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47 先の見えない不安はいつだって同じ


「急に顔色が悪くなったね」

「え」


 目の前に心配顔のベル先生が現れてハッとする。

 そんなに顔に出てたかな……これだから五歳の体は。隠し事をしてもすぐに顔や態度に出てしまう。


「一人で抱え込まないで話してごらん。パパがなんでも解決しよう」

「……解決は、できないと思う」

「いいや、できるさ。解決って何を指しているかわかるかい? ルージュが笑顔になることさ」


 私を励まそうとしてくれているのだろう、ベル先生は茶目っ気たっぷりにそう言った。


 もう、敵わないな。おかげで少し気が抜けたよ。

 解決はできなくても、相談することで糸口は見つかるかもしれないしね。

 少なくとも、私一人で抱え込まなくてもいい。そのためにこうして打ち明けたわけだし。


 でも、前のループ直前のことを伝えるのは勇気がいる。ベル先生にとっても、あまり聞きたくはない内容だろうし。


 ええい、腹を括れ。


「あ、あのね」


 私は、これまでのループ人生について一つずつ語った。


 最初の方はもうほとんど覚えていないこと、それ以降はずっと同じような人生を延々と繰り返していたこと、前の人生で初めて自分に魔法が使えることがわかったこと、ベル先生たちに会えたこと。


 それから前回、急にこれまでと違った事件が起きたこと。


 ずっと黙って話を聞いてくれていたベル先生だけど、さすがにリビオが大怪我をした話をした時には眉間にシワが寄っていた。

 そりゃあそうだよね。愛する息子が傷つく未来なんて聞きたくないはずだ。


 一通り話終えた後、ベル先生はふむ、と腕を組んで呟いた。


「暗黒騎士か……」

「ベルせんせも、知ってる?」

「もちろん。でも、直接お目にかかったことはないな」


 あれ、意外。てっきり対峙したことがあるかと思ってた。


「ルージュは、僕が勇者パーティーにいたことは知っているんだっけ。最後の戦いに向かう前に抜けてしまったのだけど、それまでの間に暗黒騎士と戦ったことはなかったよ」


 ああ、そうだった。ベル先生は勇者パーティーの最後の討伐の旅には行けなかったんだっけ。

 オリドとリビオの出産が間近だったからね。


「勇者たちは、最後の旅で戦ったのかな……」

「昔の仲間たちに聞けばわかると思うけど……」


 当時は勇者が敗れた事実を受け止めるのに必死すぎて、魔王戦以外は詳しく聞けていないのだそう。


「ただ。もし対峙していたら全員この世にいなかっただろう。それが答えかもしれないな」

「あ……」


 暗黒騎士についての情報は、今も驚くほど少ない。


 なぜなら、ヤツを見た者はほぼ全員殺されてしまうから。


 魔王が勇者パーティーと戦っているというのに、四天王や力のある魔族が加勢しないわけはないだろうけど……魔族って人間より個人主義で薄情だって聞いたこともある。


 暗黒騎士が最後の戦いの場にいなかったとしても不思議ではない。

 実際、四天王の一人がその場にいなかったってことは明らかにされているしね。


「まぁ、そっちは僕の方で確認しておこう。で、暗黒騎士が魔塔の近くで大暴れ、その結果リビオが大怪我をしたんだね?」

「……うん」

「そっか。……つらい経験をしたね、ルージュ」


 ぽんと頭に手を乗せられて、思わずうるっとしてしまう。


「ううん、つらかったのはリビオだし、ベルせんせだったよ」

「ルージュだってつらかったろう。それに僕は覚えていないから」


 涙が溢れないように俯いていたら、今度はギュッと抱き締められた。

 ベル先生の胸はとても広くて、あったかい。


「想像だけで胸が張り裂けそうだ。ルージュの痛みをきちんと理解してあげられない自分が歯痒いよ」


 ベル先生は、本当に私を泣かせるプロだな。

 でも、今回ばかりは泣き喚いたりしないんだから。


 私はベル先生のシャツをギュッと握りしめて、泣くのを我慢しながら伝えた。


「私が、怖いと思ってるのは……これまで一度もこんなことがなかったってことだよ。暗黒騎士みたいな強い敵が、この町近くに現れることはなかった。少なくとも、私が十八歳になる直前までは」

「つまり、急に未来が大きく変わったってことか」


 この事実は無視できない。胸騒ぎがするし……。

 私は何か大事なことを見落としているのかな。


 そんな私の見落としは、ベル先生があっさり教えてくれた。


「そうなると、ルージュのループに暗黒騎士がなんらかの形でかかわっている可能性が高いね」

「……え?」

「だってそうだろう? ルージュがこれまでと違う動きをしたから、暗黒騎士が現れた。そう考えるのが妥当じゃないかな?」

「それ、は」

「もちろん違うかもしれない。でも、可能性は浮上した。違うかい?」


 私が原因だなんて考えたこともなかった。


 ループの呪いをかけられた人が原因だって思って疑っていなかったし、今もその可能性の方が高いって思ってる。


 でも……、うん。

 確かに、私が原因だと考えると辻褄が合う。


「もしかすると、ヤツが呪いを受けている張本人かもしれないね。何度も人生を繰り返しているルージュの知らない動きをするということは、そういうことじゃないかな」


 ざわっと肌が粟立つ。


 暗黒騎士が、ループの呪いをかけられている……?

 私は、アイツの呪いに巻き込まれているっていうの?


 ……本当に頭の回転がはやいな、ベル先生って。


 というか、そこに思い至らなかった私がポンコツだ。

 暗黒騎士なんてもう二度と見たくもない、そういう恐怖心が、無意識に考えないようにしていたのかも。


 まったく、情けない話だよね。


「全ては推測だよ、ルージュ。頭の片隅に置いておくだけでいいんだ。だけど、今回もまた予想のつかないことが起こると思っていた方がいいね。これはいよいよ、のんびり構えていられないな」


 ぽんぽんと今度は背中を優しく叩き、ベル先生はようやく私から身体を離す。


 ふと顔を上に向けた時、一瞬だけ険しい顔をしているのが見えたけど、ベル先生はすぐにいつものにっこり笑顔になって私を見下ろした。


 私が不安そうな顔をしていたからかもしれない。


「魔王討伐の件は、元々水面下で動いていたんだよ。けど、ペースを上げないと」

「ベルせんせ……」

「大丈夫。危険だとわかっているのなら心構えができる。ルージュのおかげで今回は対策が取れるんだよ」

「でも」

「いいかい、ルージュ」


 いつもだったらちゃんと私の話を聞いてくれるけど、今はそれを遮る勢いでベル先生は言う。


「人生とは、何が起こるかわからないんだ。何度もループを繰り返していても、そうなんだろう?」

「それは……うん」


 人生は何が起こるかわからない。本当にそうなんだよ。

 大まかに起きることはわかっていても、ほんの少し誰かの動きが変わるだけで未来はあっさり変わってしまう。


 先の見えない不安は、いつだって同じなんだ。


「一つ一つ、解決していこう。まずはルージュの魔力を減らすところからかな。近いうちにドゥニを屋敷に呼ぼう」


 ああ、それもあった。

 今の研究段階ではまだ魔力を減らす魔法陣ができているかな? 前に初めて会ったのは十歳だし、まだ五年も先だ。


 あの時はすでに魔法陣ができていたって話だけど……今はどうだろう。


 心配はそれだけではない。


「……ドゥニが魔塔から出て来るかな?」

「……魔力を減らしたい子がいるといえば、飛んでくる、と、思う」

「自信はないんだね……」

「ドゥニだからなぁ。それに本当は屋敷に呼びたくないんだけど、背に腹は代えられない」


 魔塔の主として、さすがに五歳の幼女を魔塔に連れて行くわけにはいかないよねぇ。

 今思えば、前の時だって十歳がギリギリだったんじゃないかなって思うし。


 あの時でさえ驚かれたんだもん。五歳で魔法が使えるって知れたら……研究好きな魔法使いたちに囲まれる。絶対。それだけは嫌。


「……ママのことも口説きそうだもんね」

「その時はヤツの命日さ」

「わぁ」


 話をしていたら、なんだか懐かしくなってきたな。

 ドゥニの口説き癖には困ったものだけど、おかげで思わずクスッと笑っちゃった。


「よし、笑顔になったね。ほら、解決しただろう? さすがパパと言ってくれてもいいんだよ」


 私が笑うと、ベル先生が喜ぶ。

 これも変わらないね。


 不安は尽きない。怖いし、私はまだ向き合う勇気が持てていない。覚悟もない。


 だけど、きっとなんとかなるって思わせてくれる。


「ほーんと。さすがだよ、パパ」


 ニッと笑ってパパと呼んであげると、ベル先生は驚いたように目を見開く。


 それから数秒後に頬を赤く染めて、嬉しそうにふにゃりと笑った。



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