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37 思い出したくないのに


 どういうこと? え、どういうことなの?

 こんなの、これまでの人生で一度もなかった。この辺りの町が襲われるだなんて。


 ここから出てはいけないと言われた私は、ベル先生の部屋の窓から外の様子を窺う。


 魔塔からは何人もの魔法使いたちが浮遊魔法で現場に向かったり、魔塔の周辺で守りの魔法を使ったりと忙しく動き回っていた。


 少し遠くの方に目をやると、町が混乱しているのがここからでも見て取れた。

 魔塔は森の中にあるけど、頂上付近にあるこの位置からはよく見えるのだ。


 ただ、時間も時間だからとにかく暗い。町の明かりでなんとなくわかるくらいだ。


「土煙があるのは……町の出入り口付近だ」


 ということは、まだ町の中にまでは敵が来ていないってことだよね。ううん、出入り口付近ならいつ侵入されてもおかしくない。


 町の人たちは大丈夫だろうか。一体誰が襲撃を?

 あれほどビリビリ圧を感じたんだもん。脅威である可能性は高い。


「魔物って感じじゃない。予想は当たっていてほしくないけど……」


 何度も繰り返してきた人生の中で、魔物による暴走がこの辺りで起きたことはない。

 常に冒険者たちが討伐を行い、国の騎士や軍隊が見回りもしているのだから。


 つまり、イレギュラー。

 予測不能な動きをするというのなら、きっと襲撃してきたのは……魔族。


 信じられないとは思うけど絶対に違うと言い切れないのは、繰り返される人生において魔族たちの動きは毎回微妙に違っていた気がするからだ。

 ほとんど同じではあったけど。いや、私が知らないだけかも。


 ああ、こんなことになるならもっと魔族や魔物の動きについても知っておくべきだった。

 怖いし、人生諦めていたから知ろうとも思わなかった私が悪いんだけど!


「でも、こんなに予測不能なのは初めて……一体、どんな魔族なの?」


 ずっと心臓がうるさい。でも、今の私にできるのはここから状況を少しでも把握することだけ。


 目を凝らし、遠見の魔法を使って周囲を見渡す。

 町の人たちの顔まで確認できるようにはなったけど、避難する人や爆発後の土煙が邪魔であまりよくは見えないな……。


 そんな中だというのに、私は見つけてしまった。

 恐ろしいほどの存在感を放つ、異質な者を。


 漆黒の兜に鎧。

 禍々しいオーラを放つあの姿を、私はよく覚えている。


 いや、忘れたくても忘れられないというべきか。


「あ、暗黒騎士……」


 声が震える。私の最大のトラウマだ。


 ずっと忘れていた当時の記憶が蘇りそうになる。

 いやだ、思い出したくない。あんな怖い思い、二度としたくない。


 それなのに、なぜか暗黒騎士から目が離せない。

 ヤツは周囲の攻撃をものともせず、悠々と歩きながら何かを探しているかのようにきょろきょろと辺りを見回していた。


 そして。


「────っ!?」


 目が、合った。


 バッとその場にしゃがみ込み、丸くなる。全身が震えて止まらない。


 嘘、嘘だよ、目が合ったなんて気のせいだ。

 そもそもアイツは兜を被っているし、たまたまこっちの方に顔を向けただけ。それを目が合ったって勘違いしただけだ。


 こっちは遠見の魔法を使っているけど、向こうが魔法を使った様子はなかった。

 こんなに遠く離れた森に立つ魔塔の、しかも頂上付近の窓から覗く小娘の存在なんて、気付かれるはずがない。


 そうだ、そうだよ。落ち着け。落ち着け、ルージュ。


 不安になって身体をギュッと抱き締めていると、急に轟音と共に塔が揺れるほどの衝撃が走った。

 塔にまで振動がくるなんて。守りの魔法のおかげで魔塔はビクともしないだろうけど……。


 まさか、暗黒騎士がこっちに向けて攻撃を仕掛けている? あんなに距離があるのに?


 いや、ヤツならできても不思議はない。


 怖い。怖い。怖い……! あの時の恐怖が蘇る。


 女剣士として、それなりの実力を持っていた私は、当時かなり調子に乗っていた。自分も戦力になる。魔王を倒すための力になれるって。

 さすがに魔王を倒せるほど強いと自惚れてはいなかったけど、四天王の一人くらいならどうにか足止めさせられるんじゃないかって。


 日が落ちかけていて、そろそろ野営の準備をしようかと動き始めていた時だ。仲間の一人が呆けた声を上げた。


『あれ、なんだ……?』


 指差した先に目を向けると、ヤツがいたんだ。


 私たちは沈む夕日を背にしていたから、ヤツの方にはすでに夜が迫っていて。

 まるで私たちとヤツの間が、昼と夜の境界線みたいで……不思議な光景だった。


 漆黒の鎧や兜を身に付けて、夜の闇を背負うように立つヤツを見て、夜の化身だと思った。


 頭がおかしいんじゃないかって思われるかもしれないんだけど、その姿は神秘的で、美しいとさえ思ってしまったのだ。


 だからかな、誰もがその姿に見惚れてしまってすぐには動けなかった。それが敗因。


 次の瞬間、私たちは全滅した。

 思えば、あれが私の……最初の「死」だったのだ。


 死の間際に私が見たのは、暗黒騎士が剣を振り切ったその姿。

 あれだけたくさんいた仲間たちが地面に伏していて、誰一人立っている者はいなかった。


 たぶん私は首を飛ばされたかなんかしてほぼ即死だったんだと思う。痛みも何も覚えてないからわかんないけど……。


 だって、気付いたらヴィヴァンハウスのベッドの上で、五歳の頃に戻っていたんだから。


 だから、暗黒騎士は私のトラウマなのだ。私を殺し、仲間たちを殺しただけでなく、死んだことで初めてループに気付くこととなった存在。


 あの時もまだ成人前だったから、死ななくてもループしていたのかもしれないけど……今となってはわからない。


 でも、私の中でループの始まりとあの死が紐づいてしまってどうしようもないのだ。

 まるで全ての元凶かのように思えて、暗黒騎士が怖くて仕方ない。


 これ以上、縮みようがないほど私は小さく丸くなって、ただただ震えていた。


 ベル先生や魔塔の魔法使いたちは、大丈夫なの?


 自分には何もできない。ヤツを前にして冷静でいられないだろう私は、現場に言っても足手纏いになるだけだ。


 何やってんだろうね? 私は死んでもまたループするだけなのに。

 また人生をやり直せるんだから、怖がらずに立ち向かえばいいのにさ。


 なのに、どうして私はこんなにも怖がっているのだろう。


 死以上に怖いことがあるとでもいうのだろうか。


「ルージュ!!」

「っ!」


 バンっと勢いよくドアが開いて、部屋にジュンが入ってきた。


 窓の外はいつの間に少し明るくなっていて、朝が近いのだということがわかった。私、そんなに長い間ここで震えていたんだ……。


「良かった、無事だったか。暗黒騎士は逃げ去ったぞ。ただ……」


 ヤツがいなくなった。つまり、魔法使いや軍隊や冒険者たちが戦って退けてくれたのだろう。すごい。


 でも、安心なんてできなかった。だって、ジュンの顔が曇っているんだもん。


 嫌な予感がする。


『北? ってことは、魔塔の近く?』


 ふと、脳裏にリビオとのやり取りが浮かぶ。


『そうそう。途中で他の依頼もこなしながら行くんだ。魔塔の近くに着いたら、ルージュにも会えるかもな!』


 ……待って。


 リビオが旅立って、今日で何日目だった?


 屋敷のある町から魔塔近くの町までは馬車で十日ほどかかる。

 冒険者たちの足取りならもっと早い可能性もあるけど、依頼もこなすって言ってたからもう少し時間がかかる、よね?


 リビオは、まだこの近くに着いてない、よね……?


「ベルナールの息子、リビオっていったか。そいつが……まずいらしい」


 ジュンの口からリビオの名前が出た瞬間、私は話を最後まで聞くことなく、部屋の窓から外へと飛び出した。


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