48 価値観が違いすぎる
ベル先生に説明してからひと月ほどが経過した。
その頃には魔塔の仕事もだいぶ落ち着いたようで、ベル先生が屋敷に帰ってくる日も増えている。
おかげで私は毎日のようにこれまでの人生について聞かれる日々だ。話す時間がなかなか作れないと思っていたあの頃が懐かしい。
とはいえ、これまで誰にも話すことができなかった昔話(?)を話せるというのは私としても助かる。
黙っていても問題ないと思っていたけど……話してみると気持ちが楽になることを知った。
ベル先生は聞き上手でもあるから、なんでも話しちゃうんだよね。聞き上手というより、聞き出し上手なのかも。
余計なことまで話してしまいそうになるけど……ここまであれこれ知られた今、隠さなければならないことは何もない。
しいて問題点をあげるなら、今後のループ人生で「今のベル先生にはどこまで話したっけ?」と混乱してしまいそうなところかな。ま、その時はその時だね。
さて、今日はエルファレス家にあまり招きたくない客人が来ている。
「君がルージュか。かわいいなぁ、オレと付き合」
「死にたいのかい?」
「えー、娘もダメなのか? 奥さんには何も言わなかっただろ」
「言ってたら君は今ここにいないよ」
「ベルナールは本当に狭量だな。女性を褒めるのがそんなにいけないのか」
「君のは褒め言葉の域を超えているんだよ。何度言っても理解できないのなら、黙っているのが他種族との円滑な交流に繋がると思うね」
「ふむ、一理あるな。気を付けよう」
はは、安定の変態ぶりだね、ドゥニ。
懐かしいと感じるより先にそんな感想が出てきてしまう。
なお、玄関ホールで出迎えているママは感情の読めない笑みを浮かべており、オリドとリビオはドン引きしている。
私? 冷めた眼差しで出迎えているよ。
言わずもがな、一番怖いのはママだ。生きて屋敷を出られるといいね……。
色んな意味の込められた視線を浴びながらも、ドゥニはご機嫌な様子で私に近付いてくる。
全く動じていないのが本当にすごいよ。ママや双子がピリッと警戒する気配を感じた。
「早速、別室で詳しい話を聞かせてくれ。わざわざオレがここまで来たんだ。期待通りだと嬉しいが」
ドゥニは私の身長に合わせて軽く屈むと、開口一番にそんなことを言ってきた。
相変わらず遠慮というものがないし、遠回しにやんわり伝えるなどという繊細なことはできないらしい。
双子がさらにピリピリしてるなぁ。まぁまぁ落ち着いて。ドゥニに悪意はないんだよ。
これは言うなれば価値観の違いだ。エルフという種族は、わりと遠慮のない性格をしている傾向があるんだと思う。
他のエルフに会ったことがないからわからないけど。
違ったらごめんなさい、エルフの皆さん。全てはドゥニが悪いんです。
というわけなので、こちらも遠慮はいらない。
「そちらこそ、私の期待通りだったらいいんだけど」
「おぉ、この台詞を聞いて怒らない人間は珍しいな」
怒らせる自覚があったんかい。
わかっていて自分の態度を変える気がないんだ……。まったくもう。
「やっぱりルージュはいい女だ、オレと」
「はい、移動!」
「えっ、今のもダメなのか?」
再び口説こうとしてきたドゥニの言葉を遮ったのはベル先生だ。
ダメに決まってるでしょ。五歳の幼女に向かっていい女とは言わないよ、普通。
エルフの……いや、ドゥニの感覚どうなってんの。
そろそろママが噴火しそうだし、ベル先生英断。
「ルージュ。何かあったらすぐに叫ぶのよ?」
「し、心配すぎるんだけど! 俺も一緒に行こうか?」
ママとリビオが私の肩を掴みながら心配顔で声をかけてくる。
逆の立場だったら私も同じことを言いそうなので気持ちはわかるけどね。内容が内容だけに同席させるわけにはいかない。
「大丈夫。いざとなったら、ベル先生に助けてもらう」
「もちろんそうしてもらうけれど、何かに集中するとベルナールもあてにならないから」
「カミーユ! もっと僕を信用してくれてもいいと思う! ルージュには指一本触れさせないから安心して!」
必死なベル先生だけど、ママは相変わらず疑わしげな目をしたままだ。
「魔法使いって変な人ばっかりだもんね。効率的だとか良案だと思ったら周りが見えなくなるし、すぐに突っ走るから安心できないんだよ。父上、心当たりがあるでしょう?」
「オリド……君はどうしてそんなに賢くなってしまったんだろうね」
ガックリと肩を落としたベル先生の背中をぽんと軽く叩く。
オリドの言葉を否定できないってことが全てを物語っているよ、と。
※
ママたちにはとても心配されたけど、なんだかんだ言ってベル先生を信じる方に天秤が傾いたのだろう。
私、ベル先生、ドゥニの三人だけでベル先生の執務室へとやってきた。
これから魔法について話をするということは知らされているし、魔力を持たない自分たちがいては邪魔になると考えてくれたのだろう。
ママたちの気遣いに報いるためにも、私は無事に今日を乗り越えるしかないのである。別に危険なことは何もしないけど。
「さ、本題に入ろうか」
部屋の扉が閉まるやいなや、ドゥニは早速そう切り出した。
内心ではずっとそわそわしていたのかもしれない。
開発した魔法陣を試すことができるまたとないチャンスだもんね。
「ねぇ、本当に魔力を減らしたいの? ベルナールが適当なこと言ってるだけとかじゃない?」
わかったから、その両手の指をわきわきさせる動きはやめて。身の危険を感じるから。叫ぶよ? 叫んじゃうよ?
「失礼だな。僕は無駄に期待させるようなことは言わないさ」
「それはそうだが、本人に確認するまでは信用したらダメだろ」
「それはそうだな」
なんだか似てるよね、この二人。
まあいい。話が進まないからはっきり答えてあげよう。
「本当に魔力を減らしたいと思ってるよ。魔力が多すぎて身の危険を感じるから。確認のために、私の魔力を調べてみてよ」
「お、いいのか? ではお言葉に甘えて」
さすが遠慮のないエルフ。「いいの?」などのワンクッションもなくあっという間に私に向かって手をかざすと、流れるように魔力を調べ始めた。
すでにわかっていたから動じないけど、最初はびっくりしたっけ。それすらも懐かしいな。
「んっ、これはすごい。え、これはマジですごくないか? やばいぞ?」
「やばいんだよ。最初からそう言ってあったよね?」
「だって、ベルナールの言い方って本気なのか誇張して言ってるのかわかりにくいだろ」
「僕はいつだって本当のことしか言わないのに。どうしてみんな素直に聞いてくれないんだろうね?」
「まさか本当にベルナールを超える魔力量だとは思わないだろ。いつもさらっと言うし、聞き流すのも当然だ」
「必死になって言えばよかったのかい?」
ベル先生が必死になる、か。胡散臭さが増すだけな気がする。
言わないでおこう、また泣かせちゃうかもしれないし。
「とにかく、ルージュが魔力を減らしたいという理由はわかった。でもまだ余裕があるように思えるが? 魔力を増やそうという努力をしたとしても、限界は超えないぞ。それでも減らしたいのか?」
その点についてはすでに良い言い訳を考えてある。
私は一度頷いてから口を開いた。
「私、細かい魔力操作が得意なの。多すぎる魔力はむしろ邪魔なんだよね」
「え、もったいない。それだけ魔力があったら力でごり押しする方が楽だろ」
「ごり押しするには向かない魔法使いなんだよ、私は」
聞くより見せた方が早いかな。
そう思ってドゥニの手足に時止めの魔法を使ってみせた。
部分的に魔法をかけるのには精密な魔力操作が必要だ。
そうと知らずに無意識にできてしまうのは、私がゴリ押しではなく魔力操作する使い方に向いているという何よりの証拠。
たくさんの魔力は必要ないという理由に説得力が増すはずだ。
「時魔法か。ある程度の魔力量は必要だが、確かに多すぎると難しいだろうね。こういう使い方ができるとは実に興味深い」
動かなくなった手足をじっと見つめる様子に焦りはない。
むしろプレゼントを前にした子どものように目が輝いている。
動きが封じられたというのに喜ぶ図がなんとなく気持ち悪くて、私はすぐに魔法を解除した。
「ちょ、ちょっと待ってルージュ。僕は君が時の魔法使いだって聞いてないんだけど!」
あれ、言ってなかったっけ?
そういえば、魔法が使えるってことしか言っていなかったかも?
「今、見せた」
「……そうだね。うん、そうだ。僕も聞かなかったし。しかし、ルージュは魔法を使うのが上手だね……?」
ベル先生が珍しく歯切れの悪い反応を見せつつチラチラとドゥニに視線を向けている……?
……はっ。
そうだよ、ドゥニは私のループ事情を知らないんだから、幼女があっさり魔法を使いこなしていたら不審に思うんじゃ……!
幼女の私って本当に迂闊。ベル先生に話したから余計に気が緩んでいたかも。
「なるほど、なるほど。あ、減らす方の魔法陣はもうできてるぞ。一度も使ったことがないから何とも言えないが、理論上は完璧だ」
「「……」」
「ん? なんだ? 二人して変な顔でこっち見て」
どうやらドゥニは、幼女が魔法を使いこなせるという事実を不思議には思っていないみたいだ。
幼かろうがなんだろうが手当たり次第に口説いてくる人だし、本気で年齢感覚が私たちとは違うのかもしれない。
もしくは、エルフならこのくらいの見た目年齢でも魔法を使うのが当たり前、とか?
まあいい。変に追及されずに済むならこのまま流しておこう。
「……なんでもない。あの、その魔法陣って覚えれば私にも使えるかな?」
「ん、可能かどうかで言えば可能。だが、許可が下りないだろうからそういった意味では不可能だ」
なんでも、新しい魔法を開発した場合は魔法協会に報告する義務があるのだそう。
誰がどういった理由で開発したのか。それが認められない限り世に出回ることはないんだって。
いまいちドゥニの言ったことが理解しきれずに首を傾げていると、ベル先生が代わりに説明してくれた。
「魔力を減らす魔法だなんて悪用されかねないから。たぶん使用許可は下りないだろうね」
「一応オレは、同時進行で魔力を増やす魔法の研究もしてる。が、こっちは思うようにいかない」
なーるほど。確かに、減らしたら元には戻らない魔法を簡単に使えるようになられたら世の中は大混乱だ。
対処法とも言える増やす魔法もないと認めてもらえないのは当然といえば当然だね。
「減らしすぎも増やしすぎも危険な行為だ。万が一許可が下りたとしても使用制限は付くだろう。一生どこにも出回らない魔法陣になるかもな」
「……それがわかっているのに、ドゥニは研究しているの? 功績にならないかもしれないのに?」
「功績にならないことが何か問題なのか?」
あ、価値観が違うんだった。ドゥニは己の好奇心だけで研究しているんだよね。
「ルージュ。確かに許可は下りないかもしれないけれど……うっかり覚えてしまった魔法陣を、誰にも見つからない場所でうっかり使ってしまうのは仕方ないと思うよ」
……つまり、覚えてもいいけどバレずに使えよってことね。りょーかい。
この先、ループした先で必ずドゥニに出会えて、教えてもらえるとは限らないもんね。
これは私の命を繋ぐ魔法でもあるんだから。
悪そうな笑みを浮かべてウインクするベル先生に、またしても借りを作ってしまったな。
いつかどこかで、お返しできたらいいんだけど。




