30 なんだよ、できない約束なんか口にしてぇ
カタカタと小刻みに震えていると、ベル先生は苦笑を浮かべながらごめんごめんと謝ってきた。
「理論上そうなる、というだけで実際の事例はないんだけどね。だってそもそも、破裂するほどの魔力量を持つ者なんて歴史上にもいないから」
あー、前例がないってことか。でも理論上そうなるなら、やっぱり破裂する可能性があるってことでしょ? 怖い。
「で、でも、私が自分で魔力を増やしているわけじゃないから、どうしたらいいのかわかんないよ。勝手に増えていくんだもん」
「勝手に増えているわけじゃないさ」
えっ、勝手に増えてるんじゃないの? よくわからなくて首を傾げる。
「まず、魔力の増やし方っていうのは二つある。一つは枯渇寸前まで魔力を使って、自然に回復させてを繰り返すこと。もう一つは、魔力の影響を受けること。簡単に言うと、誰かに魔法をかけてもらうことだね」
それはなんとなく聞いたことがある。あとは成長とともに自然と増えていくとか。だから、年配の魔法使いや長生きの種族は魔力が多いって。
「けれど、そのどちらも増え方は微々たるものだ。何もしなくても増えるけれど、それはもっと増え方が少ない。幼い頃から繰り返し訓練していたら、大人になる頃には倍くらいにはなっているかな。ルージュの場合、たとえそれをしていたとしてもおかしな増え方をしているよね?」
……確かに、そう。そもそも魔力を増やす訓練なんてしていないし。
はぁ、魔力が増える仕組みについては少しだけ知っていたけど、そんなに微々たるものだったとは。
私もね? こんなに増えるのはおかしいって思いはしたんだよ? 目を逸らしていただけで。
「もう一つ、強制的に増やす方法があるんだ。危険だからやらないけどね。それは、より強い魔法をぶつけること。その際、防御したら意味がないよ。実際にその身体に魔法を受けた分、増える割合も大きくなるんだ。ま、普通はやらない」
なんだその捨て身な方法は。脳筋が考えそうなことである。怖い。
「攻撃魔法以外をぶつければいいんじゃ……?」
「魔力を大量にぶつける必要があるんだ。たとえ補助魔法や回復魔法だったとしても、やりすぎれば人体に影響を及ぼすよ。薬だって決められた量より多く飲んだら危険でしょ」
なるほど。でもまぁ、魔法の種類はなんでもいいんだ。魔法というより、多くの魔力をぶつける必要がある、と。
「浮遊魔法はどこまでも飛んで行って止められないほどかけることになるし、そもそも他の補助魔法は魔力をたくさん込めたところで効果は変わらないからね」
小さな現象に対しては、いくらたくさんの魔力を込めたところで無駄になるだけで、魔法に込められた魔力は少ないままだもんね。理解した。
「話を戻そう。結局、何がルージュの魔力を増やしたか、なんだけど」
ゴクリ、と喉を鳴らしてベル先生の言葉を待つ。ベル先生は言い淀むように顔を歪めてから、こちらを労わるように告げた。
「呪いも、魔法の一つだと言えばわかるかい?」
「っ!」
「君はその身に、何度も膨大な魔法をかけられているのさ。十年以上も時を遡るという、考えられないほどの大きな魔法をね。それを何度も」
そ、そういうことか。だから、魔力が増えた秘密がわかったって、ベル先生も言ったんだね。
そして、この不自然な魔力量があるからこそ、私の話をすぐに信じてくれたんだ。
「実際にその呪いをかけられているのはルージュではない、それは確かだろうね。僕は神官じゃないから呪いに関してあまり詳しくないけれど、人が呪いにかかっているかどうかの判別はできる。ルージュにはかかっていないと断言できるよ」
それは、安心していいのか悪いのかわかんないな。自分にかかっていた方が調べようはあるから。
「と、とにかく。これからまたループする度に、もっと魔力が増えるってこと……?」
「そうだね。ルージュ、魔力暴走の時は自分で収めることができたんだよね? それならまだ少し余裕はあるんだろうね。それでも、呪いによって増える魔力量は多いはず。よって」
ベル先生は身体を私の方に傾け、ずいっと顔を近付けて言った。
「ルージュは、これ以上ループしたらダメだ」
そんな無茶な。私だって、したくてしているわけじゃないのに。
「あと数回くらいなら耐えられるだろうけど……もし、身体が耐え切れずに破裂したとして、それでもループは続くのだとしたら?」
身体を起こし、顎に手を当てながらベル先生は続ける。
研究者モードに入ったみたいな、早口で思考を整理しているようにも見えた。
「君は、その場でループした瞬間を永遠に繰り返すことになる。死を永遠に繰り返すってことだね。魔力は増え続け、いずれ君がいる場所が膨大な魔力溜まりになるだろう。しかも、時間を巻き戻したそばからまた戻ることになるから、この世界の『時』は止まったままも同然。世界は終わったと言っても差し支えない状況となる」
なんか、話が壮大になってない……? もう手に負えないんだけど。
ずっと私に寄り添ってくれた唯一の証だと思っていた魔力が、私に牙を剥くものだったなんて。
魔力だけは、私の味方だと思ったのに。心強いと思っていたのに。
ギュッと拳を握りしめて俯いていると、ポタポタと滴が手の上に落ちてきた。どうやら私は泣いているらしい。
すると、ふわりと温かいもので包まれる。いつの間にか側に来ていたベル先生が抱き締めてくれたようだ。
「……ルージュ。もしまたループしてしまったとして。その時はすぐ僕に全てを話すんだ」
「そ、んなの、信じてもらえな……」
「信じるさ。僕の言ったとおりにしてごらん」
クスッと笑いながら聞こえてくる低音。だけど、そこから紡がれる言葉はふざけているとしか思えないものだったので、思わず顔を上げて怪訝な顔を向けてしまう。
「えぇ……? それ、本当に大丈夫なの?」
「もちろん。僕のことは僕が一番知っているんだよ。きっと僕は『面白い』と言って君の手助けをするだろう。ダメ押しで『パパ』と呼んでくれればもう完璧さ」
「……ふふっ、何それ」
もう、笑っちゃうじゃん。笑うしかないじゃん。なんだよ、それ。
「ああ、やっと笑ってくれたね」
優しく抱き締めながら、ベル先生が私の頭を撫でる。あやすように、愛おしむように。
そうする度に、私の目からどんどん涙が溢れてきた。もう十歳になるのにな。
「ルージュ、僕の娘。愛しているよ。君のために今も、そしてやり直した先で出会う僕も、解決のために全力を尽くそう。約束できる。それを絶対に忘れないで」
約束なんて、できやしないのはわかっているのに。
この人が言うと、本当に約束を守ってくれる気がするのはなぜだろう。
「だから、何度繰り返しても僕を君の父親にしてね。出会えなかったら手助けもできないから。遠慮なんて一切いらない。君は、もっとワガママ放題生きるべきだ」
「でも、私がいなければ、他の子が娘になっていたかもしれないのに……」
「ん? もしかしてその子に対して遠慮しているのかい?」
優しいなぁ、と言いながら、ベル先生はさらにぎゅむぎゅむと抱き締める力を強めた。だ、だって、そうじゃん!
「それなら心配しなくていい。僕たちは娘を欲しがっていたけれど、オリドやリビオのお嫁さんを思い切りかわいがるつもりでいただけだ。本来、誰かを養子に迎えるつもりはなかったんだよ」
え、そ、そうなの? じゃあ私はただ、いもしない未来の娘に遠慮とか嫉妬とかしていたってこと? なにそれ、恥ずかしい。
「ルージュと出会えたから、娘にしたいと思ったんだ。だから君は僕の娘。わかった?」
続けて、私以外を娘にする気はないと断言されて、私の目からは次から次へと涙が溢れてきてしまう。
なんだよぉ。なんだよぉ……!
「う、わぁぁぁん……!」
「ああ、よしよし。不安にさせてごめんね」
娘でいて、いいってこと? これからも、ずっとエルファレス家の娘になってもいいの?
次はどうなるかなんてわからない。それでも、今の私はこの言葉に救われた。
魔力のことも不安。次のループも不安。
何よりこの人生を手放したくなくて、私は赤ん坊のように大声をあげて泣いた。
ベル先生はその間ずっと、愛してるよと言いながら抱き締め続けてくれた。