26 ちょっと聞いてないんだけど!?
程なくして目的地に到着した。ステーションは小さな小屋のようになっているんだけど、建物自体は見たことがあるんだよね。中がどうなっているのか楽しみだ。
ベル先生が小屋にいる警備隊の人に何やらカードを見せると、揃ってすぐに中に入れてくれた。
親し気に会話もしているし、顔見知りなのかも。
そりゃあそうか。ベル先生はいつもここから色んな場所に転移してお仕事に向かっているんだもんね。
カードは使用許可証みたいなものだという。身分も証明できるし、いちいちお金を支払わなくて済むんだって。
なんでも、一年分を先払いにしているのだとか。毎日のように使う人にとってはその方が楽だよね。なるほどー。
「行き先は魔塔で頼むよ」
「承知いたしました。今日はかわいらしい方も一緒なのですね」
ベル先生が行き先を告げると、警備隊の二人の内、おじいさんの方がにこやかに声をかけてきた。
おっと、褒め言葉だ。レディーらしく微笑むとしよう。にっこり。
揃いの制服を身にまとった警備隊は、騎士見習いの若者か、引退したお年寄りがほとんど。あとは、怪我をしてしまって騎士としては務まらない人なんかも時々いるかな。
こういったステーションや、町の警備なんかを当番制で持ち回っている。だいたい二人一組でお仕事をしているのを見かけるね。
ここにいたのはおじいさんと若者の二人。若い方はいかにも新人といった様子で、ずっと緊張しているのがわかる。
「娘のルージュだ。今後、彼女も一緒に行くことが増えると思うよ」
「おぉ、そうでしたか。初めましてルージュ様。この老いぼれはここにいることが多いのです。どうぞお見知りおきを」
「初めまして。よろしくお願いしますわ」
貴族式の挨拶をしてみせると、おじいさんは嬉しそうにほっほと笑った。
若者の方にチラッと目を向けると、彼もちょうどこちらを見ていたのかバッチリと目が合う。
「貴方も。どうぞよろしく」
「ぼ、僕にまでお声を……! あ、ありがとうございます、お嬢様!」
お嬢様、と改まって言われると照れる。癖の強い赤茶色の髪をした彼は、恐らく庶民の出だろう。
どうやら先ほどからずっと貴族に対して緊張をしていたようだ。そばかすがよく似合う、かわいい系の男の子である。成人したばかりかな?
大丈夫、私も気持ち的にはまだ庶民だよ、という言葉は胸の内だけで告げておくことにする。
そんな二人に案内され、私たちは二人揃って中へ入れてもらった。
ちなみに、私の分の支払いはベル先生がサラッと済ませていた。変な人だが、こういうところは実にスマートである。
「で、では、転送陣の中央にお立ちください。初めての方はバランスを崩してしまうこともありますので、エルファレス侯爵様はお嬢様をお支えください」
若者の方が緊張しながら説明をしてくれる。ベル先生に手を引かれながら転送陣に足を踏み入れていると、握られる手の力がほんの少しだけ強まった。今言われたように支えるためかな。
「もちろん、そのつもりだよ」
「あああ、そんなことわかっていますよね! ご、ごめんなさい」
「いや、君は正しいよ。自信を持ちなさい。相手がわかっているからといって説明を疎かにしないのは大事なことだ。何かあった時に揉めてしまうからね。毎回でもその説明はすべきさ。ありがとうね」
「い、いえ! 恐縮でございますでありますぅ!」
おかしな敬語になっている。ベル先生ほどのイケオジに微笑まれたら、同性でもドキドキしちゃうよね。罪な男だ……。
「じゅ、準備が整いました! 魔力はご自身で、とのことですが……」
「ああ、そうだよ。さてルージュ。いつも魔法を使う時のように転送陣に魔力を流してごらん」
「うん」
ベル先生が私にさせようとしたことで、警備隊の二人はとても驚いたように目を丸くしていた。こんな子どもが!? って感じ。声に出してなくてもわかる。
一方でベル先生は自慢げに「僕の娘はすごいのさ」と鼻を高くしている。や、やめてよ恥ずかしい。
さて、気を取り直して。さっそく魔力を流しますか。
こんなに大きな魔法陣に魔力を流すのは初めてだから、緊張するな。でも要領としては同じ。
大きな陣だからあまり少なく流し過ぎても時間がかかるよね。いつものが三程度の力だとして、十くらいでいってみるか。
「えっ」
「ほう」
瞬く間に魔法陣に魔力が行き渡り、すぐに転送の魔法が起動した。うん、いい感じ。
浮遊感を覚える直前、警備隊二人の驚愕の表情が見えた気がした。
転送は思っていた以上に呆気ないものだった。まさしく、浮遊魔法を使った時のような感覚が一瞬だけ。
気付けば移動が終わっていて、目の前には別の警備隊員二人が待ち構えていた。魔塔近くのステーションに着いたのだろう。
「ねぇ、ベル先生。どうしてあの二人はあんなに驚いた顔をしていたの?」
転送陣から下りながら問いかけると、ベル先生がそれはそれは愉快そうにくつくつ笑っていた。
「そりゃあビックリするほど起動が早かったからさ。普通、十数秒はかかるんだよ」
「えっ、私、間違えた?」
「違う違う。僕だって同じくらいのスピードだから。ただみんなは早くしようとしてもそれが限界ってだけ。ルージュの魔法がとても上手だからこそ、できることさ。だからあの二人は驚いていたんだよ」
えー? 本当かなぁ? 私、本当に軽く魔力を流しただけだよ?
「……大げさじゃない?」
「あー、まだそういう認識なのか。まぁいいさ。魔塔に行けば君の可能性がよくわかる」
さっきもそれ、言っていたよね。
私の可能性? 子どもだからまだまだ伸びしろがあるって言いたいのかな。よくわからない。
けれどベル先生はそれ以上は何も触れず、さぁ行こうかと私の手を引いてステーションを後にした。
外に出ると、そこは森の中だった。目の前には高く聳え立つ塔。聞かなくてもこれが魔塔だってわかった。
「ステーションの目の前にあるとは思わなかった」
「魔法使いって面倒臭がりだからね。それにここは魔塔以外に何もない。わざわざ離れた位置に設置する必要もないのさ」
ま、移動に時間がかからなくて済むのはありがたいよね。ただ、どうしてこんな何もない森の中に魔塔があるのかは気になるところだ。
正直にその疑問も口にすると、転送陣も使えない面倒なヤツらがおいそれと魔塔に抗議しに来られないようにさ、と朗らかに返された。
へー、ふぅん。抗議されるような立ち位置なんだ? そんな大層な魔塔の主になれって言われているわけだ、私は。へー、ふぅん。
たとえ大人になれたとしても全力で断りたいと心から思った。
なお、それでも比較的近くに町はあるという。ここからは見えないけど、魔塔の上の方からは町の様子も見えるのだとか。
森を抜けることになるので、実力がないと辿り着けないってところも人避けを狙ってるよね。
「ちなみに、その分わざわざ魔塔まで来て抗議しにくるヤツらはクソ面倒だけどね!」
「聞いてないよ……」
むしろ聞きたくない情報だったよ、それは。ますます魔塔の主にはなりたくない。
さて、いよいよ魔塔だ。緊張する私を余所に、ベル先生はずんずん私の手を引いて進んでしまう。
重たそうな扉に手を翳すと、スゥッと扉が消えて中に入る。おぉ。魔力登録をしてあるのだろう。そういう魔法があるって本に載っていたっけ。
なーんて感動も一瞬しかさせてもらえず、気付けば私は魔塔の内部に足を踏み入れていた。ああ、最初の一歩もなんの感慨も抱けずに……。
「みんな注目ーっ!」
魔塔の中に入ると、消えていた扉が再び現れるのとほぼ同時にベル先生が拡声の魔法を使って呼びかけた。
こ、これ、魔塔全体に声が届けられてない? 注目されたくないんだけど?
いや、魔塔の主の娘なのだから注目はされるにしても、こんなに大勢に注目される形で大胆に紹介されると思わないじゃん!
「この子が僕の娘のルージュだよ。かわいいだろう? 前に説明したように、彼女は次期魔塔の主候補だ。それが気に入らない者は直接ルージュに勝負を挑んでみるといいよ」
笑顔のままそう告げたベル先生の言葉に、騒がしかった魔塔の内部がしんと静まり返る。
……ちょっと待って。今、なんて?
「どうせ、だーれもルージュに勝てないだろうからね!」
朗らかに笑いながら言うベル先生と私に向けられる視線が変わった気がした。ぎ、ギラついてる?
ちょっと! 聞いてないんだけどーっ!?