペリエ夫人は嬉しそうにふんわり笑って、私の頭を撫でてくれた。
ママに撫でられた時みたいに心がぽかぽかする。やっぱり、世の中のママってみんなこうなのかな?
「オリド様がいない時でも、いつでも遊びにいらしてね。おいしいケーキを用意して待っていますから」
「ケーキ……! じゃなくて、あ、ありがとうございます」
ペリエ夫人はふふっと笑って楽しみにしているわね、と穏やかに言ってくれた。
※
あぁ、いい天気。
リュドミラちゃんと仲良くなれたし、今日は特にいい日だ。
帰ったらまた魔法陣の書き取りをしてしっかり覚えないと。
それを思うと憂鬱にはなるけど、いいことがあったからがんばれそう。
────だけど、良いことがあった時ほど事件は起こるものだ。
私の人生は、そういうものなのかもしれない。
突然、町中にけたたましい警報音が鳴り響いた。
これは、外敵が町に近付いている時の警報音。
とはいえ、滅多に鳴ることはない。
警報音が鳴るほどということは……。
冒険者たちが対応しきれないほどの危険が迫っているということだ。
「ルージュ様、急いで屋敷に戻りますよ!」
「う、うん」
サムに守られながら、屋敷への道を走る。
先に馬車を帰してしまったことを後悔しかけたけど、町中の人たちが混乱して走り回っているからむしろ良かったのかもしれない。
オリドとリュドミラちゃんは大丈夫かな。二人もエルファレス家に向かっているかも。
ペリエ夫人は? 高級宿屋だから安全は守られるかもしれないけど、きっとリュドミラちゃんのことが心配で仕方ないだろうな。
心臓が早鐘を打つ。嫌な音だ。
嫌でも前の人生が終わった時のことを思い出してしまうから。
魔塔のある町に、ヤツが襲撃してきた時のことを。
あ、待って。今日もリビオは冒険者の師匠と訓練をしに行ってて……。
間違いなく、前線にいる。
違うよね? 違うといって。
でも、すごく嫌な予感がひしひしと……。
ううん、弱気になっちゃだめ。今回は師匠もいるだろうから、前みたいなことにはならないって信じなきゃ。
私も、実力を隠している場合じゃない。
魔法を使って一刻も早く問題の元へ……。
魔力を練ろうとしたその時、フッと影が落ちた。
今日はいい天気だったはずなのに、突然の影。
「っ、ルージュ様っ!!」
そこからは、まるで時間がゆっくりと流れているかのようだった。
サムの叫び声とともに顔を上に向けると、真っ黒が迫っていて────
《見 つ け た》
低く、背筋の凍るような声とともに真っ黒な手が伸びてくる。
あ、これ。
死んだわ。
暗黒騎士を前にして、私は冷静にそんなことを考えていた。