42 これでもかなり緊張している
着替えを終え、朝食の席でママやリビオ、オリドの前で改めて挨拶すると、全員があっさり家族として受け入れてくれた。
……いや、受け入れ早すぎるって! いくらなんでもさぁ!
予想通りで安心したような拍子抜けしたような。ううん、素直に喜んでおこう。
思えば前回も受け入れは早かった。最初から歓迎ムードだったし、もしかするとベル先生が話した瞬間からこんな感じの反応だったのかもしれない。
でも、小心者で疑り深い私はついこんなことを言ってしまう。
「本当に、いいの? 私……ヴィヴァンハウス出身なのに」
彼らに慣れすぎて感覚が麻痺しつつあるけど……この人たち、侯爵家なんだよね。高位貴族。偉い人たち。
普通の平民でさえ気軽に話していい立場じゃないのに、私は出自だってはっきりしていない身だ。
余計にこんな風に歓迎されるような人間じゃないのだ。
「……私、娘ができると聞いてとても喜んだの。それが貴女のようなかわいくて、しっかりした子でとても嬉しいと思っているのよ。これは本心」
だけど、相変わらずママはこの通りだ。出自なんかどうでもいいって態度を見せてくる。
本当にどうでもいいと思っているのかもしれないな。
たとえ同じ高位貴族でも、ママは気に入らない人は気に入らないって笑顔で言うような人だし。
「実はね、なんだか初めて会った気がしなくって。こう、ビビッときてしまったのよ。たぶんとても相性がいいんだと思うのよ。貴女はどうかしら?」
「えっ」
続けられたママの言葉にドキッとする。
まるで、前の人生のことを覚えているみたい……。
そんなわけない。覚えていたらもっと反応が違うはずだもん。
だけど、前にベル先生が言ってたよね。
魂は同じはずだから、どこかで何かを覚えているって。
嫌な記憶ほど残りやすいんじゃないかって。
そしてそれ以上に残るのは、愛だって。そんなロマンチックなことを。
ベル先生が約束を守ってくれたことといい、ママの発言といい……ちょっと、信じちゃうかも。
ううん、親しい人のことなら信じてみよう。
勇気を出して甘えてみてもいい、かな?
「あの……私も、とても幸せな気持ちになるよ。だから、えっと。マ、ママって呼んでもいい……?」
「まぁ……!」
うあぁぁ、恥ずかしい。すっごく子どもっぽいこと言ってる気がする。あ、今は子どもだったわ。
ママは感極まったように目を潤ませて両手を口元に当てると、サッと腕を広げて私を呼んでくれた。
「もちろんよ、ルージュ。ああ、なんて愛おしいの。こちらへおいでなさい。ハグをしたいわ」
思わず小走りでママの下に向かっちゃった。
恥ずかしいからそのまま勢いをつけてママの胸にダイブ。
ああ、いい匂い。
温かい。
心臓の音が心地いい。
ママは別に背が高いわけじゃない。線だって細いし、どちらかというと小柄だ。
それなのにこんなにも大きく感じるのはなぜだろう。この場所が世界で一番安全な気がしてくる。
「う、羨ましい。パパとも、パパとも後でハグをしよう!?」
「俺も! 俺もーっ!!」
「じゃあ僕も。あ、お兄ちゃんって呼んでもいいよ?」
「あ、オリド! 抜け駆けすんなって! 俺も! 俺も兄ちゃんでいいぞ!」
またしてもデジャブ。
せっかく今はママを堪能しているというのに、この男たちは。
なんだか懐かしいな、このわちゃわちゃ感。
ふふっ、なんだか安心しちゃった。
ママにハグされたまま、私は顔だけを彼らの方に向けた。
「二人のことは、名前で呼びたい。ダメ?」
「もちろんダメじゃないよ。オリドって呼んで、ルージュ」
「俺だって! オリドよりたくさんたくさん呼んでほしい!」
まったく、リビオはさっきから俺も俺もしか言ってないな? けどそれがリビオだ。
よかった。ベル先生やママ、オリドとリビオは変わらないみたいで。
それはきっと、前の人生でも私を大切に思っていてくれたってことだ。そう信じていいよね?
他の人たちは念のためまだ油断できないけど……家族が変わっていないというだけで十分だ。それだけで頑張れそう。
懐かしのハグ祭りを終えた後、幸せでいっぱいになりながら食べたふわふわパンは、相変わらずほっぺたが落ちそうになるくらい美味しかった。
※
「ベル先生に話があるんだけど」
翌日、早起きをした私はベル先生が仕事に行く前にどうにか捕まえて声をかけた。この人、実は忙しい人だからね。
昨日は私を連れて帰ったことで急遽お仕事も休んだだろうから、今日はきっと早く出ると思ったのだ。
「本当にルージュには驚かされるね。まるで僕が今日、早い時間に家を出ることがわかっていたみたいだ」
「予想しただけ」
「ほぅ、やっぱりルージュは天才だね」
顎に手を当てて言うベル先生は、相変わらず面白そうに微笑んでいる。
普通だったら私のような幼女がいたら不気味で仕方ないと思うんだけど。
ベル先生がこんな様子だから、ママや息子たちも安心して受け入れちゃうんだろうな。この人が変人で良かった。
「私は天才じゃないよ。その理由も含めてベル先生に聞いてほしいんだけど」
「ふぅん?」
冷静を装っているけど、実は内心はビクビクだ。
何度経験しても、誰かにループのことを打ち明けるというのは勇気がいる。
しかも、ベル先生ったらすぐには返事もしないで値踏みするように私を見下ろしているし。だめ、なのかな……?
私は慌てて言葉を付け足した。
「べ、別に今じゃなくていいよ。忙しいでしょ? だから、近いうちに時間をもらいたいなって……」
「いや、ルージュのためならいくらでも時間は作れるよ。でもねぇ」
「何がダメなの……?」
一気に不安が膨れ上がる。五歳の精神が不安に反応して目に涙が浮かんできた。
馬鹿馬鹿、ここで泣いたらダメだからね! がんばれ、涙腺!
「ああ、違うんだ。これだけは誤解しないで。話がしたいだなんて娘に言われて断る父親はいないよ」
そんな私を見て少しだけ焦ったらしいベル先生は、慌てたように小さく手を横に振った。
「じゃあなんで」
「パパ」
「……え?」
「どうして『ベル先生』なんて呼ぶんだい? 僕は君のパパだろう?」
理解するのに数秒時間がかかった。
……今なんて?
ぽかんとしながら見上げていると、口を尖らせたベル先生がさらに拗ねたように言葉を重ねてくる。
「カミーユのことはママって呼ぶじゃないか! それなのに君ときたら、最初に会った時以降、ずっと僕のことをパパと呼ばない! ずるい! 悲しい! パパは泣いちゃう!!」
泣いちゃうて。
あ、ガチだ。目元に薄っすら涙が光ってる。魔塔の主も泣くんだ、こんなことで。
いやー、でも。あの時は必死だったというか、変なテンションだったというか?
パパって呼ばなきゃ受け入れてもらえないかも、って思ったし……。
いやまさか、ベル先生がパパ呼びを覚えているとは。
「パパって呼んでくれなきゃ! 話は聞かないからねっ!!」
子どもか。でっかいリビオがここにいる。
いや、大人になったリビオはここまで子どもっぽくはなかったよ?
私がいくら冷めた眼差しで見つめていても、ベル先生はツーンとそっぽを向いたまま。
いいのかそれで。仕事の時間に遅れるんじゃないのか。たぶん気にしてないんだろうな。
はぁ。別にこのまま立ち去っても良いんだけど、ここで私が意地を張る理由もない。
それに、魔塔の魔法使いたちがかわいそうだ。仕事して、魔塔の主。
「話を聞いてよ。……パパ」
「喜んで!! いくらでも聞くよ! 今!? 今にするかい!?」
「仕事は!?」
働いてもらうために思い切って呼んだのに、本末転倒じゃん。
まったく困った大きなこどもだなぁ、もう!