49 いいってことよ、これはエゴだから
それから私はすぐに、ドゥニの魔法陣を使って魔力を減らしてもらった。
ドゥニは初めて自分が作った魔法陣を起動させることができて大興奮。
あー、確か前の時もこんな反応だったっけ。今のドゥニの姿を見ていたら思い出したよ。
「じゃ! 改良したらもう一度試してもらうよ! 今度は減らす魔力量を調整できるようにしておくからさ!」
「うん、またよろしくね」
確か前回も、ドゥニの下へ訪ねる度に改良版魔法陣を使わせてもらっていたっけ。
完成版を見せてもらう日はついぞ来なかったな……。
性能としては五回目くらいでもう完成といっていいレベルだったのに、ドゥニが細かい部分にこだわるから全然完成しなかったんだよね。
魔法陣自体の美しさがどうのとか、もう少し発動までの時間を短くできないかとか、魔力の流れをいかにスムーズにするかとか、悪用されないような仕掛けとか。
つまり待っていてもキリがない。
初回の魔法陣でも問題なく魔力は減らせるし、大きく変わることはないからまずはこの魔法陣を覚えたいんだけど……。
図案の見本はもらえない、よねぇ?
これはドゥニの研究成果だ。おいそれと渡すわけがない。
なんて思っていたんだけど。
「別にいいけど。結構複雑だから覚えるのは難しいぞ」
「え、い、いいの?」
あっさり手渡されてしまった。
いいの!? ねぇ、その感覚で大丈夫!? 悪い人に利用されない!? すごく心配なんだけど!
「ダメな理由がないだろ? 言っておくけど、そう簡単に使えるような魔法じゃないからな、これ」
「それはわかるけど……魔法陣があれば使えちゃうじゃん」
そりゃあ魔力を込めるのにもコツはいるし、何度か失敗はするだろうけど。
元となる魔法陣さえあればいつかは使えるわけだし、おいそれと渡しちゃダメだと思う。
だと言うのに、まるで私が変なことを言ったかのように微妙な表情を浮かべるのはなぜ。
「天才の発言だな、それは」
「え」
なんでも、この魔法陣はかなり難解な術式になっているという。
大多数の魔法使いはこれを見た瞬間、発動させるのは絶対に無理だと諦めてしまうらしい。
少なくとも、魔塔にいる魔法使いで使えそうだと言った者はベル先生以外にいないという。
そ、そうなんだ?
確かに魔法陣が他のものより複雑だとは思っていたけど。
「使えちゃう、とあっさり言うってことは使える」
「いや、でも。試したこともないからわからな……」
「絶対に使える。だって、ルージュはまさか使えないとは思ってもいなかったろ」
魔法使いの勘は当たる。
そして私は確かに、がんばれば使えるだろうと思った。
おかしいな。私は魔力が多いだけで、特別魔法の才能があるってわけではないんだけど。
「なんで使える気がしたんだろ……」
「んー、ルージュは魔力に干渉する魔法と相性がいいのかもな」
あ、もしかして。ループを繰り返すことでたくさんの魔力に触れ続けていたから、かな?
そう考えれば納得できなくもない。
どのみち、この魔法が使えるなら私としては助かるわけだし、喜ぶところかもね。
「ベルせんせは、使える?」
ちらっと離れた位置で見守っていたベル先生に魔法陣を見せながら問うと、にっこりと笑顔を返される。
ベル先生の代わりにドゥニが質問に答えてくれた。
「ベルナールに使えない魔法なんてあるか?」
愚問だった。
そういえばさっきだって、うっかり使うのは仕方ない、みたいなこと言ってたよね。
私が使える前提で話していたのは、ベル先生の感覚で使えない魔法はないからだ。
「魔法使いなら全員が、どの魔法も当たり前に習得できると思ってるようなヤツだぞ」
やっぱりか。天才って、そういうとこあるよね。
できて当たり前、みたいな感覚をナチュラルに周囲に押し付けるっていうかさ。
「ベルせんせの近くでべんきょーしてたから、私も魔法陣があればどんな魔法も使えるんだと思ってた」
「……」
私がポツリと呟くと、ドゥニはベル先生に向けていた呆れたような視線を今度は私に向けてきた。
「な、なに?」
「……普通、感覚で無理だとわかるんだが。ベルナールがどれだけ規格外かってことも、側にいるやつほど実感するはずだぞ」
あ、れぇ?
「天才の子は天才ってことか」
「べ、ベルせんせとは、血は繋がってないよ」
「じゃあ、天才は天才を引き寄せるんだな。よく理解した。今後は天才だと思って話を進める」
「私は天才じゃないもん」
「自覚がないタイプだな。了解」
「ちょっと、納得しないでよ」
新しい魔法を生み出すドゥニみたい人が天才なのであって、私は凡才だし。
魔法が使えるなんて知らない年月を、私がどれだけ過ごしてきたと思ってるのさ。
「なんにせよ、悪用さえしなければ好きに使っていい。……悪用しないよな?」
「しないよっ」
ドゥニが私のことをなんだと思っているのか問い詰めたいし納得もいかないけど……身の危険を回避する手段を得られたわけだし、ここは黙って見過ごそう。
私は天才なんかじゃないし。ふん。
※
それからは、ひたすら魔法陣の書き取りをする日々が続いた。
五歳児の腕は限界がくるのも早い。
脳の容量も悲鳴を上げている気がする。
いらない情報ばっかり増えているからだよね。
ドゥニの変態エピソードとかに脳の容量使うなら、魔法陣を一つでも多く覚えておきたいのに。
しかしままならない。好きな記憶だけを選んで覚えておけたら最高なのになぁ。
はぁ、泣き言なんて言ってられないね。
次のループでこの魔法陣を使えるようになるためには、今回の人生で必死こいて覚えるしか道はないのだ。
とても五歳児らしからぬ毎日を送っていたそんなある日のこと。
魔法陣のことが頭から吹き飛んでしまうほどの話をオリドから聞かされた。
「えっ、リュドミラちゃんが?」
「うん。僕もびっくりしたんだけど……本人からの手紙に書いてあったし、間違いないよ」
なんでもリュドミラちゃんがこの町に遊びに来るとかで、その際にオリドと私の三人で町を見て歩きたいと提案されたのだそうだ。
「あ、もしかしてリビオとのことを伝えたの?」
「いや。えっと、リビオがルージュのこと大好きって話はしたかな。ルージュはどう思ってるかわかんないって伝えた。結婚するかも、とかは……やっぱり騙しているみたいで気になっちゃって」
うーん、誠実。これだからオリドは紳士なのだ。
でも、それならどうして私も誘ったんだろう。
町歩きしたいなら、オリドと二人でデートしたいだろうに。
「まさかオリド、手紙に私をフォローするようなことを書いたりした……?」
「書いてないよっ! ルージュが絶対にやめろって言ったんじゃないか」
「そうだけど、こっそり書いたり」
「してない! あの一件があってから僕も反省したんだよ? ルージュの言うことを聞いた方がいいって僕も納得したし」
ふむ。ますますわからない。
あれからリュドミラちゃんの心境が変わるような何かがあったのだろうか。ちょっと心配だな。
「リュドミラちゃんは、どうして私も一緒にって思ったのかな。手紙には書いてなかったの?」
「詳しくは書いてなくて。でも、ルージュに謝りたいって書いてあったよ」
「えっ、謝る?」
「あの時は、令嬢らしからぬ言動だったからって」
わずか五歳の子がそんなこと気にするなんて……!
たとえばそれが大人からの助言だったとしても、それを素直に聞き入れて実行しようとするところがえらいよ!
気に入らない相手に謝ろうとすること自体が素晴らしい。リュドミラちゃんは幼くして立派な貴族令嬢だ。やはり推せる。
なら、私はそのがんばりに報いるべきだよね。
リュドミラちゃんのけじめとして必要なのかもしれないし。
謝罪の言葉を聞いてすぐに撤退。あとはお若い二人でデート楽しんで。これだな。
「わかった。様子を見てすぐ帰れるようにしておくね」
「なんか、ごめん」
「謝っちゃだめ。リュドミラちゃんを第一に考えなきゃ」
なんといっても私の推しカップルなんだから。
できることなら将来結婚して、エルファレス家で幸せにがんばる二人を見たいと思ってる。
そのためにはループを断ち切りたい。
少しずつでも原因を探って、その未来を掴むためにがんばるんだ、私は。
「本当にありがとう、ルージュ」
いいってことよ。
勝手に罪悪感を覚えて、少しでも何かしたいっていうのは私のエゴだし。
だからさ、そんなに申し訳なさそうにしなくてもいいんだよ、オリド。
それに、いい加減魔法陣の書き取りにも飽きてきたところだし! 気分転換も大事だからね!