44 愛は伝えてこそ。恥はどっか行った
リュドミラちゃんの一件があって以来、オリドがいちいち申し訳なさそうな顔を向けてくる。
気にしなくていいって何度も言っているのに、気にしちゃってるんだろうなぁ。
私なんかより、リュドミラちゃんへのアピールの方に力を入れてもらいたいものだけど。
どうしたら私に対する罪悪感がなくなってくれるのかとここ数日ずっと考えているんだけど、なかなか難しい。
「オリドは気にしすぎなんだよなー。ルージュに気を遣わせちゃ意味ねーのに」
「リビオは気にしなさすぎ」
「あ、言うじゃん。俺だって気にすることくらいあるのに」
相談相手もリビオじゃこのありさまだ。まったくもって頼りにならない。
楽観的なのはリビオの長所ではあるけど、こういった相談事には向いてないよね。うーん。
もちろんママやベル先生にも相談はしたよ?
二人からもオリドにはそれとなく伝えてはいるみたいなんだけど……やっぱり本人が気にしたままじゃどうしようもない。
あー、困ったな。本当に私はオリドとリュドミラちゃんの関係がうまくいくことだけを望んでいるのに。
「ルージュ! その、お菓子をもってきたんだけど……」
中庭でリビオの自主練を眺めているところへ、オリドが偶然を装ってやってくるのもこれで何度目だろうか。
普段、君は中庭を通りかかることなんてないでしょうに。気遣われすぎて居た堪れない。
「オリド、こっちに来て。ここに座って」
「え? あ、うん」
たぶん、オリドもどうしたらいいのかわからないんだろうな。
あの場では私の意図を汲んでリュドミラちゃんを優先させるという素晴らしい選択をしてみせたけど、内心は別だもんね。
私のことは妹として大切にしたい。でも大切にしすぎるとリュドミラちゃんが嫌がるかもしれない。
その加減がわからない、といったところかな。
八歳の少年にしては優秀すぎると思うよ。
頑張ってる。オリドは頑張ってる。
だからこそ、いつまでもこの状態はかわいそうだ。
もういい。ハッキリ言ってしまおう。その方がオリドもわかりやすいよね。
「あのね、オリド。私、気にしなくていいって言ったよね?」
「うん。だから僕も別に気にしてるわけじゃ……」
「嘘。すごく気にしてる。本当は私を傷付けたんじゃないかって、気にしてくれてる」
「う」
優しいんだから、まったくもう。
リビオでさえ、剣の素振りをしながらちらちらオリドの様子を心配そうに見ているよ?
「だからね、この際だからリュドミラちゃんにハッキリ伝えるのはどうかな」
「伝えるって、何を?」
できればこの手は使いたくなかったんだけど。
こっちもハッキリ言っておけば大丈夫だろう。
「えっと『ルージュはリビオと結婚すると思うから大丈夫だ』って」
「えっ、結婚してくれるの、ルージュ!?」
「しないけど」
リビオの好意を口実に使うみたいで申し訳ないけど、ギリギリ嘘ではないのだからセーフとしたい。
「二人の仲がすごくいいんだって言えばいいよ。そこは嘘じゃないんだし」
「それで解決するの……?」
「するよ。オリドは、どうしてリュドミラちゃんが不安なのかわかんないの?」
「そ、それは、わかってるつもりだけど。でも、リュドミラはまだ五歳だよ?」
「五歳でも乙女だよ。女の子って心の成長も早いんだから」
ふん、と短い腕を組んで胸を張ると、双子が揃ってなんとも言えない表情を浮かべながら私を見つめてくる。
お前も五歳なのにませたことを言ってるな、とでも思ってるんでしょ。好きに思えばいい、ちくしょう。
ムッとなったのが伝わったのか、二人とも慌てたように目を逸らしている。
そのタイミングも一緒なのが双子って感じ。
はー、やれやれ。
「リュドミラちゃんは、オリドが取られそうで不安なの! 悲しいの! でも、いくら私にその気がないって言ったって信じられないでしょ? だから安心させてあげなきゃ」
「えぇっと、つまり。ルージュにはすでにリビオという相手がいるから心配ないよってわかってもらえばいいってこと?」
「そう。私にその気はないけど、その辺はわざわざ言わなくてもいいことでしょ」
オリドは困ったように人差し指で頬を掻くと、話を聞きながら素振りを続けるリビオに質問を投げかけた。
「リビオはいいの? そういう体で名前を出されて」
「え? ダメな理由あんの?」
「いや……本当に結婚できるわけじゃないから」
「するし。いつか絶対にルージュと結婚するし。俺は諦めないし」
「……わかった、リビオはそれでオッケーね。で、ルージュ。君はどうしてそこまでしてくれるの? ルージュにとってはなんの得にもならないじゃない」
損にもならないけどね。リビオがこれまで以上にうるさくなるくらいで。
……ちょっと損かな? いや、そんなことはない。
「リュドミラちゃんがかわいいからだよ。できればお友達になりたかったけど、それは難しそうだし。だからせめて私が原因で不安な思いをさせたくないだけ」
「ルージュ……君って子は」
「それに、得になるよ。オリドとリュドミラちゃんが幸せになるなら、私がちょっと我慢するくらいなんてことない。むしろすっごくお得」
「ああ、もう。ルージュっ!」
腰に手を当ててはっきり答えていたら、急にオリドがギュッと抱き締めてきた。
その瞬間「あーーーーっ!!」というリビオの叫び声が響いたので二重でビックリする。
「ルージュはどうしてそんなにいい子なの。僕、絶対にルージュのことも大切にするからね!」
「おいっ、こら、オリド! ルージュからはーなーれーろーっ! リュドミラに言うぞっ」
ちょっと、至近距離で暴れるのやめてよ。あとリビオのその脅しは許容できない。
「それはやめてリビオ。リュドミラちゃんを不安にさせるようなことしたら嫌いになるからね」
「うっ、ルージュぅ……」
私がピシャリと言ってやると、リビオは急激に元気をなくしていく。
そのままメソメソしながらオリドの反対側から私を抱き締めてきた。再びハグ祭り開催だ。
相変わらず家族愛の重い双子だよね。
……でも、悪くない。
「私も、お兄ちゃんたちのことずっと大切にするよ」
ハグの強さがさらに増して苦しくなることはわかっていたけど、今の私はこれまでとは違うのだ。
二度と後悔しないために、愛はいちいち伝えていくって決めたからね。
※
「ハァハァ……ルージュ、今日こそは、ハァハァ、話を聞かせてもらおうか……ハァハァ」
「すごい変態っぽいよ、ベルせんせ」
私が話を聞いてくれとパパ呼びをした日から何日が経過しただろう。たぶん十日くらいは過ぎたかな。
きっとすぐ話す機会は来るだろうと思っていたんだけど、予想以上にベル先生の仕事が忙しかったらしく今に至る。
そういえば前の時はちょうど今くらいにエルファレス家に来たんだっけ。
記憶が曖昧だけど、確か私が引き取られた後の一、二カ月は忙しそうにしていた気がする。
あの時はそこまで気にしていなかったけど、毎年この時期が忙しいとかがあるのかもしれない。
つまり、ベル先生はまだまだ繁忙期のはず。
そして今のげっそりした姿を見ればどうしてこんな状態なのかは簡単に想像がついた。
「……私と話す時間を作るために、無理をしたんでしょ」
「ははっ、無理なんて、ハァハァ、してないさ……娘との時間は、ハァハァ、何よりも大切だからね……」
無理してるなぁ。あのベル先生がここまでげっそりするなんて、一体どれほど無茶な仕事をしてきたのだろう。聞くのが怖い。
「とにかく、少し休んで。そんなヘロヘロなベル先生と話せないよ」
「そんなっ、ハァハァ、僕は、平気さっ」
「……もう夜も遅いから私、眠たい。一緒に寝てよ」
「よし寝よう。今すぐ寝よう。アニエス、すぐに仕度を」
切り替えが早い。
颯爽と準備に向かったアニエスとフラフラ寝室へと向かうベル先生を見送りながらのんびり後について行くと、様子を見ていたらしいママから声をかけられた。
「ありがとう、ルージュ。あの人、ああなったら目的を達成するまで言うことを聞かないから困っていたの。今日くらいはぐっすり眠ってくれたらいいのだけれど」
「任せてママ。絶対にベルせんせを寝かしつけてあげる」
「ふふ、頼もしいわね」
ママいわく、ベル先生は私との時間を作るために仕事をかなり詰め込んだんだって。やっぱりか。
でもその甲斐あって、丸一日お休みをもぎ取ってきたのだとか。
なんだ、じゃあ明日話す時間が取れるってことじゃん。
それなのにすぐにでも話を聞くって言い張っていたなんて、正常な思考ができていない証拠だ。
「無理しなくてよかったのに。今、忙しいんでしょ?」
「そうね、この時期は魔力量測定があるからどうしても忙しくなるのよ。平和な地域はまだいいけれど、危険な地域に向かえる魔法使いは少ないから」
あ、そっか。ちょうどこの時期だったっけ。
私は遠い昔に測定を受けた日のことを思い出した。
魔力量測定。魔法使いを重宝しているこの国では、五歳から十歳までの間に国民全員の測定が義務付けられている。
ヴィヴァンハウスでは、七歳を目安にみんなで町まで行って測定してもらっていた。
ただこれがね、ものすごーく時間がかかるんだよ……!
だから私、三度目以降のループからはずっとサボってたんだよね。
だって、結果がわかってるんだから時間をかけて測定したって時間の無駄だと思って。
ベル先生やドゥニみたいにパパっと測定できる人って本当に稀で、そういう実力ある魔法使いは危険地帯を担当していたんだよね。
危険な場所でのんびりなんかやっていられないし、ついでに周辺の魔物討伐なんかもこなしたりするから。その分、報酬も高いらしいけど。
つまり、安全なこの辺りの地域を担当する魔法使いたちは見習いか新人ばかり。
だからものすごく時間がかかったんだって、魔塔に身を置いた経験から知った。
ちなみに、前の時は私も測定のお手伝いをさせてもらった。実力はあったけど成人前ということで近場でね。
おかげでかなり歓迎されたなぁ。すぐに測定が終わるから。これでも優秀だったんだよ、えへん。
「ルージュー? まだ来ないのかい?」
「今行くよ」
寝ぼけた声で私を呼ぶベル先生に答えつつ、ママにお願いねと背を押された私は改めて思う。
サボらずに魔力測定をしていたら、もっと早く魔法が使えることを知れたな、ってね。
ええい、過ぎたことは仕方ない。
寝よ、寝よ。……はぁ。