45 やっぱりこの人には敵わないんだよなぁ
翌朝、先に目覚めた私はベル先生が自然に起きてくるまでひたすら待った。
昨晩、寝支度を終えてベッドに行ったらすでにベル先生が死んだように眠っていたんだよね。寝かしつけるまでもなかった。
本当はあのあと自分の部屋で寝ても良かったんだけど……目覚めた時にいなかったら延々と愚痴を言われると思って。
仕方なくベル先生のお布団に潜り込んで眠ったはいいものの、この様子じゃ自分の部屋で寝ててもバレなかったな。
まぁいい。誰かと一緒に寝るのなんてなかなかない機会だったし、正直私もビックリするほどよく眠れたから。
人の温もりって安心するんだね。安眠効果、すごい。
アニエスに手伝ってもらいながら朝の支度を整え終えた後も、ベル先生は一向に目覚める気配がなかった。
え、生きてる……?
ベッドに駆け寄りベル先生に近付くと、呼吸に合わせて胸が上下に動いているのを確認。よし、生きてる。
「そろそろ朝ごはんだよね、アニエス」
「ええ。先に召し上がりますか?」
「んー、でも」
「自然に起きるのを待っていたら、恐らく夜になりますよ」
「えっ、そんなに起きないの?」
どうやら、ベル先生がこの状態になるまで疲れ切った時は本当に一日中眠ってしまうらしい。
寝かせておいてもいいが、できれば食事も摂ってもらいたいとアニエスが困った笑顔で言うのでがんばって起こすことにした。
確かに前に見た時よりも痩せて見えるしね。寝るのも大事だけど食べるのも大事だ。
「ベルせんせ」
……反応なし。
ほっぺをつんつんしても、胸に両手を置いて揺さぶっても、一向に起きない。眠りが深い……。
どうしようかなー。今はこのまま寝かせておいて、お昼ごはんの前に起こしに来た方がいいのだろうか。
別に話は夜でもいいしね。五歳児の体力を考えて、うっかり睡魔に負けないようにお昼寝でもしようかなぁ。
すやすや眠るベル先生を見下す。綺麗な顔だなぁ。
つん、と最後にほっぺをひと突き。
「ねぇ、ベルせんせ。私まだ魔力測定してないんだけど大丈夫かな?」
特に聞かせるつもりもなく、自嘲気味にぽつりと呟く。
すると、これまでピクリとも動かなかったベル先生が反応した。えっ、今?
「ん? んー……そく、てい」
目は閉じたまま、もぞもぞと動き始めたベル先生は右手だけど布団から出すと私の胸の前で手を翳した。
かと思ったら、あっという間に全身を温かな魔力が駆け抜ける。
ちょ、ちょっと待って。まさか寝ながら魔力測定してる?
「……測定不能。とても多い。魔法使いの素質、超有り……」
「それでいいんだ……?」
もはや病気だ。職業病。仕事のしすぎ。
だからこそ、あれほど疲労困憊でも仕事をこなせていたのだろうけど。
さすがは魔塔の主。天才怖い。でも無理はやっぱりダメだと思う。
再び右手を布団の中にしまい込んで丸くなったベル先生は、むにゃむにゃ言いながら再び夢の世界へ。
なんだったんだ、と呆れた目を向けていた時だ。
「……測定不能!?」
「うわっ、びっくりした」
急にベル先生がものすごい勢いでガバッと跳ね起きた。今、二度寝をきめようとしてたよね?
「誰だい!? 僕よりも魔力保有量の多い子はっ! ……あ、ルージュ?」
「おはよ、ベルせんせ」
慌てて周囲を見渡すベル先生と目が合ったのでとりあえず朝の挨拶をすると、ベル先生は大きなため息を吐いた。
「ルージュだったんだね。それなら納得だ。いやぁ、驚いた。一瞬で目が覚めたよ。起こしてくれてありがとう」
別に今は起こす意図なんてなかったんだけどね。つくづく予想外のことをする人だよ。
ベル先生は両手を上にあげて一度伸びをすると、すぐにベッドを下りた。寝起きは悪くないらしい。
ただ、そのまま流れるように服を脱いで着替え始めるのはやめていただきたいんだけど?
今の私は幼女だけど、心はそれなりに乙女なんだよ、私は。
別にキャーッと騒ぐことも照れることもないけどさ。おっ、良い身体してるぅ。
いやいや、そうじゃない。このままじゃただの変態になる。見惚れてないで質問しちゃおう。
「それよりベルせんせ。私の魔力が測定不能って?」
「言葉通りだよ。僕らは子どもたちの魔力測定をする時にだいたいの目安をつけていてね」
ああ、その基準なら前の時に教えてもらったな。忘れてた。
どのみち今の私は知らない体なので、黙ってベル先生の説明を聞いておこう。
「魔力がまったくないのがG、あってもほとんど魔法として発動しないのがF」
私がループ初期の頃に判定された結果もFだったな。だから今後も測定したって時間の無駄だって思ってたんだよね。
ベル先生やドゥニくらいパパっと終わらせてくれる人だったら私も毎回調べてもらってたのに。
……言い訳だね。自分が悪い。思い込みは危険だと胸に刻もう。
「それから一般魔法は発動できるけど連発は厳しいのがEで、何度か連発できる程度には魔力があるのがD。魔法を使って日常使いできるのがCで、仕事にできるのがB、トップレベルがAだね。この上から三つが魔法使いと名乗れるんだ」
もちろん、魔力があっても訓練していない場合はその限りではないけどね。以前までの私がそれだ。
魔力があっても、魔法を使う知識がない。ま、訓練さえすれば名乗れるわけだけど。
「で、それ以上の、僕くらいの魔力を保持している者だね。もっと簡単に言うと小さな町なら消してしまえるほどの魔力持ちは測定不能扱いなんだ。緊急保護レベルだね! 超危険人物!」
「え」
それは初耳。
つまり私って危険人物扱いだった……? ベル先生が前の時も迅速に私を保護したのはそういった意味もあったんだ。
それだけなら娘にする必要はないわけだし、家族の愛を疑ったりはしないけど。
着替え終わったベル先生は、続けてサラッと怖いことを口にした。
「ルージュはそんな天才な僕より保有量が多い。下手したら世界を滅ぼせちゃうね」
絶対にウィンクしながら言うようなことじゃない。
は? 世界?
「こ、こわいこと言わないでよ……魔王みたいじゃん」
「そう、魔王と同じ。実を言うとね、僕が君の魔力を初めて感じた時、最初に思ったのは『魔王が来た』だったよ」
「えぇ……」
そんなこと思ってたんだ。もしかして、前の時も?
ポーカーフェイスの人って、こういう本音を聞いた時に心底怖いと思うよ。
今も何を考えてるのかわかんない。そんな怯えが出ていたのか、ベル先生は私を安心させるようににっこり笑った。
「当然、魔力の質が全然違うから敵視はしないよ。ただ危険だとは思ったな。誤解を恐れずに言うなら、今もルージュの魔力については危険だと思っているよ」
ああ、まぁ。そりゃあそうだよね。
むしろ良かったよ、ちゃんと危機感を持っていてくれてさ。
というか、これってチャンスじゃない? 話が良い流れになってきた気がする。
話し始めってどうしても緊張するから、勢いに任せたい。
「そのことも、私が話したいことに関係してるんだよ」
「秘密を教えてくれるんだね?」
「うん。今話してもいい?」
私がそう首を傾げた時、ベル先生の返事よりも先に私のお腹がぐぅぅと大きな音を鳴らした。
ちょっと。空気読んでよね、お腹の虫ぃ……!
恥ずかしさで顔に熱が集まる。スカートを握りしめてプルプル震えていると、ぽんと頭に大きな手が乗せられた。
「くくっ、先に朝食にしようか。お腹を満たして、食後に僕の部屋でお茶でも飲みながらゆっくり話を聞かせてよ」
「うぅ、わ、わかった……」
お腹が鳴ったからか、空腹を自覚しちゃって私も早く何か食べたくなっちゃったし。
五歳の体ってこういうところ、コントロールできなくて不便だよね。ちくしょう。
「さ、お手をどうぞ。お嬢様」
「……」
話しながらもあっという間に着替え以外の身支度を整えたベル先生が、私の前に手を差し出してくる。無駄にキラキラしい。
整った顔立ちを彩る銀髪も水色の瞳も、ものすごく王子様っぽいよね。とても二児の父親には見えない。
そういえば私が十七歳になった頃も、ほとんど見た目が変わらず若々しかったな。変人なのも変わらない。
「そんなに嫌そうな顔しないでよ。パパは悲しい」
「別に嫌な顔なんて……」
「ま、そんな顔もかわいいけどね!」
「…………」
隙あらば口説き文句を繰り出してくる。娘に対してもこれなんだから、ママへのアピールはもっとすごかったんだろうな。
知りたいとは思わない。砂糖で屋敷が埋まりそうだし。
やれやれと思いながら差し出された手に自分の手を乗せると、ベル先生は優しく握ってくれた。
「不安になる必要もないよ? せっかくルージュが僕を信じて打ち明けようとしてくれているんだ。それがどんな話でもきちんと聞いて、パパのこの広い胸で全てを受け止めてみせるから」
見抜かれている。私が少し不安に思っていること。
やっぱり敵わないんだよなぁ。
二度目の出会いは、初手でかなり驚かせることに成功したと思うんだけど、まだまだベル先生の方が上手みたいだ。
それか、五歳の私ではこれが限界なのかもね。
悔しい私は憎まれ口を叩くので精一杯。
「……すごい自信ですことー」
「当然さ! 僕がルージュのパパだって自信は誰にも負けないよ」
それさえも、ポジティブすぎる返答で一撃だ。
はいはい、わかりましたよ。降参です。
二度目も大人しく、愛されることにしまーす。