43 そりゃあ変わるものだってあるよね
あの後、ベル先生があまりにも騒ぐので何ごとかとやってきたママによって事態はあっさり収束した。
やはりママこそ最強。笑顔ひとつでベル先生が素直に魔塔へ向かったよ。
話したいことがあるっていうのは伝わったわけだし、私としてはそこまで急ぐことでもない。
でも、あの調子ならすぐに時間を作ってもらえそう。それがちょっとだけ複雑でもある。
早く話してしまいたいと思う反面、まだ信頼関係もできてない段階で打ち明けても大丈夫なのかなって不安もあるから。
ほら、いくら歓迎されていても信頼されているかどうかはまた別の話じゃん。
今回の私はどう見ても怪しい幼女だし、不審に思われていたっておかしくない。
っていうか、怪しさ満点の私を受け入れる方がおかしいんだよ。いくら魔力の質を読み取って相性が合うと思ったとしても、だ。
「あ、ルージュ。ちょうどいいところに」
「ん、オリド? なぁに?」
部屋に戻る途中、いつもよりおしゃれな服を着たオリドに声をかけられた。これからどこかに行くのかな?
「うん、もしよければだけど……一緒に出掛けない? 会って欲しい子がいるんだよね」
ほんの少しだけ照れたように人差し指で頬を掻くオリドを見てピンときた。
ピンときたけど今の私はまだ知らないはずだから、少々あざとく首を傾げてみせる。
「会って欲しい子って、だぁれ?」
「えっとね、僕の婚約者なんだけど……」
「こんやくしゃ? オリドと結婚する子ってこと?」
「そ、そう。大人になってからだけどね!」
照れるオリドはやっぱりかわいいね。基本的にしっかり者だから、たまに見せる気の抜けた姿は貴重だ。
「リュドミラっていうんだ。ルージュと同じ年だから、仲良くなれるんじゃないかなって思って」
「会ってみたい!」
もちろん、この申し出には一も二もなく了承だ。リュドミラちゃんとはまた友達になりたいって思っていたからね。
貴族としての振る舞いも未熟だったあの頃、慣れないパーティーで助けてくれたリュドミラちゃんは私にとって救世主ともいえる存在だ。
エルファレス家の一員になったら、絶対に交流したいと思っていた人の一人だもん。また仲良くしたいな。
「よかった。彼女と会える機会って少ないから。ルージュがうちに来るのがもう少し遅かったら、しばらく会えないところだったね」
あ、そっか。前の時はまだ私、エルファレス家に来てないんだっけ。
早くも色々とズレがあるなぁ。まったく同じ人生を送るのって案外難しいのかもしれない。
「そんなに会えないの?」
「うん。お互いそこまで忙しくはないはずなんだけど、二人のスケジュールを合わせようと思うとなかなかね。僕はまだ子どもだし、一人で会いに行けるわけでもないから」
「そっか。ついて来てくれる人の予定もあるもんね」
「まぁそっちはどうにかなるんだけど、リュドミラはまだ五歳だから。僕と会うことが負担になってしまったら元も子もないでしょ? それに彼女はまだ母親に甘えたい気持ちの方が大きいだろうし、あ……」
そこまで話して、オリドは気まずげに言葉を切った。ん? あれ? どうしたの?
「ご、ごめんルージュ! 君だってまだ五歳なのに! 僕、ものすごくデリカシーのないことを言ってしまったよね……」
「え?」
あっ、そうだった。私も五歳だった。
しかも私にはリュドミラちゃんのように甘えられる親はいない。
オリドはそれを思い出して慌てているのだろう。
むしろ気遣わせちゃったみたいで悪いな。オリドだってまだ八歳の子どもなのにさ。
「気にしてないよ?」
「僕が気にするんだよ。もっと発言には気を付けなきゃ」
「そっかぁ。オリドは真面目だね」
「当たり前のことだよ。ああ、本当にごめんね、ルージュ」
そんなつもりはなかった、って言い訳したっていいのにオリドは絶対に言わないよね。
それって実はすごいことだと思うんだけど、自覚ないんだろうな。
「本当に気にしてないよ。だって、私には新しい家族ができたんだもん。これからたくさん甘えるよ。だから大丈夫」
「……ルージュって、本当に良い子だね。よし、僕もたくさん甘やかすからね」
良い子なのは私じゃないんだけどな。あと、甘やかす件についてはお手柔らかに頼むよ。
君たちが本気を出して甘やかしたら、立派なダメ人間ができあがっちゃうから。
いやほんとに。誘惑に負けないようにするのって大変なんだからね?
特にオリドは私に美味しいおやつばっかり食べさせようとするんだから。
今回も幸せな戦いが始まる予感。頑張れ、私の意思。
早速どこからともなく取り出したキャンディーを受け取りながら、私はオリドとともに馬車へと向かった。
べ、別に、今食べるわけじゃないし。セーフだよ、セーフ。
※
リュドミラちゃんの住むペリエ家の屋敷は比較的近い場所にあった。
馬車に揺られて数時間ってところかな。勉強などで忙しい二人のスケジュールを合わせるのが大変なのもわかる。移動時間って、もったいないもんね……。
ペリエ家の屋敷の玄関を通ると、そこにはすでにリュドミラちゃんが母親と一緒に待っていた。
嬉しそうに顔を綻ばせていたリュドミラちゃんだったけど、私の顔を見て一変。急に不安そうな顔をして母親の後ろに隠れてしまった。
あ、れ……? なんだか違和感が。
「はじめましてぇ……」
不安そうなのに、きちんと挨拶をするリュドミラちゃんはえらい。
はぁ、小さい頃のリュドミラちゃんは本当にお人形みたいでかわいいな。ずっと眺めていたい。オリドがメロメロになるのもわかる。
ただ、やっぱりものすごい違和感。
前に初めて会った時との反応が違いすぎる。
かわいさに癒されたいところだったけど、これは嫌な予感がするな。
「ごめん、ルージュ。どうやら人見知りをしているみたい。こんにちは、リュドミラ。大丈夫だよ。ルージュはとてもいい子だから」
「……うん」
前の時はすごくニコニコ顔で出迎えてくれた。
それに、大人しい子ではあったけど意外と度胸があって、人見知りをするような子ではなかったはずだ。
「オリドさまだけじゃなかったの? わたし、きいてないもん……」
「こ、こら、リュドミラ……!」
ポツリと不満を漏らすリュドミラちゃんに、母親が焦った様子を見せた。
けれどリュドミラちゃんは構わずたたたっとオリドに駆け寄ると、私から引き離すようにオリドの腕にしがみついた。
オリドも母親も困惑したようにオロオロしている。
ははーん。これは、嫉妬だね。
伊達に何度も人生を繰り返しているわけじゃないんだよ。
もともとあまり察しの良い方ではない私でも、経験がそれを補ってくれるのだ。
つまり、リュドミラちゃんはエルファレス家に突然現れた女の子に婚約者を取られちゃうんじゃないかって思っているんだよね。たぶん。
無理もないと思う。よくよく考えてみると、配慮が足りなかったのはこちらの方だから。
今日私が来たのは本当にただの思い付き。つまりリュドミラちゃんは何も知らされていない状態だったのだ。
そりゃあ警戒もするよ。いくら妹だと説明されたって、リュドミラちゃんからすれば私は突然現れたライバル的存在でしかないよね。
今思うと、前の時も本当はそんな風に思っていたのかもしれないな。
手紙で私の存在を知らされて、内心では不安でいっぱいだったのかも。
それなのに、あんなに仲良くしてくれたんだ。
私を紹介されるまでの間に嫌な気持ちをすべて飲み込んで、我慢して、最初から私に優しくしてくれて……え、良い子過ぎる。
仕方ない。
リュドミラちゃんとはもう一度仲良くなりたかったけど、私の存在がこの二人の関係にヒビを入れてしまうなんてことは絶対にあってはならない。
私は一歩だけ足を踏み出してリュドミラちゃんの前に立つと、ニッと令嬢らしからぬ笑みを見せた。これぞ庶民流の微笑み!
「はじめまして、私はルージュ。だいじょーぶだよ。オリドはね、私にもとても優しくしてくれるけど、リュドミラちゃんだけの王子様なんだから安心して」
「ちょ、ルージュっ!?」
「私はね、リュドミラちゃんを大切にするオリドが大好きなの。二人はずっと仲良しでいてね」
ぽかんとした様子のリュドミラちゃんだったけど、私の言いたいことは伝えられたから良し。
オリドがなんだか焦っていたけど、今は放置だ。
まだ五歳だし、リュドミラちゃんは今私が言ったことなんてすぐに忘れちゃうかもしれないけどね。
ま、もう会えないかもしれないからこれでいい。
あとは私の存在を忘れてもらうか、オリドにはこれまで以上にアピールを頑張ってもらおう。
「ルー……」
「オリドおにーさま。挨拶もできましたし、私はこれで帰ります。こんやくしゃ同士の時間を邪魔したくはありませんもの」
「……そっか。わかったよ、ルージュ。……その、ありがとう」
何かを言おうとするオリドを遮り、スカートを軽く摘まみながら前の人生で叩き込まれたお貴族式ルージュでそう伝えてみせる。
オリドは一瞬だけ間を置いたけど、すぐに意図を理解してくれた。
さすがだね。能天気なリビオだったらこうはいかない。
八歳にして乙女心を理解するオリドの方が大概なんだけど。
「トマニエル、ルージュを屋敷まで送ってくれ。サミュエルは僕とここに残ってね」
「かしこまりました」
トマや御者の人は何度も往復させることになってしまって申し訳ないね。
私が表立って魔法を使えたら一人で行き来できるんだけど、さすがにまだベル先生の前でしか見せられない。大騒ぎになっちゃう。
トマと一緒に今さっき通ったばかりの玄関扉から外に出る。
振り返ることはない。あとはお若い二人でどうぞ。
「……大丈夫ですか、ルージュ様」
「だいじょーぶだよ、トマ。ありがと」
そりゃあちょっとは寂しいけれど。
私は、二人の幸せの方がずっと大事なのだ。